第122話 魔女の塔にふさわしい人は

 ヴィオさんが肩を震わせ、ベラさんが唇だけで笑う。

「ヴィオはいくつになったんだっけ。まだひとりでいるの?忘れられないの?あなたが迫ったから、隊長……カズミ・ラフロックは塔から逃げ出したのよ。あんな気持ち悪いものに惚れ込んで、振られるなんて。あら、ヨッちゃんは知らなかった?」


「やめて!」

 ヴィオさんが叫ぶ。

 マリベラさんはもちろん、やめなかった。

「ヴィオは男が好きになれないのよ。だから女に恋するんですって。サリーのこともそういう目で見てしまうって、昔、私に打ち明けたわね。ヨッちゃんもそうよね」

 ヴィオさんがうつむいた。

「やめて」

「でもその代わりがあれ?驚いたわよ、手当たり次第にも程があるって。そんなに飢えていたの?可愛いサリーに閨の教育をしていたから?」

 マリベラさんがあはは、と軽く笑った。


 うつむいたヴィオさんの表情は髪に隠れて見えなかった。しかし、肩が小刻みに震え、髪の合間から見える耳が真っ赤に染まっている。

 胸が詰まる。

 俺は、その気持ちがわかる。恥ずかしくて、申し訳なくて、苦しくて、それでも譲れなくて。

「ひどいものね、この塔は。女は女を変な目で見るし、男は弱虫で役に立たない」


 マリベラさんは独壇場で続けた。

「気持ち悪い。こんなのに囲まれたサリーは、お嫁に行った先でちゃんとお勤めを果たせるのかしら」

 沈黙の中、マリベラさんの言葉が続く。


 ヨスコさんが震えるヴィオさんの肩を抱いた。

「ベラ、八つ当たりもいい加減にしろ。あなたは失敗したんだよ」

「何のこと?」

 マリベラさんが芝居がかった様子で大きく手を広げた。

「私はサリーのことを何でも知っているわ。腰抜けの侍従より、サリーによこしまな気持ちを持って肝心なことを教育できない教育係より、女に剣を捧げるような女剣士より、私の方がこの塔にはふさわしいわ」


 ヴィオさんは泣いてしまったようだった。嗚咽を必死で抑えている。

 ヨスコさんはそれを励ますように、より強くヴィオさんの肩を抱いた。


「出るところに出て、判断してもらいましょうよ。サリーに必要なのが、誰なのか」

 マリベラさんはゆったりと椅子の背もたれに肘を乗せ、ヴィオさんとヨスコさんを見た。こらえ切れないヴィオさんの小さな嗚咽とぽたぽた落ちる涙の雫の音、その肩をさらに強く抱きしめるヨスコさんの衣擦れの音。


「あなたではありません」


 俺は戸口に立ったまま、静かに言った。俺の存在を忘れていたようなマリベラさんが舌打ちする。

「据え膳に手を出せない腰抜けが、何の用?」

「俺はサリーさんの名代みょうだいです。あなたは、マリベラさんは、魔女の塔に必要ありません」


「だから、それはサリーに聞くって言ってるでしょ」

「俺はサリーさんの気持ちを聞きました。そして任されて、ここにいます。サリーさんには、あなたのように、大切な人たちの秘密を暴いて笑う人はふさわしくありません」


 ばん、とマリベラさんは机を叩いて立ち上がった。

「あなたがサリーに何を教えるって言うの。私はね、サリーにこれから一番必要な、女の技を教えてあげられるのよ。あなたがサリーのベッドに入って手取り足取り教えるつもり?」

 俺は静かに続けた。

「俺は何も教えられないけど、サリーさんは賢い人だ。ちゃんと自分で考えて、必要なことは自分で学ぶことができる。サリーさんのそばにいるべきなのは、物知りで誠実な優しい人だ。マリベラさんじゃない」


 マリベラさんは俺を睨み、叫んだ。

「結婚するとはどういうことか、教えられるのは私だけよ!」

「それはもう、教えてもらったよ。第一王妃様に」


 マリベラさんが初めて怯んだ。

「嘘。サリーが陛下や妃殿下と話ができるはずないじゃない。教えられた通りの挨拶をして、びくびくして大人の顔色を伺って、殴られて泣くことしかできない子よ」

 俺は首を振った。

「サリーさんはちゃんと自分で考えて、話ができるよ。お妃様とも長く2人で話し込んでいたよ。たくさん教えてもらったみたいだった。結婚のことも、王族の結婚の責任のことも、お互いに思い合う先にできる絆のことも」


「絆?陛下と妃殿下たちに?」

 マリベラさんがまた余裕を取り戻したようにせせら笑う。

「そんなこと信じるの?バカね、あなたもサリーもやっぱり男と女のことなんてこれっぽっちもわかってないわ。そんなもの見せかけよ。王族の結婚なんて、利益のためにするものよ。それを恋だの絆だのバカバカしい」

 マリベラさんは勝ち誇ったように叫んだ。

「王族の結婚の責任は子供を産むことよ、そのための技を私は教えるって言ってるの!」


「じゃあベラはその技があっても、全部失敗したのね」

「何ですって!」


 マリベラさんが顔色を変えた。ヴィオさんはまだ涙で震える声で、しかしはっきりと続けた。

「だってそうでしょう。王子の子供は産めなかったし、結婚もなしになった。そんなあなたがサリーに何を教えるって?」

「この……」

 マリベラさんは目をむき、絶句した。ヨスコさんに支えられながら、ヴィオさんも立ち上がってマリベラさんと向かい合う。


「あなたはこの塔にはいらない。出て行ってもらうわ。今すぐ叩き出したいところだけど、サリーの意向だからこれだけは世話を焼いてあげる」


 ヴィオさんはマリベラさんを見据えた。

「あなたの産んだ子供はどうしたの」


 マリベラさんはぎりぎりと拳を握り、歯を食いしばった。

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