第127話 食べちゃいたいな(人って、色々だな)

「サリーの笑顔が本当に好きなの。無邪気で、隙だらけで。食べちゃいたいくらい」

 ヴィオさんは本当にかじりつきそうな顔をして笑った。ヴィオさんが思っているのはあの、サリーさんのふにゃりとした笑顔のことだろう。だって俺もあの顔を見てそう思う時があるから。


「可愛くて、可愛くて、心配でね。まだ恋も知らなくて、本で読んだ恋物語に憧れていたわ。そんな子にお嫁に行った先でのことを教えるの、すごく変な感じだった。私が全部教えてあげちゃいたいような、知らないままでいてほしいような」

 俺は苦笑した。確かにヴィオさんは外見はすごく女性的だけど、感覚は少し男友達みたいだ。むしろ時々、俺よりおじさんっぽいところがある。


「そのうちサリーを見ていると苦しくなるようになってね。そんなことじゃいけないと思って、その時はまだ塔にいたカズミに相談したの。その時のカズミはひとりだけすごく年上で、みんなのお姉さんみたいな感じだった」

 クロノはお父さんって感じだけどね、とヴィオさんが付け足して笑う。カズミンより俺の方が年下なんだけど。


「いろいろ話を聞いてもらっていたら、サリーのことは変わらず可愛くて心配で、大好きなんだけど、苦しいほどではなくなったの。そして、カズミといるのが楽だなって思うようになって」

 ヴィオさんはそこで少し間を置き、改めて顔を上げた。


「ベラはあんな風に言ってたけど、何のことはないの。カズミが剣士をやめて、塔を出ることが決まってね。話ができなくなるのが寂しかったから、私も塔を出るから一緒に暮らさないかって言ってみたのよ。カズミも結婚する気がないから、そんな気楽な者同士気楽に暮らすのもいいかなと思ってね」

 ヴィオさんは何でもなさそうに言ったが、そこにはやはりそれだけではないような思慕がある気がした。


「カズミンはそれを断ったの」

「うん。私は若くて美人だから、結婚したいと思える相手はこれからいくらでも見つかるから、早まるなって」

 ヴィオさんはちょっと大袈裟に笑って見せた後、少しだけ昔の痛みを思い出したように遠くを見た。カズミンらしい答えだ、と俺は思う。本音をなかなか見せないが、カズミンは真面目な人だ。


 ヴィオさんはすぐに笑顔に戻り、明るく言った。

「だからね、私、若くなくなってからもう一度言ってみるつもり。そこまでしたらカズミも折れるでしょ。もちろん、クロノがカズミの愛を受け入れると言うなら身を引くわよ」

「それはないです」

 俺は慌てて即答し、ヴィオさんが笑った。


 カズミンが俺をかまうのはそういうのではなくて、何と言うか、振り向く心配がないから安心してずっと追いかけていられる、世話の焼き甲斐のある対象なのだと思う。ヴィオさんもそれはわかっているようだった。

「私はカズミがそうして誰かに愛情を注いでいるのを、一番近くで見ていたいの。それがカズミが一番楽しい時だから。変かな」

 俺は首を振った。

「変じゃないよ。そういうのもあると思う」

「ありがと。クロノならわかってくれると思ったわ」


 微笑んだヴィオさんは、突然ぎらりと目を輝かせた。

「それはそれとして、それまでの間は私も恋がしたい訳よ。ヨッちゃんみたいな出会いを夢見る訳よ!なのにね、昨日エスコートさせてやった男がさ、またクロノに輪をかけて奥ゆかしいというかだらしないというか」

 え、ちょっと、ヴィオさん、今までのいい話はどうなったんだ。別に男性嫌いじゃないみたいだし、ちょっと悪口を言われたような。


「嫌いじゃないわよ、友達にしか思えないだけ。でもだからこそ気楽に恋を楽しめるのよ。もちろん関係を持ったりはしないわよ、でもね、そうなりそうな気配くらい漂わせないと面白くないじゃない。それを、及び腰にも程があるわよ、せっかくカズミに紹介させたのに!」

 しかもカズミンの紹介した男性。ヴィオさんとカズミンの関係がよくわからない。

 愚痴の止まらないヴィオさんの話に気圧されるようにしてうなずいていると、ふと気付いた。


 カズミンもやっぱり、まんざらではないのかも。

 ヴィオさんは確かに若くてきれいだ。カズミンは俺より歳上だし、もう男性ではない。今ヴィオさんがカズミンと一緒になったら、口さがない人々が騒ぎ立てるだろう。

 しかし長い時が経てば。ヴィオさんが適齢期と言われる時を過ぎ、適当に浮名らしきものでも流しながら、世間が気にもとめなくなるほど長い時を経てしまえば。

 そんな自由人がどうしようと、人はかまわなくなる。2人はそうなるのを待っているのかもしれない。どれだけ先かもわからないのに。


 その間、こんな魅力的な女性が男性に目もくれないでいたらそれも目立つから、だからカズミンは信頼のおけるちょっと頼りない男性を紹介したりして、ヴィオさんはそんな男性と恋に至らないと愚痴をこぼして。

 そうして2人で飲みに行って、話をして、2人の時間を積み重ねて。


 人の思いは、いろいろなんだな。

 俺は昨夜ヴィオさんが目をつけた3人目の男性の話をひたすらうなずいて聞きながら、遠い明日のヴィオさんとカズミンの幸せを願った。

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