第53話 外で焼いた肉は何故こんなにおいしいのか(炭火)

 夜の畑は明るく、もういいにおいがした。


「待ってたわよ、三人娘。おなか減ったでしょう」

「ほっほっ。すまんが先に少し練習させてもらっておりましたぞ」

 ヴィオさんとヨスコさんが驚いているのは当然だが、俺とサリーさんも驚いた。まさかカズミンだけでなくトマ師までいるとは。


「トマ爺を巻き込むと何かと便利なのよ。一応この国で1番の宮廷魔道士だったからね」

「過去の栄光ですな」

「この光も、魔法の光なのよ。結界の中だけを照らすの。結界のおかげで光も煙も音も、外には出ないのよ。少し煙たいかもしれないけど便利でしょう。今日は、騒ぐわよぉ」

「ほっほっ、ちいとは隙間を作っておりますよ。ほどほどにな」

 カズミンはいつもの赤いぴちぴちの服で折り畳み椅子を軋ませて立ち上がり、空を見上げて説明した。その横でいかにも魔法使いらしいトマ師が紙コップで飲み物を飲んでいる。変な感じだ。


「あ、あ、あなたたち。クロノ!これはどういうことなの!」

 ヴィオさんが震えながら叫ぶ。それを折り畳み椅子に座らせながら、カズミンはにっこり笑った。トマ師が素早く飲み物を渡す。

「ヴィオ、お役目ご苦労様。でも今日はもういいでしょ、もうやらかしちゃったんだから。とことんやらかしちゃいましょ。クロノ、どんどん焼いて」


 俺はバーベキューはしたことがないのだが、とにかく言われるままに食材を網に乗せていった。もう始めていたらしく、炭火の上の網には串に刺した野菜が何種類か置いてあった。全部串に刺して焼くスタイルのようで、肉も大きめの焼き鳥のように串に刺してある。もともとそうして売っているようだ。便利だ。

「カズミ、あんたねえ!」

 ヴィオさんはトマ師に渡された飲み物を一気に飲み干して空の紙コップをぐしゃりと握り潰した。素早くトマ師がおかわりの紙コップを渡し、カズミンが焼けた肉の紙皿を渡す。


「ほら、ヨッコもサリーも座りなさい。クロノ、肉返して」

 俺は急いで肉をひっくり返した。火力が強めなのでどんどん焼ける。炭火なのでおいしそうだ。

「サンドイッチもあるからね」

 俺はテーブルの上のサンドイッチの皿を取り、女の子たちの前をまわった。


「焼けてるわよ。そのタレ使って、私のお手製よ」

 言われて肉や野菜の串を紙皿に適当に取り、タレをかけて配る。

「クロノ、ほら次、焼いて焼いて」

 忙しい。バーベキューって、もっとのんびりしたものかと思った。俺は焼けたそばから肉を配り、空いたそばから焼けた肉や野菜を紙皿に乗せてまわった。

 ヴィオさんの飲み物のペースが早いがそれも切らさないように気を配る。水のようにぐいぐいいってるけどそれ、ワインじゃないか。

「ヨスコさんとサリーさんは、飲み物何にする?」

 2人はお茶と答えた。網の上を気にかけながらお茶を入れる。少しずつ火力の強弱や食材の種類で焼ける時間を把握できてきた。


 女の子も若いとよく食べるんだなあ。

 ヨスコさんは肉も野菜ももりもり食べるし、ヴィオさんはとにかく肉が好きなようだ。皿に肉を入れておけば、しゃべる前に咀嚼しなければ気が済まないらしい。サリーさんは少し出遅れたが、そろそろ冷めてきたのか野菜の串と格闘している。手付きが危なっかしい。

 トマ師は食べるより飲む方が楽しいようだ。女の子たちの食べっぷりを楽しそうに眺め、紙コップを傾けている。

 カズミンは俺にああだこうだ指示を飛ばしながら、1番食べて飲んでいる。


 しかしカズミン、よくこれだけのものを揃えて壁を登ってきたなあ。バーベキューを焼く機材、椅子とテーブル、サンドイッチやサラダ、ピクルスにお酒。トマ師もおそらく担いできたのではないだろうか。壁を何往復したのだろう。精一杯もてなさなければ。


 おいしい肉と野菜で、みんなの気持ちもほぐれてきたようだ。いや、ヴィオさんは肉とお酒か。

「もうね、応接の間で待ってたでしょ。時間になっても来ないのよ、この子が。遅刻なんかしたことないから、何かあったのか、どっかで倒れたのかって、階段まで探したわよ」

 ヴィオさんのグチが止まらない。サリーさんも隣でおとなしくしている。今日は仕方ないだろう。

 俺は隙を見てヴィオさんの皿に肉を追加した。それにも気付かないくらい、ヴィオさんは夢中でおしゃべりしている。ただ同じくらい肉もちゃんと食べている。


「ヨッちゃんにも話して、トマ先生も一緒に城の方も探して、こりゃクロノについていったな、って。あの時の私たちの気持ち、わかる?」

「ほっほっ」

 トマ師が愉快そうに笑う。

 俺はヴィオさんの横にワインの満たされた紙コップを置いた。空いた紙コップを手離さずサリーさんに絡んでいたヴィオさんが、ごく自然にコップを持ち替え、早速ひと口飲む。俺はその隙に空いたコップを回収した。今持っているコップが空いたらまたすり替える。


「ヴィオ、あんた飲み過ぎよ」

 カズミンがサリーさんを挟んで隣に移動した。ヴィオさんは不満そうに口を尖らせた。

「うるさいわね、カズミもついてたんなら帰らせなさいよ」

「この子が聞かないのよ。あんたならわかるでしょう」

「わかる!わかるわ、サリーって本当にこうって言ったらこう、って時があるのよ。こうよ、こう」

「ほっほっ」


 酔っ払ってるなあ。ヴィオさんの手振りが大きい。カズミンもそんなヴィオさんの肩に大げさに手を置いた。

「そうよね、そうなのよ、本当に。私もせっかくのデートを邪魔されたくないからね、言ったのよ」

「デート!やるう」

「ほっほっ」

 デートじゃない。口を挟もうかと思ったが、酔っ払いは面倒くさい。どうせ忘れるだろう、放っておこう。


 そろそろみんなの食べる量も落ち着いてきた。俺はようやくひと息ついた。

「クロノ、ご苦労様。全然食べてないけど、大丈夫か」

 ヨスコさんが来てくれた。

「うん、今から食べるよ。ヨスコさんはもっと食べる?焼けたよ」

「先にクロノが食べなさいよ」

 肉を渡そうとすると苦笑混じりに断られた。ありがたくいただくことにする。

「おいしい。これ、羊かな」

「そうだな。やっぱり羊が1番おいしいよ」


 ヨスコさんと俺は、サリーさんを挟んでわいわいやっている2人とそれを楽しそうに見ているトマ師を見た。

「まさか魔女の塔でバーベキューをするとはね。クロノが来てから、いろいろなことがあるよ」

「あ……やっぱりダメでしたか」

 ヨスコさんはまじまじと俺を見て、吹き出した。

「ダメに決まってるだろう。でも、すごく楽しいよ。おいしいし」

 良かった、笑ってる。俺もつられて笑った。


「私は孤児だったから、こういうのはしたことがなくてね。わざわざどうして外でやるのか不思議だったけれど、何だかわかったよ。こんな感じだからみんなバーベキューが好きなんだな」

「俺も初めてやったけど、楽しいね」

 ヨスコさんが驚いたように俺を見る。

「初めて?ずいぶん手慣れているから、もとの世界でよくしていたのかと思った」

「ううん、全然。芋煮の横で鉄板焼きをしたことがあるくらい」


 芋煮、とヨスコさんがきょとんとする。

「うん、俺の地元では河原に鍋を持って行って」

「わざわざ外で煮るのか?焼くのなら炭や煙のことがあるから外でするのもわかるが、煮物は炭でも燃料でも変わらないんじゃ」

「そうだよね、確かに。でも何だかおいしいんだ」

 他県の人に芋煮を説明する以上に、異世界の人への説明は難しい。


 少し焦げた野菜をタレにつける。このタレ、本当においしいな。カズミンには剣も習いたいけれど、料理も習っておきたい。だが、一緒にいる時間は極力減らしたい。悩ましい。

 ヨスコさんも肉に手を伸ばし、頬張りながら笑った。

「そのうち、その芋煮も食べてみたいな」

「うん、いつかしようよ。こんな風に」

 俺とヨスコさんは笑っているみんなを見て、笑った。

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