第113話 お加減はよろしそうです
俺とサリーさんはお妃様のあとに続いて部屋に入り、頭を下げた。
「お父様、本日はご機嫌うるわしく」
サリーさんが型通りの挨拶を始めたので、お妃様が笑い出す。
「セーラレインさん、いいわよ挨拶なんて。ここは私の私室だから、気楽にして」
サリーさんは戸惑ったように姿勢を直した。
王様は顔色も良く、元気そうだった。やはり毒除けをしていたのだろう。本当に良かった。サリーさんもほっとしたようだ。
「さあ、2人とも座って。陛下、セーラレインさんとクロ君がお見舞いに来てくれましたよ」
お妃様が少し気まずそうにしている王様に声をかける。俺は頑張って我慢していたが、つい顔が笑ってしまった。王様が急に我に返ったように皿を投げる。
「危ない!」
俺は何とか皿を受け止めた。心臓がばくばくする。当たっても危ないが、こんな高級そうな皿、俺の頭ごときで割れたら勿体ない。ここでも王様の手癖は治らないのか。
お妃様に2人掛けの椅子を勧められた。何となく座りづらく、俺は皿を持ったまま、サリーさんが座ってからそっと端に腰掛けた。
なるべく離れたつもりだったのだが、俺が座るとサリーさんはスカートを直す風にして、もう少し離れた。うう。
「何だお前ら、ケンカしてんのか」
王様がにやにやする。俺が思わず手にした皿をぎゅっと握ると、サリーさんは俺を横目で嫌そうに見て戒めるようにちょっとつつき、すぐに王様に向き直るとにっこり微笑んだ。
「まさか、仲良くしておりますわ」
王様がははん、と笑う。俺は笑ってみたが、あまりうまく顔が作れなかった。
サリーさんは早く話題を変えたそうに、すぐに笑顔で話し始めた。
「それよりお父様、ご無事で何よりでした」
サリーさんが話す間に、王様はテーブルの上に置かれた山盛りのリンゴの籠を引き寄せ、その中から1個取って俺に投げた。皿を持ったままだったので身動きが取れない。俺はなすすべもなく頭でリンゴを受けた。
「痛い」
俺の頭でどし、と鈍い音がし、ごとりとリンゴが床に落ちる。王様がにやりとした。
「お元気そうに見えますけれど、お加減はいかがですか」
「お前のせいで昨日は散々だった。解毒薬を腹一杯食わされた」
「痛っ」
王様がリンゴを投げながら答える。サリーさんがまあ、と小さく声を上げてつらそうな顔になる。その隣では今、まさに今俺の頭にまたリンゴが当たっているのだが。
お妃様が少し俺を気にしながらも苦笑する。
「当たり前よ。娘の前だからってカッコつけて、本当に毒を飲むことはないでしょう。リーナも泣いてたじゃない」
「カテリーナ様は第三王妃様よ」
サリーさんが小声で教えてくれた。サリーさんに毒を飲ませようとしたお妃様か。
「リーナは少しこらしめてやろうと思ってな。娘相手にやきもちなんざ焼きやがって、まだ俺を信用しねえんだ」
「陛下がリーナを甘やかすからでしょ。セーラレインさんに毒を盛るなんてやり過ぎよ。ちゃんと叱ったんですか」
「叱った叱った」
王様はリンゴを投げながら雑に答えた。お妃様がため息をつく。
サリーさんが少し笑って、改めて深く頭を下げる。
「私が不注意だったばかりにお父様を危険な目に合わせてしまって、すみませんでした」
王様が薄く笑う。
「本当はセーラレインにも痛い目を見せたかったが、うるせえ犬がついて回っていたからな」
「痛い」
話しながらも王様のリンゴを投げる手は止まらない。痛いし、うるせえ犬とは俺のことだろう。
「リーナもいつまでも、やきもちなんか焼くほど陛下に執着しなくてもいいのにねえ」
「何だ、王妃までやきもちか」
王様は愉快そうに笑った。このお妃様といると、王様はずいぶん素直に見える。
王様は次々にリンゴを投げてきた。なかなかのコントロールだ。離れているとはいえ隣で話すサリーさんには全く当たらず、俺だけ的になっている。
その隣で笑顔を絶やさないサリーさんも相当なものだと思う。
俺に当たったリンゴがごとごと膝に床に落ちる。皮のつややかな、真っ赤なリンゴ。見た目より重いのは水分がたっぷり含まれているからだ。丹精して育てられたことがよくわかる。
それをこんな風に人に投げたりして。
お妃様が呆れたように王様に声をかけた。
「陛下、そろそろおやめになったら。クロ君に当たっていますよ」
「当てているから当然だ」
「あ痛」
ごとん。リンゴがまた床に落ちる。
俺は腹が立ってきた。
テーブルに皿を置き、リンゴを拾ってテーブルに乗せる。
皿を置いた時に力余って、少々大きな音を立ててしまった。サリーさんとお妃様がびっくりして動きを止める。
リンゴの雨も少しだけ途切れたが、俺が床のリンゴを拾い終わる頃には再開した。
もちろん手の空いた俺はリンゴを受けた。
無言でテーブルにリンゴを置く。王様が薄く笑った。むきになったようだ。だが、俺だってもと野球部(補欠)だ。こんなリンゴ、全部受け止めてやる。
だいたい食べ物で、リンゴで遊ぶなんて言語道断だ。俺の親父は兼業で忙しい中、リンゴの木を増やして俺を高校まで行かせてくれたのだ。
王様が無言でリンゴを投げ、俺が受ける。投げられ続けるリンゴを受け止め続け、テーブルに置く。
「でも、お元気そうで良かった。お顔を拝見できて、安心しました」
リンゴをテーブルに置きながらサリーさんをちらと見る。笑顔が素敵だ。サリーさん、この状況で、よく動じずににっこりしていられるな。
手元のリンゴを投げ切り、王様が怒鳴る。
「おい貴様、受けるな!当たれ!」
「当たりませんよ!リンゴで遊ばないでください、バチが当たりますよ!」
「摂政を置くほどお悪いのかと思って、心配しました。休暇で良かったわ。お父様、ずっと働き詰めでいらっしゃいましたものね」
リンゴがなくなったので、王様は俺がテーブルの上に置いたリンゴを両手で抱えるようにして自分の方へ引き寄せ、また投げ始めた。ずるい。
「本当は少しお休みになっていただけたらなって思っていましたから、ほっとしました。どうぞゆっくりお休みになってくださいね」
「セーラレインさん、あなたたち、いつもこうなの?」
お妃様が呆れたように言う。確かにサリーさんはいつもこんなかも。俺がひどい目にあっていても、あんまり気付いてくれない。
リンゴを受け止め、テーブルに置く。それを持っていかれる。拉致があかない。
もう、もうもう、リンゴで遊ぶな!
頭にきた俺は、投げられるリンゴをさばきながら、もともとリンゴの籠があった近くに置かれていた果物ナイフに手を伸ばした。
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