第7話 尋問

 俺たちはヴィオさんの前に並べられた。


「クロノ、自己紹介がまだだったわね。私はヴァイオレット・スプリングよ。これからよろしくね」

 ヴィオさんは笑顔だが、圧がすごい。俺は言葉も発せず、何度もうなずいた。

「では聞きますが、あなたはどうしてここにいるの?」

「あの……エレベーターで階数を間違えて、4階に行くつもりで4つめのボタンを押して……」

 ヴィオさんはああ、表示がないから間違えたのね、とうなずいた。

「あとから一緒に塔の中の見取り図を作りましょうね。2度と間違うことのないように」

 間違えたら大変なことになるのだ。俺は震え上がりながらはい、お願いします、と答えた。ヴィオさんは微笑んでうなずき、ヨスコさんに目を向けた。


「ヨッちゃんはどうしてここに来たの?」

「食堂で待っていたんだけど、クロノがなかなか来なくて、サリーも遅かったから、もしやと思って……」

 ヴィオさんはそう、とうなずいた。

「クロノが食事の支度を任されたことは知っていたわね?」

「それは、私とヴィオで決めたじゃないか」

「ここにはいつものように階段で来たのよね?」

「もちろんだ、全ては鍛錬だから」

「クロノも鍛錬のためにワゴンを担いで階段を使うと思ったの?」

「あっ……」

 ヨスコさんははっと息を飲み、がっくりとうなだれた。


「これからは剣の腕だけでなく、相手を観察して動きを予測することもしていかないと。サリーを守るために必要になってくるはずだわ。まずは練習に、あまりお互いを知らないクロノと剣の訓練をしてみたらどうかしら?」

 ヨスコさんは何か言いかけたが、力なくうなずいた。

「わかった、そうする」

 ヴィオさんは微笑んでうなずいた。あれ、俺、剣の訓練しなきゃいけなくなってないか?


「サリー」

 姫様がびくりと体を固くする。

「クロノにまで言われたわね。男性が怖いの?」

「こ、怖くはないけど、その、体とか大きいし、声も低いし、力も強そうだし、女の人とは何か違ってて、その」

「怖いのね?噛みつかれそうだとでも思っているのね?」

「そんなことないってば!」

 焦ったように姫様は声を張り上げた。ヴィオさんは厳しい目のまま微笑んだ。


「なら毅然として、側に置きなさい。怖いと思うから隙ができて、つけこまれるのよ。クロノくらいの男、何とかできなくてどうするの。あなたが嫁ぐ相手は、陛下がお決めになる以上、どこの誰であろうとこんなモノではすまないのよ」


 姫様はうつむいた。ヴィオさん、俺を何だと思っているのだろう。

「サリー、あなたが男性が苦手なのも知ってる。けど、明らかな弱点をそのままにしてはおけないわ。もう陛下にまで知られてしまったのだから。あなたがつらい思いをするのよ」

「うん……」

 姫様がつま先をもじもじと動かす。承知したくないのだろう。俺も申し訳ないと思う。もっと若くて爽やかな美青年だったら、姫様も少しは楽しくその任務に取りかかる気になれただろうに。このおっさんじゃあ、なあ。


「まずは食後、少し2人で話をしてみたらどうかしら。そうね、その前に塔の図をクロノと作って渡すから、中のことを説明してあげて」

「……うん」

 しかしヴィオさんは有無を言わせず、姫様は渋々了解した。

 ヴィオさんはうなだれる俺たちをもう一度順に見て、にっこりと笑った。

「では、少し遅くなりましたがごはんにしましょうか」


 給仕といっても、ワゴンに積まれたトレイごと各自の前に出して、小さな鍋に入ったスープだけを注ぎ分けるだけだった。

 支度ができると姫様が手を合わせ、いただきますと言った。他の2人もならい、俺も同じようにした。長い食前の祈りとかなくて良かった。

 食事は多分とてもおいしいのだけれど、全部冷えてしまっていた。常温のスープというのはおいしくないんだな。他にはパンと野菜。果物はみかんに似ていた。城のごはんだからもっと豪華なのかと思ったが、ちょっといい給食みたいだ。スープが温かかったらきっともっとおいしいのに。

 みんなよく平然と食べるな。鍋で来るんだから、温めなおしたらいいんじゃないかな。後でヴィオさんに聞いてみよう。


 ワゴンを戻しに行ったら、別のワゴンにお茶の道具が置いてあった。

 保温できるポットもあるんだな。蓋を開けてのぞいてみると、中は銀色だった。俺が知っている魔法瓶の仕組みと同じようだ。

 石造りの建物なんて初めてだから、ものすごく違う世界に来てしまった気がしていたけれど、あまり文化に変わりはなさそうだ。何とかなりそうかな。


 俺は今度はそのワゴンを運んで戻った。

 みんなでお茶にするのかと思ったが、食堂にはヴィオさんだけが残っていた。

「あら、明日のお茶持って来ちゃったの?」

「あ、これ明日の分だったんですか」

 ちゃんと聞けば良かった。返してきた方がいいかな。

「持ってきちゃったんだから、いただきながらにしましょうか。クロノはお茶は淹れられる?」

「多分大丈夫です」

 昔、彼女ができた時のためにと思ってカッコつけて、紅茶に凝った時期があって良かった。彼女はできなかったが、こんなところで役に立つとは。


 このお茶は紅茶とは少し違うようだが、いい香りがした。トマ師のお茶とはまた違うようだ。

「あら、なかなか鼻が効くのね。そう、産地が違うのよ」

 ヴィオさんは赤いお茶を飲みながら言った。

「私はこのお茶が好きなの。森の香りがするでしょう」

 確かにこのお茶は深い森のように、木や草や花の香り、そしてしっかりとした苦味があった。ヴィオさんはこんな森で育ったのだろうか。


「上手よ、クロノ。おいしいわ。じゃ、始めましょうか」

 ヴィオさんはもうひと口お茶を飲んで、おもむろに見開きのノートくらいの紙を広げ、インク壺と羽ペンを取り出した。

 おおお、何だかそれっぽい!が、それしか筆記用具がないなら不便そうだな。


「では、塔の部屋の配置を説明するわね」

 身を乗り出すと、ヴィオさんの青いワンピースに包まれた豊かな胸が机に乗る。俺はあまりにもたっぷりとした光景に思わず目を奪われた。話で聞いてはいたが、ほ、本当に乗っかるんだ。

「私たちが今いるのが4階、食堂よ。この下が応接の間、私たちが初めて会った所。そこがこの塔の一番下よ」

 ヴィオさんが線を引きながら説明する。ヴィオさんの言葉遣いは、時々ちょっとドキドキさせられる。ヴィオさんが動くたびにセミロングの黒髪がさらさら揺れる。


 きれいな人だな。

 決して太ってはいないのに、何だかいろんなところがむっちりしていて柔らかそうだ。豊満な胸はもちろんだが、ペンを持つ手とか、唇とか。


「——そしてこれが最上階、祈りの間……って聞いてる?」

 俺ははっとして紙を見た。図面はほぼ完成していた。ヴィオさんは軽く睨むようにして微笑んでいる。考えていたことが見られてしまったような気がして、俺は真っ赤になった。

「あ、あの、すみません」

「いいわ、サリーに説明してもらいなさい。けれどあなたも、もう少し女に慣れる必要がありそうね」

 ヴィオさんは咲きかけの花が更にほころぶように微笑んだ。俺は引き寄せられる蜂か何かになったような気がした。くらくらしながら、何とかはい、と返事だけは返す。

「では、クロノはこのまま待っていて。サリーを呼んでくるわ」


 ヴィオさんが扉の向こうに消えると、俺はどっと疲れて椅子にずるずるともたれ、天井を仰いだ。


 女の人って、疲れる……!

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