第8話

【金曜日】


今日は一日中、忙しかった。親戚の叔母さんが来たからだ。

四十九日の法要でも顔を合わせては居たけれど、比較的近くに住んでいるため、たまにこうやって父の顔を見に来てくれる。叔母は父の妹だ。

祖母と仲が良かったのかは、遥か昔でよく覚えていないが、母とはまぁまぁ話をしてた。人当たりが良いのだろう。いつもにこにこ笑顔の印象しかない。

父は鬱陶しがってはいるけれど、今この家は父と弟の二人暮らしだから、明るくてよく気がつく叔母が来ると家の中が明るくなるし片付くのだからまんざら嫌ではないようだった。


叔母は私のことを可愛がってくれた。

私が今回実家にいる間に、一緒に買い物に行こうと誘ってくれたのだった。

大の大人なのに、やれこの服が似合うだの、このアクセサリーをつけた方が美人だとか、色々お節介を焼きだかって困る反面、母とそうしたやりとりが出来なかった私にとってはとても有難いことだった。

きっと、母が厳しかった事を不憫に思ってのことだろう。


叔母は日帰りではなく泊まっていくと言ったので、一緒の部屋で寝ることにした。狭いけれど落ち着くからと言ってくれたので私の部屋にしてもらった。“おばあちゃんの部屋”だときっと私が落ち着かないだろうからホッとした。


叔母に“付き合っている彼”のことを時折話していたから、結婚はしないのかなど結構突っ込んで聞かれ事も多いけれど、まぁお互いまだ仕事にやりがいを感じているからまだ先になるだろうと、いつも上手くかわしてきた。今夜もやはり聞かれたので、いつものように言い訳をしようとしたのだけれど、何となく今回は違うことを言っていた。

「結婚かぁ、そろそろしたいかも。なんてちょっと思っちゃった。」

すると叔母は、にっこり笑って、あえて勧めずに、

「よく考えなさいね。あなたには幸せになって欲しいから。」

「うん。ありがとう。」

本当に、優しい。

今夜はいつになく幸せな気分で眠りについた。


【土曜日】

朝ご飯を食べ終えてから少しして、叔母は「また来るね!」と笑顔で帰って行った。

昼前から近所のお友達と出かける予定があるらしい。

もし私が今の彼と結婚することになったら一番に報告しようと思った。もちろん、相手が彼でなくてもだろうが、今は彼しか考えられなかった。当然のことか。



今日は、弟の彼女が来る日だった。

ひと通り家事を終えた頃、玄関から賑やかな声が聞こえてきた。駅まで迎えにいっていた弟と彼女が入ってきたのだ。

今日も彼女は可愛かった。外はだいぶ暖かくなってきたようで、彼女は春の装いをしていた。桜の花を連想させるようなふんわりとした淡いピンクのワンピース。カーディガンの色も同じく淡いグリーンで、本当に花の精のようだ。なんて、誉めすぎかなと密かに笑ってしまった。

父が顔を出して、照れ笑いで挨拶して、特に用事がないことを残念そうにまた自分の部屋へ戻っていった。

”大丈夫よ、お父さん、後でお茶を入れたら呼んであげるから”


本当に彼女はうちに馴染んでいる。家族の中にいても違和感がない。何となく、彼女の方がこの家にふさわしいような気がしてきた。あの部屋の主として、私よりも彼女の方が…。なんて馬鹿な事を、彼女には弟がいる。そして、私には…。

胸が苦しい。今まで経験したことのない、締め付けられるような感じだった。

私は彼女が好きだ。私がみる限りでは裏表がなく心遣いもよく出来ている。きっと私なんかよりもずっと心が綺麗だろう。壺にとっても、好ましいに違いない。

これは、嫉妬というものなのか。嫌な感じだ。


他愛のない話をした後に、彼女が、“おばあちゃんの部屋”に今から行っても良いかと、ようやく言ってきた。今日はそれがメインなのだろうに、なかなか言いださないから私は焦れていた。何故だろう、うちに来てから随分経ってたから思い出したように言ってきたのだった。

弟は一緒に行かないらしい。「俺、ちょっと仕事で気になることがあるからさぁ、ちょっと電話をかけるてみるよ。紗音(さお)と姉ちゃんで行けばいいよ」と、何だか遠慮してるみたいな感じだった。

それなら二人で行きましょう。と、連なって奥の部屋へと入った。もちろん私が先に。


「わぁ、やっぱり素敵!」

キョロキョロと部屋中を見渡しながら、目を輝かせている。本当に純粋な和室が気に入ったらしい。ひと通り繁々と眺めた後ペタンと座った。私が押し入れから座布団を出したからだ。

彼女は、子供の頃自分の父親の実家に行った時に泊まった畳の部屋が忘れられないという。両親はその後直ぐに離婚してしまったから、父親の実家に行くことはもう出来なくなってしまったから余計に憧れとなっていつまでも心に残っているのかも、と自分で分析していた。

今日もよく晴れていたから、陽が差し込んでいて日向ぼっこ日和だ。彼女を促し、一緒に畳に寝転んでみた。

心地よい。彼女も無邪気に喜んでいる。

その横顔を見ていたら、少し胸が傷んだ。




第9話へ続く

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