第54話 踊る酔っ払い(片付ける俺)

 酔っ払いの2人はヒートアップして、もうサリーさんを放り出して2人で飲んでいる。サリーさんはトマ師の隣に移動してお酌をしていた。トマ師、嬉しそうだな。


「ヴィオさんとカズミン、ずいぶん話が合うみたいだね」

「ああ、ヴィオと師匠は飲み友達だから」

 ヨスコさんがこともなげに言う。

「え、そうなの」

「昔はよく二日酔いになっていたけれど、最近はやっとそんなこともなくなったな。でもクロノが来てからもちょくちょく飲みに行ってたはずよ」

 隣の部屋なのに全く気付かなかった。


「みんなは結構町に行ったりするの?」

「そうだな、私は買い物の時くらいしか行かないが、ヴィオは飲みに行ったり、踊りに行ったり、楽しんでいるようだよ」

 全く気付かなかった。


 話しながら俺もだいぶ食べた。そろそろおなかがいっぱいだ。みんなもそうみたいだな。

 網の上の食材をさらって皿に取る。野菜ばかりだが、体にはいいだろう。肉は食べ切ったし、傷みやすそうな食材はこれであらかた片付けたし、あとは火が消えるまで待つか。

「サリーさんはどうして塔から出ちゃいけないんです?」

 歌い出したヴィオさんとカズミンを見ながら、俺はヨスコさんに尋ねた。トマ師とサリーさんがにこにこして手拍子を取っている。

 

「出ちゃいけない訳じゃないよ。サリーは今まで出たがらなかったんだ。外が怖いって」

 そうなんだ。でも、町の光を見つめているサリーさんの目には強い憧れがあったようだし、今日も楽しそうにしていた。

「サリーは魔女だった頃に、戦争で国を4つも滅ぼしているんだ。もちろん全部サリーひとりがやった訳じゃない。国と国との戦争だからな。ただ、サリーは標的になりやすかったんだ」

 サリーさんは無邪気に笑っている。ヨスコさんはそれを目を細めて見つめながら言った。

「サリーは強い魔女で、か弱い美少女だから」


 最後の戦争が終わり国に凱旋した時、サリーさんは英雄として国民の歓喜の声に迎えられた。

 サリーさんはそういった扱いをされるのが苦手で、今までなかなか表に出ることはなかったが、その時は王様も出るというので戦勝パレードに参加することになった。


「お城の前の広場に人を入れてね。内側の水路を1周するだけ、ほんの三百メートル陛下の隣で笑顔で手を振るだけのはずだったのに」

 ヨスコさんたち魔女の刃と近衛兵が、水路をゆっくり進む車のまわりを警固する。身体チェックを経て入場した国民はみんな、美しい姫魔女に夢中になっていたように見えたそうだ。


「あと半分、と思った時だった。人垣が急に割れてね。老婆が叫びながら走ってきたんだ」

 国の仇、死ね、魔女。

 警固の兵と魔女の刃は王様とサリーさんを守るために動いた。しかし老婆は体中に爆弾をまとっていた。


 サリーさんは咄嗟に魔法を使った。


「すごかったよ、人が一瞬で真っ白に凍ったんだ。目を見開いたまま、涙まで凍っていた。陛下は喜んで、そのままパレードは続いた。サリーも笑顔を振り撒いて、ますます熱狂されてすごかったよ。けれど、サリーは控室に戻った途端に泣き出した。サリーは人に直接魔法を使ったのも、目の前で殺したのも初めてだったんだ」

 そして、塔に閉じこもったのか。人を、自分を恐れて。


「あとから調べたら、老婆は最初に滅ぼした国の王妃だった人だった。爆弾があのまま爆発していたら、広場の半分が吹っ飛んでいたそうだ」

 ヨスコさんはその時のことを思い出したのだろう、暗い目をして少しうつむいた。

「あの王妃は城が落ちる前に逃げて、どうしても見つからなかったんだ。老婆なんて年じゃなかったのに。あんなになるまで、何があったんだろう。陛下は降伏した国の王室の人間は女子供残さず絶やす方針だったから、陛下は正しかったと思った。人の恨みは怖いよ」


 ヨスコさんは沈んだ顔で残り少ないサンドイッチに手を伸ばし、ふと俺を見て笑った。

「でも、クロノと一緒に外へ出てみたかったんだろうね」

「えっ」

「変装までして。無茶するよ」

 ヨスコさんは目をサンドイッチに戻した。どこか寂しそうに見えたのは、光の加減だろうか。


 サリーさんがあくびをしている。俺とヨスコさんは時計を見た。びっくりした。

「もうこんな時間だ」

「始めたのも遅かったからね」

 残りのサンドイッチを慌てて食べながら火の具合を見る。だいぶ燃え尽きているが、まだ火は残っている。


 まわりを探すと、お目当ての金属の缶があった。中に灰がついている。これに燃えている炭を入れて空気を遮断し、火を消すのだ。

「よく知っているな。芋煮もそうするのか」

 ヨスコさんが珍しそうに、俺が火ばさみで火のついた炭を缶に入れるのを見ながら尋ねる。

「そうだね。でも、芋煮だと明るい内に食べてしまって、そのあとそのまま河原で遊んだりしてるから、火はいつの間にか消えてる気がする。芋煮だと燃やすのは炭でなくて薪だから、燃え尽きるのも早いんだ」

 蓋を閉め、熱くなるから気をつけて、とヨスコさんに言って邪魔にならないところに缶を置いた。


 空きビンや串などをまとめていると、俺の動きに気付いたカズミンがのしのしとやってきた。

「クロノ、片付けてくれてるの?ありがとおぉー」

 抱きつかれそうになったがかわせた。おお、カズミンも酔っ払っているな。

「網は捨てちゃうからいいわ。あとは残った食べ物や飲み物と、テーブルと椅子をまとめてくれたらいいから」

「運ぶの、俺も手伝います」

 俺なら壁を超えなくてもいいから、ヴィオさんの部屋を通らせてもらって荷物を運べる。カズミンはそんなに酔って、また壁を超えて帰るのだろうか。


「いいのいいの。大丈夫だから。それよりクロノも飲みましょうよ。ヨッコももう大人でしょう。付き合いなさいよー」

 カズミンがしなだれかかる。俺はまたかわそうとしたが、カズミンは俺がかわせることを考慮に入れたようだった。腕を取り、足を踏み込み、さっきとは別物の隙のない動きでしなだれかかられる。俺はあえなく捕まった。

「いやだああ!」

「やだ、クロノったら、大げさ」

 大げさじゃない。いやだ。怖い。泣きそう。

 すがる思いでヨスコさんを見ると、ドン引きしていたヨスコさんは気まずそうに目をそらした。み、見捨てられた。


「もう遅い時間です、夜です、明日に響きます、そろそろ終わりにしましょう!」

 カズミンに引きずられながら俺が叫ぶと、ヴィオさんが立ち上がった。立ち上がったが、目は据わっている。

「うるさいわね、誰のせいでこんなになってると思ってるのよ」

「え、え」

 サリーさんではないのだろうか。言えないけど。


 ヴィオさんは腰に手を当て、仁王立ちして宣言した。

「明日は、魔女の塔はお休みです!」

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