第3話 男慣れするために、って俺でいいんでしょうか(年齢=恋人いない歴)

 姫がハッキリと言った。

「処刑でしょう?」


 俺は心臓が止まりそうになった。

 やっぱり。どうしよう……!

 心臓がバクバクする。目の前の床がぼやける。緊張しすぎて視界が暗い。気が遠くなりそうだ。


「……それが……」

 ヨスコさんが言いにくそうに切り出した。


「陛下のご決定を、お言葉通りに申し上げます。曰く、セーラレインは箱入りで育て過ぎた。社交界にも出ず、全く男慣れしていないからあんなことになるのだ。このままでは結婚などできない。少しでも男に慣れさせるため、その男は、マリベラの代わりにセーラレインの侍従として側に置くように。……とのことでございました!」


 俺の後ろでヴィオさんが息を飲んだのがわかった。靴の音も止まっている。

「……ヨッちゃん。何ですって?」

「何度でも申し上げます、陛下のおっしゃいますには」

 ヨスコさんは一言一句違わずにさっきの言葉を繰り返した。姫は聞き終えるともう一度繰り返させ、ヨスコさんは懸命に繰り返した。


「どういうことですか!」

 テープのように同じことを繰り返すヨスコさんを、姫が途中で遮った。ヨスコさんがますます頭を低くする。

「私もそれはいかがなものかと申し上げました、身元も定かでないのに、姫の、特にお側に侍る侍従として男性を置くことなどできないと、この首をかけて上奏いたしました!けれど」

 ヨスコさんが唇を噛む。姫はしばらく黙っていたが、ほっと息を吐いた。


「……わかりました、ヨッちゃん。あの父王様が、人の話などお聞きになるはずがないものね」

「姫」

 ヴィオさんが労わるように声をかける。

「私は父王様のお言い付けに従えなかった。何をされても仕方ないわ。ヨッちゃん、私のためにそこまでしてくれてありがとう」

「サリー……」

 ヨスコさんが声を詰まらせる。


「でも、サリーのことは、私たちが絶対に守るわ。この男には指一本触れさせないから!」

 ヨスコさんが叫ぶように言い、サリーと呼ばれた姫がうなずく気配がした。

「うん、信じてる」

 ……よくわからないが俺は助かったようだし、女性たちは俺をとんでもないケダモノ扱いしているような気が……

「あなた、名前は?」

 俺は年齢の分だけ、つまり三十年間彼女がいない。

 だから予想でしかないけれど、でも俺はそんなに女性の扱いがひどい方ではないはずだ。いつも紳士的であろうと思っているし、優しくしたいとも思っている。

 ただ実践する機会に恵まれなかっただけで、俺だって彼女さえいたら、


「おぶ!」

 ヨスコさんの剣の鞘が俺の腹を突いた。

「姫がお前の名前をお聞きだぞ!」

「げふ、え、はい、あの」

 咳き込み、戸惑っていると、姫はため息混じりに言った。

「ないの?それとも、犬とでも呼んだらいいの?」

 え。ちょっと、それは。

「いえ、あの、黒野くろのです、黒野 貴史郎きしろうです」


「クロノ……何ですって?」

「貴史郎です」

「変な名前ね、まあいいわ。ちゃんと答えられた褒美に私の名前を教えましょう。私はセーラレイン・フロストライゼルです。以後、呼ぶことのないように」

 ……呼ぶなと言われた。仕方ないのかもしれないが、嫌われてないか、俺。

「クロノ、ではさっさと準備をして私の侍従をしなさい。詳しいことはヨッちゃんとヴィオに聞きなさい。その濡れた変な服は早く着替えて。何だかくさいわ」

 うっ。く、くさいのか俺は。思わずスーツを嗅ぐ。自分ではよくわからない。そんなことをしているうちに靴の音が遠ざかっていく。


 奥の扉が閉められ、かちりと鍵のかかる音がした。俺はやっと、おそるおそる顔を上げた。

 ヨスコさんが立ち上がって俺を見下ろしている。

「そういうことだ、クロノ。せいぜい姫にご不便をかけぬよう励むがいい。言っておくが、少しでも不埒な真似をしようものなら」

 しゅぴん、と鋭い音がして、俺の顔を微かな風がなでた。かち、とヨスコさんが剣を納める音に、俺が今更仰天して尻餅をつくと、濡れたネクタイの先端がぺたりと床に落ちた。

 切れた。切れたよ、ネクタイが!

「ほ、ほ、本物!」

「次はお前の首だ。覚悟しておけ」

 俺は、俺は、やっぱり殺されるんだろうか。


 俺はさっきの老人のところに連れて行かれた。

「あんた、また無事に出てきなすったんか」

「はは……何ていうか……ええ」

 驚く老人に、俺は曖昧に笑った。


「トマ師、こいつがこれからベラの代わりにサリーの身の回りのことをするんだよ。身支度を整えてやってくれ」

 ヨスコさんが面倒そうに説明すると、トマ師というらしい老人の白髭の中の口があんぐりと開き、皺に埋もれた小さな目が見開かれ、俺とヨスコさんを往復した。

「し、しかし彼は男性ですぞ!」

「陛下がお決めになり、サリーも受け入れた。大丈夫、私とヴィオがサリーを守る」

 ヨスコさんがまたそんなことを言う。何もしないってば。


 トマ師が苦渋に満ちた皺くちゃの顔を、更にしかめる。

「姫様がお受けになったのなら……しかし、姫様は、何というか、本当におわかりになっていらっしゃるのか……どうも男女の機微にはその、あまり通じていらっしゃらないようなところがおありに」

「それも承知だ。だから私たちが絶対にサリーを守るよ。トマ師、頼むよ。こいつはクロノだ」

 トマ師と呼ばれた老人は、ため息をついて俺を見、もう一度上から下まで見て、立ち上がった。

「では、クロノ殿。ついてきなさい」

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