第126話 運命の出会い(≠サリーさん)

「あの」

 ひとりだけ笑っていなかったヨスコさんが声を上げる。


「車のこと、リック様に相談してみてもいいかな」

 サリーさんとヴィオさんが顔を見合わせた。

「それは……もし、力を貸してもらえるならすごくありがたいけど、でも……」

 サリーさんが言い淀み、ヴィオさんも迷いながら応じる。


「信頼のおける方だとは思うけれど、塔の外の人をあまり巻き込むのはどうかしら。何かあったらユーモウ公にご迷惑をかけることになってしまうかもしれないし、そしたら、もしかしたらヨッちゃんだって、……お付き合いしにくくなっちゃうかもしれない」

 サリーさんもヴィオさんも、何より先にヨスコさんの恋を守りたいようだった。俺ももちろんそうだ。


 しかしヨスコさんは強い目で答えた。

「それも含めて、相談してみる。大丈夫、相談したことを口外なさるような方ではないし、できないならはっきり言って下さるから」

 サリーさんとヴィオさんはまた顔を見合わせた。


「……ヨッちゃん、私たち、ユーモウ公がダメって言ってるんじゃないの。でも、まだお近付きになって間もないし、本当にこんなことでご迷惑をかけてしまったら、……その、ヨッちゃんが……」

 言葉を選びながらヴィオさんが言うと、ヨスコさんは微笑んだ。

「ありがとう、ヴィオ。でも多分、大丈夫だと思うんだ。うまく言えないけど……」


 ヨスコさんは少し考えて、顔を上げた。

「私がもしリック様に頼られたら、全力で支えるけれど、魔女の塔を守る役目も投げ出さない。そのためにリック様を助けられなかったら、リック様はわかってくださると思う。そして、私が頼ったら、リック様も同じことをなさると思うんだ」

 ヨスコさんは強い意志を込めた目で俺たちをひとりずつ見つめ、言った。

「リック様にご迷惑をおかけすることはない。リック様なら、その線引きはしっかりなさる。相談しても大丈夫だよ」


 微笑むヨスコさんに、はああ、とヴィオさんとサリーさんはうっとりとため息をついた。

「ヨッちゃん……素敵!わかり合えてるのね!」

「いいなあ、羨ましい!ねえねえ、昨日、ユーモウ公と何を話したの」

 ヴィオさんが念願の昨夜のヨスコさんの話に辿り着き、サリーさんが目を輝かせている。こんな時なのに女の子は恋の話で盛り上がるのか。

 俺は半ば呆れ、それでも微笑ましく3人を見た。そして思う。


 運命の出会いというのは、あるんだ。

 ヨスコさんとリックさんは会って間もないのに、こんなに深い信頼で結ばれている。それならいつかきっと、サリーさんにもこんな人が現れるはずだ。早く出会ってほしい。


 そして俺は、ヨスコさんにはとても申し訳ないけれど、こう思わないではいられなかった。

 リックさん、ヨスコさんじゃなくてサリーさんを見初めてくれたら良かったのになあ。

 束の間の楽しいおしゃべりに花を咲かせているサリーさんを見て、俺は苦笑した。


 ヨスコさんがリックさんに相談している間に、サリーさんは大伯母さんに手紙を書き、俺は車や標識のことをヴィオさんに習うことになった。

「どう?覚えられそう?」

 パネルのようなものに表示される車の構造や交通標識でざっと説明を済ませ、ヴィオさんが心配そうに俺を見る。


「うん、大丈夫だと思う」

 俺はうなずいた。この世界ともとの世界は、思った以上に車の仕組みも交通規則も似ていた。もちろん違うところはあるが、混乱するほどではない。外国で運転するのと似たようなくらいの差異だろう。外国に行ったことはないけど。

 良かった、とヴィオさんがほっとしたように笑った。さっき泣いたので化粧が薄くなり、いつもより少し幼く見える。


 少し会話が途切れた。俺は聞けるのは今しかないような気がして、ヴィオさんに尋ねた。

「あの……さっきのこと、もう少し聞いてもいいかな。マリベラさんが言ってた、サリーさんとカズミンのこと」

 ああ、とヴィオさんが少しうつむく。俺はあわてて付け足した。

「言いたくなければいいんだ、ごめん。嫌なら聞かないよ」

「かまわないわ、クロノなら」

 ヴィオさんはいつものように笑って、話し始めた。


「私ね、サリーを初めて見た時、こんなにきれいな子がいるって信じられなかったの。ドキドキしたわ。涎が出たわよ。なのにあの子、ちっとも自分がきれいだって思っていないでしょう。おどおどして、みんなに嫌われているって怖がっててね」

 それは城に引き取られたばかりの頃だろう。俺は少し笑った。サリーさんは最近とても立派になったけど、それでもどうかするとすぐおどおどして怖がってしまうのを思い出したから。昔から変わらないんだな。


「私は教育係を任されて、サリーもじきに馴染んでくれたわ。そうしたら人が変わったみたいによく笑って」

 ヴィオさんが記憶の中の笑顔を追いかけるように窓の方に目を向ける。

「あの子の笑顔が本当に好きなの」

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