第7話
今度は、起こっていることがとても鮮明に見えた。私の手から身体へと広がるその青白く脈打つ肌も、とても美しかった。
首筋から唇へ、もう一方は胸元へそしてさらに下へ、それぞれが分かれて広がりながら、吸い付くようでいて、なのに触れるか触れないかのギリギリを焦らしながら撫でるかのように優しく、締め付けられるように強く、そう、これはまる“愛撫”だ。
それは、私の中へ入ると一変して激しく掻き回し、それからはあっという間だった。何度も何度も衝撃を身体の芯から受け止めていた。現実に起こっていることには思えないことなのに、脳と身体は現実だといっていた。
昨日よりも長く、壺と一体になっていたようで、何となくわかってきた気がする。この壺はやはり生き物のようだ。私は衝撃を受けながら、何度も何度も『生きたい』と叫んでいる“声”を感じていた。それはとても切なくて悲しくて、そして何故かとても愛おしかった。私は、私に出来うることを全てしてあげたいと思い始めていた。その方法はきっとこの部屋にずっと住み続けることなのだろう。
今回も、何回目かの衝撃で気を失っていた。
この先、私の身体は持つのだろうか。
朝陽で目を覚ました。目覚めは最悪だった。
怪談話でよくある正気を抜き取られているのではと考えてみたけれど、それでも良いと思うようになっていた。
あたりを見渡して、本も鍵そのままだったことに気がついた。
“誰にもみられてはいけない”
特に“鍵”は特別なものだから。そう、この部屋から持ち出せないものだから。
何とか起き出して鍵を元に戻した後、あまりに身体が重くて耐えられず、また布団に潜り込んでしまった。そのまま天井を見上て、昨夜のことを考えようとしていたらあっという間にまた眠ってしまった。
今朝も弟は声をかけにきたのだろうか。
次に目が覚めた時には、陽はだいぶ高くなっていた。なのに、家の中は静かで人の気配がしない。
弟はもう仕事に行った後なのだろうか。父は、どうしているのだろう。重い身体を起こし、居間を覗いてみたけれど、誰もいない。台所も綺麗に片付いていた。一階にはもう一つ部屋がある、父の部屋だ。どうしようかと少し躊躇った後、ドアの前で声をかけてみた。
「父さん、居るの?」
少しして、「ああ」と返事があった。
ドアの前に立ったまま、「朝起きれなくってごめん。」と
それだけ言って、戻ろうとしたら「美里、中に入れ」と、珍しいことを言ってきた。父が部屋へ私を招き入れたことなど過去にあっただろうか。
父の部屋は12畳ほどある洋間だった。
元々は母もこの部屋にいたのだから、二人で過ごすには丁度よかったのかもしれないが、父が一人で過ごすようになってからは、かなり物が少くなったのだろう、とても殺風景な部屋だった。
私も小さい時はこの部屋で過ごしていたのだろうが、覚えてはいない。
私がニ階の部屋を使うようになった幼稚園位の頃に母も二階に移ってきたと思う。母からしてみれば自分も二階にいれば、私に何かあった時にすぐに対応できるからという理由だったのだろうが、本当の所はよくわからない。
まだ生まれたばかりの優斗も一緒だったと思う。
あの頃から父はこの広い部屋で一人だったのかと、考えながら部屋に一歩入った。
そして父に、「何?」と何故か少し強い口調になって言っていた。父が悪者で、母が出ていったのか、母のわがままで父を一人残したのか、原因などわからないのに、何となく父が悪いような気がしたからなのかもしれない。
「いや、お前が具合が悪そうで心配だったから…、その、なんだ、あの部屋は寒くないのか?」
聞きたいことを聞けないでいる感じの、何か苦いものでも噛んでしまった時のような変な顔をしていた。
「大丈夫、ちゃんと着込んでるし、日中沢山陽が当たるせいか、夜になってもあまり冷えないみたい。」
「そうか…。」
父はそれっきり何も言わなくなってしまった。
私は、少し待ってみたけれど、父は黙ったままだ。
これ以上ここにいる理由がなくなったのでこの部屋から出ることにした。すると父は、
「美里には、誤解がないように話さないといけない。」
振り向いた私が何か言う間も与えずにそのまま続けて、「母さんは美里のことを嫌ってなどいなかったんだよ。」そう言うと下を向いてしまった。
「えっ?、なんで?」
どう言うこと?、何で今そんなことを言うのだろう。
「だから、嫌ってなかったんだよ。母さんは美里のことをとっても心配してたんだよ。」
何を今更。嫌ってなかったはずがない。あんなに私のことを自分から遠ざけていた母が、私のことを嫌ってなかったなんて有り得ない。
「それなら母さんが直接私に言えばよかったんじゃない。何で死んだ後の今になって父さんが話すのよ!」
父はそのまま、黙り込み、今度は本当に何も言わなくなってしまった。
第8話へ続く
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