第10話

【母(美佐子)】


私が優斗を産んでから、美里のことをあまりかまってあげられていなかったせいか、最近美里は夜中によく泣くようになった。

何度も起きては抱きあげて、暫くゆらゆらと揺らしてやると寝るのだった。

毎晩毎晩泣くので、夫の睡眠に支障が出るやもしれないと心配になり、私は子供たちと二階の部屋へ移ることにした。直に美里も自分の部屋を持つことになるだろう。その時私が二階にいれば、物音に気付くことが出来る。何かあっても直ぐに対応できて安心だ。だから、夜泣きが無くなってもそのまま二階にいることにした。夫は夫で、母親が一階の奥の部屋にいるので、やはり何かあった時に自分はそのまま一階にいたほうが良いだろうと言ってくれた。円満な家庭内別居の始まりだった。


どうしてもまだ赤子の優斗に手がかかる。美里は大人しくてとても良い子だから、かなり我慢をしているのかもしれない。なるべくそばにいてあげなくては。


幼稚園に通うようになって、美里も落ち着きが出てきた。優斗ともよく遊び時折お姉ちゃん風を吹かせてもいる。今では夜泣きをすることもすっかり無くなっていた。

時々、私が居なくても大丈夫なのではと思ってしまう。まだこんなに小さいのに変な感覚だと思うけれど、本当にしっかりしてきたのだ。


義母はとても綺麗好きで、自分の部屋の掃除は自分で行っていたようだ。元々物が少ない部屋なので散らかりようがないのだろう。いや、もしかしたら自分以外に部屋のものを触られるのが嫌なのかもしれない。他の部屋に掃除機をかけるついでにと私が声をかけてもやんわりと断られる。

なのに自分の部屋以外にはあまり頓着する様子が見受けられない。決してずぼらなのではなく義母にとって自分の部屋は特別なのかもしれない。

美里が義母の部屋へ入って何か壊したり失くしたりしたら大変だ。あまり入らないように躾なければならない。


ダメだと言うとかえって子供はやりたがる。義母は適度に美里の訪問を受け入れているようなので心配だった。

ある日義母が留守の際、私が家事をしている間に美里が義母の部屋に入っていたようだった。散らかしたりしたのではと心配になり、美里と優斗が昼寝をした時を見計らって義母の部屋に入ってみた。散らかっていないことを確かめて、出ようとした時に、ふと綺麗なカバーがしてある本に目が止まった。何の本だろう。何の気なしに手に取っていた。




【美里】


夕食後、弟は彼女が帰るのを送って行くと言って二人で家を出て行った。

父は、賑やかな一日でだいぶ疲れたらしく、早々に寝てしまった。

私は家事を済ませてから、お風呂に入りゆっくりと湯船に浸かっていた。


今日、弟の彼女から母のことを聞いてからは、何をしていても上の空になってしまった。私に何か思い出せることはないかと考えてみたけれど、そもそもあまり母とは関わらないようにしていたせいか何も思い出せなかった。

彼女は、重い”荷物”を私に渡せたことで気が楽になったのだろうか、あの後もいつもの明るい彼女のままだった。もしかしたら、周りに気を遣い自分の苦しい感情は表に出すことをしない性格なのかもしれない。色々と苦労して育ったことにも要因があるのではと考えてしまう。弟がそんな彼女の救いとなれば良いのだけれど。そして、私も彼女にとって必要な存在になれればと思っている。今回の件を抜きにしてでもだ。


とにかく、お風呂から出たらあの本を読んでみよう。

綺麗なカバーがしてあり子供の頃に欲しかった本、そして母が亡くなった時に持っていた本。一体何が書いてあるのだろう。


お風呂から出た後、はやる気持ちを抑えながら彼に電話をしていた。声が聞きたかったからだ。

それでも、起こった出来事のほとんどは言うことが出来ず、歯切れの悪い会話となってしまった。

彼は、私が疲れているのではないか、実家ではあるが気を使ってるのではないかと心配してくれた。本当に優しい。

電話は30分ほどで終わった。まだ耳の奥に声の余韻が残っている。あぁ、彼が愛しい。


そう、私には彼がいる。とっても大事な人がいる。

けれど、この、今起こっていることに対しても私が何か出来るのであればやらなければならないと感じている。とても複雑な感情だった。


電話中は身体がポカポカと温かかったのに、電話が終わるとすっかり冷えてしまっていた。

風邪をひかないようにしっかりと服を着て、実家にいる間は私の部屋となった“おばあちゃんの部屋”へ入り、文机から例の本を取り出した。




第11話へ続く

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