第9話

二人とも黙っていた。暖かい陽はどこまでも優しい。彼女と二人で並んで寝転がっていることに何の違和感もない。本当に、そして自然にこの部屋に、二人は溶け込んでいるようだった。

うとうととして、ほんの少しだけ眠った気がする。ふと目が覚めて彼女の方を見ると、彼女は目を開けていて真っ直ぐ天井を見ていた。少し思い詰めたような表情にも見える。

白々しくならないように気をつけながら、

「ちょっとうとうとしちゃった!紗音ちゃんは眠れた?」

すると、自分が目を開けていたことに今気がついたようにしばしばと瞬きをして、

「はい、ほんの少しですが寝ちゃってました」と笑顔で応えた。

すると直ぐにその笑顔がすぅっと消えて、その場にちょこんと座り直した。

私もつられて座ると、彼女は、

「お姉さん、お話があります。」と大きな眼をより一層見開いて見つめてきた。

目力が凄い。弟でなくても私でさえ引き込まれてしまうほど魅力的な眼をしている。

こんな目で見つめられたら何でも叶えてあげたくなってしまいそうだ。


「お母さんの事なんですが」

まだ結婚前だから、本当はおばさんか、優斗のお母さんか、違う呼び方なのだろうが、ここは“おかあさん”が一番しっくりくる気がする。

「お姉さん、これを見てください…」と言いながら、持ってきた大きめのバッグの中から本を取り出した。

私が子供の頃に見た綺麗なカバーがかけてあるあの“本”だ。何故?彼女が持っているのだろう。

私に渡した後、「おかあさんが亡くなった時に、そばに落ちていたんです。」と言った。



“それ”は、彼女がちょうどうちに来たタイミングだったという。弟が母に彼女が来た事を伝えようとした時に発見したらしい。

彼女が来ていなかったら、もっと気づくのが遅くなっていただろう。どのみち助からなかったのだが。

その後は慌ただしかった。直ぐに救急車を呼んで搬送されたが、病院に着いて直ぐに亡くなり、弟から連絡が来てそのことを知った。

弟が救急車にのり、彼女は留守番をすることとなった。その時に、見つけたらしい。

幸い、本に汚れはつかなかった。恐る恐る手に取りパッと中を見て、これは隠した方が良いような気がして直ぐに自分のバッグにしまったという事だった。どうやら例の挿絵を見たらしい。

「この内容って死のうと思っている人が直前まで持つには相応しくないと思いませんか?遺書もなかったし、何か理由があるような気がするんです。」

彼女の思い詰めた顔は、いつもの可愛い表情とは違い、それも魅力的なのかなと場違いなことを感じていた。

「本の中は読んでみたの?」

私は子供の時にチラッと見ただけだから、中がどんな内容だったのか知らない。

他の本と同じようなら、もし彼女が読んだとしたら、そして、この部屋で読んだら…。しかし、箪笥から出したわけではないのだから、鍵のことも、ましてや壺のことなど知らないのだろう。と、頭の中にぐるぐると色んなことが巡っていた。

「私、本はあまり読まないし、絵がちょっと変なのだったから読んでないんです。まずはお姉さんに相談しようと思って。」

本当のことを言っているようだった。そして、本を私に渡してきた。

「紗音ちゃんの方が、私よりもお母さんに会う機会が多かったよね。何か不審な点とかが前にもあったりしたの?」と聞くと、彼女は少し躊躇った。考えるように少し黙り込んだ後、意を決したように、

「実は、優斗に聞いた話なんですが、誰にも言わないようにと教えてくれたことがあるんです。」

一息ついてから、

「お母さん、前にも自殺しようとしてたって、しかも自分の部屋に灯油を撒こうとしてたみたいで」

衝撃だった。母が、この家をこの部屋を守るために改築の話をあんなに反対してたのに、自分から燃やして無くそうとしてたなんて。何故そんなことを。

「たまたま優斗が、お母さんが灯油を持って部屋に入るところを見かけたらしくって。でもその時はそのまま自分の部屋へ一旦は戻ろうとしたけれど、良く考えたらお母さんの部屋にはストーブもないのに変だなって、気になって戻って声をかけたらしいんです。その時に、まさに灯油を巻こうとしてたって。」

彼女は少し涙目になって続きを話す。

「その時のお母さんの顔が、怖かったって、優斗はどうしたらいいのかわからないって。」

ついに涙がこぼれ落ちた。

「お母さんに何があったのか、聞くことも出来ず、でもその後お母さんは何事もなかったように明るく過ごしてたから、もう大丈夫なのかと思ってたって。」

私は、言葉を挟む事ができずに聞いていた。

「そんな事があったなんて、私、お母さんが亡くなる前には聞いてなかったから、あの時この本を隠したのが良かった事なのかわからなくなってきちゃって。この本に何か関連があるんじゃないのかって考えても考えてもわからなくって。だから、お姉さんと二人だけで話したかったんです。」

ここまで話してようやく肩の荷が降りたのか、しっかりと正座していた姿勢が、ダラリと崩れた。

私は考えていた。私が経験した事を話すべきか。それと母の死が繋がるのかわからない。けれど、私は頼られている。彼女の大切な人の家族として、そして、今後は彼女の家族にもなるのだ。信頼してくれている。

「話してくれてありがとう。直ぐには答えは出なさそうだから、一緒に考えてみよう」

彼女は頷くと、本はお姉さんが持っていてくださいと言った。

ちょうどそのタイミングで弟の声がした。私は本を文机の引き出しにしまって、彼女と二人で部屋を出ることにした。





第10話へ続く

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