第114話 リンゴは食べ物(遊ぶものではありません)
「クロノ、ダメ、刃物を手にするなんて!」
「クロ君!」
王様の前で刃物を手にした俺を、さすがにサリーさんがとがめ、お妃様が緊迫した声で呼ぶ。俺は冷静に答えた。
「大丈夫」
王様も一瞬手を止めた。その隙に俺はサリーさんにうなずき、果物ナイフを持ち直した。
俺は猛然とリンゴをむき始めた。むいたリンゴは投げられまい。
王様が慌ててリンゴを投げてくる。手を離す暇がなく、俺はそれを果物ナイフで受け止めた。ごめんリンゴ、おいしく食べるから許してくれ。
俺はリンゴをむくのが速い。姪が小さかった頃、おじちゃんが世界一速いとほめてくれたことがある。俺は姪の小さな世界の中でも一番になれて嬉しかった。
その実力を今こそ見せてやる。
王様が怯み、リンゴを投げる手が少し遅くなった。俺はその短い間でむいたリンゴを次々に食べやすい大きさに切り、残ったヘタや芯を取って、皿に並べた。もちろんその間に投げられたリンゴもひとつも床には落とさない。
「まあ、見事なものねえ。彼、料理人だったの?」
「いいえ、違うと聞いていますが、時々こんななんです」
お妃様もサリーさんもそんなところで人ごとみたいにしていないで、むいている時くらい王様の手を止めさせてほしい。
初めの方で床に落ちてしまったリンゴを中心に、むいて切って皿の上が山盛りになった頃、王様がついに口を出した。
「ずるいぞ!そんなに食えるか!」
「リンゴで遊ぶからですよ!食べてください!」
「貴様のむいたリンゴなんぞ食えるか!」
「陛下が投げて遊ぶからです!どうぞ!」
俺は譲らず、リンゴの皿をぐっと押した。
そこにお妃様の手がそっと添えられる。
「はいはい、そこまで。陛下も遊んでもらえて少し気がすんだでしょう。クロ君も座りなさい。せっかくむいてくれたんだから、みんなでいただきましょう」
「遊んでやったのは俺だ!このリンゴは俺のだ、ひとつもやらねえぞ」
王様が不満そうにお妃様に訴える。俺は我に返り、恐縮した。
「す、す、すみません」
お妃様は笑っている。俺はできる限り身を縮めた。
目の前のテーブルに、こちらも山盛りになったリンゴの皮や芯がある。それをどうしようか戸惑っていると、お妃様がいいのいいの、と俺を制して器に移した。
「せっかくだからアップルティーにしましょう。用意してくるから少し待っていて」
お妃様が席を立つ。王様はやけになったみたいに手掴みでリンゴを食べ始めた。
「……サリーさんも食べる?」
椅子に座りなおして尋ねる。サリーさんは首を振ったが、さっき少し食べたそうにしていたのを知っている。朝ご飯が少なかったし、サリーさんは果物が好きだ。
王様がリンゴをわけてくれないので、俺はまだ皮付きのリンゴを取り、半分にして、片方を手早くむいた。皿がないから手渡しになってしまうが、嫌でなかったら。
サリーさん用だから、皮を一部残して耳に見立てるうさぎリンゴにした。
「わあ、可愛い!」
サリーさんが歓声をあげる。良かった、サリーさんはうさぎが好きだから。
「おい、何だそれは。俺にもひとつよこせ」
「陛下のはあるでしょう」
「そっちがいいのだ、俺にもよこせ!」
「陛下のリンゴをわけてくれたなら」
王様は無言で皿を少しこちらに押した。俺はうさぎリンゴをその一番上に乗せた。皿のリンゴ山、どうせひとりじめしたって食べ切れる訳ないのに。
親子がそろってうさぎリンゴを喜ぶので、俺は残り半分と新たにもう1個分うさぎリンゴを作って皿に乗せた。サリーさんが早速手を伸ばす。
「あら、可愛いわね。うさぎ?」
戻ってきたお妃様もまずはうさぎリンゴに手を伸ばした。負けじと王様もうさぎリンゴを取る。何を張り合っているのだろう。王様は何でも負けたくないのかな。
「陛下もこれ、召し上がるの?リンゴの皮なんで大嫌いだっておっしゃってらしたのに」
お妃様がおかしそうに笑う。王様はぷいとそっぽを向いた。おお、サリーさんと同じ動きだ。そういえばさっきもしていた。都合悪くなるとそっぽを向くのだ。面白い。
サリーさんがもっと食べたいと言うので、もうひとつリンゴをむくことにした。全部皮をむいたものは基本的に俺が主に片付けることになったらしい。みんな本気か。
「私も今度からこうむこうかな。陛下がそんなに喜んでくださるなら」
お妃様が嬉しそうに言って、俺の手元を見る。
「そんなに難しくはなさそうね」
「はい、簡単です」
厨房の人がうさぎリンゴを知らないはずはないだろうが、これを王家の食卓に出すとも思えない。飾り切りを出すならならもっと凝ったもの、すぐには真似できないものになるだろう。だからこの家族はうさぎリンゴを見たことがなかったのだろう。
そんなに見つめられると緊張する。うさぎの耳が少し厚くなってしまった。お妃様がその厚耳うさぎを早速手に取って微笑む。
「これね、うちの実家の方のリンゴなの。陛下に皮まで召し上がっていただけて嬉しいわ。リンゴは皮と実の間に一番栄養があるからね。私はそのままかじって食べちゃう時もあるのよ」
「王妃、娘の前で行儀の悪い話をするんじゃねえよ」
「あら、あなたが行儀のお話?」
口を挟んだ王様を見て、お妃様がおかしそうに笑う。確かに王様が行儀の話をするとおかしい。サリーさんも笑い、俺も思わず口元がゆるんだ。
が、俺にだけソファに置いてあったクッションが飛んできた。手を切るところだった。俺はナイフを持っているのに。
俺だけ笑っちゃダメなのか、と内心憤慨したが、サリーさんとお妃様があんまり楽しそうに笑うから、どうでもよくなってしまった。
何だろう、笑われているのに嫌じゃない。2人のこの笑顔を俺が引き出したのだと思うと、嬉しいくらいだ。
笑う2人を見て、王様も嬉しそうに見えた。仏頂面でリンゴを食べているが、口元に薄く、優しい微笑みが浮かんでいた。
何だかひどく気持ちがやわらぐ。俺はうさぎのリンゴを仕上げて皿に置いた。
お妃様がむかなかったリンゴを籠に戻す。
「私の実家はここよりずっと北の国でね。この辺りだとまだリンゴの季節は先だから、この時期必ずたくさん送ってきてくれるのよ」
「今年はあちこち配らねえでいいぞ、俺が全部食うからな」
王様が意地汚いことを言い、お妃様がそうはいきません、と笑う。
お妃様のリンゴは、実家のリンゴと少し似た味がした。
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