第119話 恋の話は聞きたいけれど

「クロノはお父様とまた仲良くなったの。クロノがリンゴをむいてくれてね、お父様も喜んで召し上がっていたわ」

 サリーさんの話に、ヨスコさんとヴィオさんが笑う。

「本当に陛下はクロノが好きだな」

「かまいたくて仕方ないんだよね」

「毒を飲んだ翌日に、刃物を持たせて出されたものを食べるくらいね」

 サリーさんまで混ざって笑う。事実を正したい気持ちはなくはなかったが、俺も笑って終わりにした。


 あの時、厚意なんてもの以上に揺るぎなかった、その剣を渡された時の信頼。

 その重さを、わかってもらえるように説明できる自信がない。


「ねえねえ、それでヨッちゃん、ユーモウ公とどんな話を」

 話が戻りそうになり、俺は慌てて食い下がった。

「あ、待って待って、まだ相談が」

「何よ、邪魔しないでよ!クロノはヨッちゃんの話聞きたくないの!相談って何よ!」

 また話を遮られ、ヴィオさんが噴火した。俺は後退り、しかし懸命に足を止めた。

「き、き、聞きたいけど、それより先に相談しなきゃいけないことがあるんだ」

「だから何よ!」


 詰め寄られ、しどろもどろになった。俺は口下手だし、こういう時は言葉より物を見せた方が早い。

 俺は食堂の隅の毛布の中からドアノブを取り出した。

「な」

「何だ?ドアノブ?」

 ヴィオさんが面食らったように言葉を失い、ヨスコさんがまじまじとドアノブを見る。


「俺の部屋に、……マリベラさんがいるんだ」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔、と言うのを俺は初めて眼前で見た。

「俺の部屋に、マリベラさんがいるんだ」

 反応がないな、と思ってから百まで数え、俺はもう一度繰り返して言った。2人は豆鉄砲を食ったまま動かない。俺はもう百数え、同じ言葉を繰り返した。


 2人はほぼ同時に、はふ、と変な息をつき、叫んだ。

「何でベラが魔女の塔にいるのよ!」

 きれいに揃った。サリーさんがまあ、と小さく声を上げ、2人に皿のような目でにらまれる。

「サリー!」

 また揃った。

「何、人ごとみたいな顔してるのよ!」

「どうせサリーが入れたんだろう!」

 噛み付くように怒鳴られ、サリーさんがきゅっと体を縮める。


「あ、あの、サリーさんはその、マリベラさんが行くところがなくて、あてが、だからあの」

 思わず割って入ると、当然だが2人の牙はこちらに向いた。

「クロノ!」

「あなたが止めないで、誰がサリーを止めるんだ!」


「サリーがベラのこととなったらてんでダメな子になるって、あなたもわかってたでしょ!」

「ベラは、サリーを差し置いて、その婚約者だった王子と結婚したんだぞ!」

「今さら土下座してきたって、ベラに塔の扉をくぐらせないのがクロノの役目でしょ!」


 2人は吠え続け、俺はひたすら2人の言葉を肯定し、受け続けた。

「うん、はい、そうだね、そうです、その通りです。でも確かにその通りなんだけど、お願い。うん、確かに。でもお願いだから話を聞いて。はい、はい、本当にそうなんだけど、どうか話を聞いてください」


 息は永遠には続かない。2人の怒声をひたすら受け続け、ようやく絶えた瞬間を狙って、俺は話し出す。

 マリベラさんがこちらに帰ってきていたこと。それは王子の子供でない赤ちゃんを産んだかららしいということ。

 そのため、マリベラさんと王子は結婚自体なかったことにされたようだということ。

 あちらから俺に接近してきて、俺がまんまと引っかかってサリーさんにつないでしまったこと。


「目の届かないところよりはマシかと思って、閉じ込めてるんだ」

 俺はひと息に説明して、2人の出方を待った。2人は動かない。

「勝手なことをしてごめんなさい。でも、助けてほしいの」

 サリーさんが2人をすがるように見つめる。


「……ベラは、どうしたいって言ってたの?」

 ようやくヴィオさんが口を開いた。ちらりとサリーさんを気にする。俺が答えた。

「初めは王子とケンカして出てきたからしばらく置いてほしい、って言っていた。それで閉じ込めて、俺たちはそのあと赤ちゃんのことを聞いたから、本当のことを俺たちが知っているとわかった上でどうしたいかはまだ聞いていない。でも、また魔女の塔に戻りたいみたいだった」


「戻って、どうする気なんだろう」

 ヨスコさんがひとり言のように呟く。

「どうせまた同じことをして、今度こそ玉の輿に乗るつもりでしょ」

 ヴィオさんが吐き捨てるように言い、サリーさんに目をやって黙った。


「それなら、ここに置いておくのは無理だな。衛士が知っているくらいだ、おそらく城の方でも動き始めているだろう。サリーが婚約破棄されるまでのことをやったんだ、メンツを潰された関係者も多くいる。きっと何か罪状は付くよ。引き渡そう」

「ダメ」

 ヨスコさんが淡々と言うと、サリーさんが小さく声を上げた。

「それはダメ。赤ちゃんがひとりぼっちになっちゃう」


「サリー」

 ヴィオさんがサリーさんと改まって向き合った。

「サリー、あなたの気持ちもわかるけど、ベラはもう無理よ。それだけのことをやったんだもの。赤ちゃんは可哀想だけど、しでかしたことの責任は取ってもらわなければいけないわ」


「それでも、……それでも。どうかお願い、赤ちゃんをひとりにしないで。お母さんと一緒にいさせて。お願い」

 サリーさんがすがる。ヴィオさんの手を握り、体を折るようにして頭を下げる。

「ヴィオ、ヨッちゃん、お願い」


 2人にはサリーさんの気持ちがわかるはずだ。俺も願った。何か他に方法を考えてほしい。どうか、サリーさんの望むような答えを見つけてほしい。

「サリー、わかるけど……」

 ヴィオさんが頭を上げないサリーさんの背中をそっとさする。サリーさんは残ったヴィオさんの手を握りしめ、お願い、と小さな声で繰り返した。ヴィオさんは険しい、しかし悲しそうな顔でサリーさんの背中をゆっくりなで続けている。


 その時、ポーンと聞いたことのない音がした。何かの合図のような。

「緊急連絡だ。何だろう」

 ヨスコさんがポケットからカードのようなものを取り出す。しばらくそれを見つめた後、ヨスコさんは緊迫した顔を上げた。

「サリー、ヤード公から呼び出しだ。用件は書いていないけれど、至急王の間に来るようにとある」


「何でヤード公が王の間にサリーを呼び出す訳?」

 ヨスコさんが読み上げた内容に、ヴィオさんが不満をもらす。

 俺は王様が1週間休養を取り、その間摂政としてヤード公が王様の代理になったことを説明した。

「王様はすごく元気だけど、毒で参ってることにしてるみたいなんだ。だから代理を立てたみたいだったよ」


 俺が説明する間にも、サリーさんが身支度を整え直している。

「それならサリー、紋章の指輪をした方がいいわ。それから、リボンより小さめの飾り石のついたピンにしましょう。ある?」

「ええ。クロノ、手伝って」

 ヴィオさんが厳しく服装を確認し、サリーさんが早足で食堂を出る。俺も急いで後を追った。

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