第60話 告白
突然照明が消え、突然の暗闇に俺は仰天した。
「うわ!」
動揺した俺はついに足がもつれ、転びそうになって反射的にサリーさんにしがみついてしまった。
「ご、ごめん」
慌てて離れようとした俺を、サリーさんの手が引きとめた。
「日付が変わったら消灯するようにセットしているの。窓に魔法はかけてあるけれど、誰が見ていて、どんな風に思うかわからないから」
俺の胸に顔を埋めて、サリーさんが囁く。そうなんだ、それはわかったけど、これは、この状況は。
「じゃあ、お、俺もそろそろ戻るよ」
「待って」
焦る俺にサリーさんが囁く。
「もう少し踊りたい。……そばにいたい」
サリーさんがますます可愛いことを言う。ど、ど、ど、どうしよう。
音楽が続いている。サリーさんは寄り添ったまま、さっきまでとは違う小さな動きで足を運んだ。俺は促されるまま、ゆっくり少しずつ動くだけだ。
静かに踊りながら窓際に近づいた時、サリーさんが手を伸ばしてカーテンを開けた。ようやく暗さに慣れた目に、眩しいほどの月の光が差し込む。
月の光で見るサリーさんは、まるで磁器のように白く、幻のように美しかった。サリーさんの手と肩に添えた俺の手の感触だけが、サリーさんが柔らかく温かく、こんなにきれいでも作り物ではないことを、確かに生きていることを伝える。
「ドキドキしてる。ダンス、そんなに苦手?」
俺の胸に頭をつけていたサリーさんが、俺を見上げて少し笑う。今のドキドキはそれが理由ではない。
サリーさんはゆるやかに揺れながら、また俺の胸に頭をつけた。
「クロノ、私もあなたが生きていてくれて良かった。怖かった、あなたが死んじゃうかと思ったわ。助かって本当に良かった」
サリーさんの夜着は柔らかくふわふわしていた。しかしその下の体は驚くほど細い。
「サリーさん、ありがとう、助けてくれて」
俺の声は少し震えた。同じ思いを持ってくれたことに、嬉しさと、怖さを覚えた。
「私は助けてないわ、きっとトマ先生よ。私は魔法がもう使えないんだもの。魔法が使えていたら、きっとあなたも髪が真っ白になっていたわ。魔法をかけられた人は、髪や目の色が変わるから。ちょっと見てみたいけど」
サリーさんが握っていた手を離してそっと俺の頬に触れる。
ぞくりとした。
「でも、そうなったらきっと私はもうあなたの顔を見ることはできなかったから、使えなくて良かった」
「……やっぱり、俺を助けようとしたの?魔法を使おうとしたのか」
「うん」
サリーさんは簡単にうなずいた。その表情には過剰な悲壮感はなく、あくまで普通だ。
そんなに普通に、君は俺に命を懸けてしまったのか?
俺の足が止まる。サリーさんも踊るのをやめた。
「クロノ、どうしたの」
「サリーさんが使おうとしたのは、魔女の祝福?」
俺はサリーさんを見つめ、尋ねた。ただならぬ様子を察したのか、サリーさんは不安そうに俺を見上げた。
「そう。よく知っているのね」
「トマ師に聞いたんだ」
サリーさんは戸惑ったようにうつむいた。
「どうしてトマ先生が魔法を使ってみたことをご存知なの?使えなかったのに。……まさか」
俺は小さく後悔した。そうだ、サリーさんは魔法が使えないと思っているんだ。どう説明しよう。
「まさか、見ていらしたの……?」
サリーさんは掴んでいた俺の服をなおぎゅっと握った。そうか、その手があるか。
俺がうなずくと、サリーさんはまた俺にしがみついた。
「恥ずかしい」
俺の鼓動がまた跳ね上がる。
サリーさんの体温が上がったことが俺の手に伝わっているように、俺の体の変化もサリーさんに伝わってしまっているだろう。もちろん、体温や心拍数の話だ。
俺はそれに気づいていないフリをした。
自分がふたつになってしまったような気がする。恋人に寄り添われてその献身を嬉しく思う俺と、サリーさんを案じて、身に余るサリーさんの思いに不安になっている俺。
確かめなければならない。サリーさんはわかっていたのか。
「魔女の祝福のことは、聞いたよ。すごく危ない魔法だって」
「ええ。でも魔女が人を助けられる魔法はそれしかないから」
サリーさんは困ったように答えて、意味をはかりかねるようにそっと俺を見た。
やっぱり知っていた。その上で魔法を。
体は熱いのに、背筋が冷たくなる。俺は思わず、問い詰めるように言った。
「約束したよね、自分を、サリーさんを大事にするって」
「それは、ええ、そうね、でも」
「約束、守ってくれてない。どうしてそんな危険な魔法を使おうとしたんだ。サリーさんを大事にしてないよ」
サリーさんは戸惑ったように少し後ずさった。
「それは」
「俺の言うこと、絶対聞くって約束したよ。ダメだよ」
俺が言い募ると、サリーさんはキッと俺を見上げた。
「わかってるわ、約束は破ってない!」
サリーさんは叫んだ。
「クロノは体だけで生きてるんじゃないでしょう?私もそうよ。私は私の気持ちを大事にしたの。あなたが、あんなに、あんなにひどい怪我をして、やっと好きだと言ってくれたのに、あんなに悲しいことを言うんだもの」
「サリーさん、ダメだ」
俺は戸惑い、サリーさんを止めようとした。
「これは練習だろ、約束したじゃないか」
「違うわ、私は」
「サリーさん、ダメだよ、それ以上は」
サリーさんがぶつかるように飛び込んでくる。
「好きよ、クロノ。あなたを忘れるなんてできない。あなたがいなければ私、体だけ無事でも生きていられない。あなたのためなら、私のものは全部差し出せるわ」
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