10話 医務室に担ぎ込まれていたらしい
少年と白い竜の一騎打ちの後、美しい花畑だった場所は一面の焦土となっていた。
生命の気配など感じさせない死の世界。
その中心で仰臥している1人と1頭を余人が見ればその双方を死体であると断定したに違いない。
しかし、双方共に僅かながら胸が沈んでは浮き上がっている事が彼らの命を繋いでいる事を示していた。
『全く...私のブレスを完全と言えずとも相殺するだなんて......貴方は...何者なのですか?』
白い竜が首をもたげて少年に尋ねる。
「うるせぇ...てめぇこそ何であの威力のブレスを反射されて生きてやがんだ......それに何で相殺仕切れてねぇんだよ、クソが」
少年も首を動かし、白い竜を見据えながら返答する。
『それにしても...この様な形の契約とは言え、我が契約者がこれほどの力を持つ者となった事は私にとって僥倖であると言えますね。
これから宜しくお願いしますよ、えぇと、名前は......』
「シムルだ。
つーか契約って何だこの野郎、今の今まで俺を殺そうとしてたくせによぉ。
それに契約って儀式かなんかやるんだろ?そんな要素がどこにあったわけ?」
『いえいえ、契約は成立していますよ。貴方の胸にしっかりと契約のルーンが刻まれていますからね』
何言ってんだこいつ?
そう思って胸元へ視線を投げた所。
「うっわなんだこれ」
絵とも文字とも似つかない様な不思議な形の紋章が白く心臓の位置で輝いていた。
『と言う訳で、改めてこれから宜しくお願いしますよ、我が契約者シムル』
「オイコラ、だから契約なんざしたつもりねーっつーの。...ま、もう殺しあう気がねぇっつーなら良いんだけどよ。俺も疲れちまったし」
そう言って俺は体を起こして。
「ちなみに、お前名前何つーの?」
『ソラヒメです』
相棒となる竜との自己紹介を終えたのだった。
『それともう一つ。
貴方の扱うあの魔法は、一体?』
「ああ、それはな...」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
目を開けるとそこはベッドの上だった。
鼻をつく薬っぽい臭いがする辺り、ここは医務室って所か。
部屋を見回すと誰も居ない。
窓に目を向けると既に日は沈んでいるらしい。
それにしても随分と懐かしい夢を見た。
あれ以来ロクに魔法を使う機会がほぼ無かったんで全力を出したのはあの時と...それとさっきか。
倒れる直前の記憶がえらく鮮明だ。
寝た時の状況を考えるに、原因は間違いなく魔法を使った事だな。
体の中の魔力を軽く回してみるとヤケに回りが悪い。
どうも魔力が足りないらしいな。
「えーと、久しぶりに魔法使ったら加減が効かずにめちゃくちゃ魔力を出しちまったと。で、体が唐突な魔力放出と魔力不足で驚いて寝ちまったって所か」
1人で勝手に納得してみる。
確かソラヒメの話だと『定期的に魔法を使わないといざと言う時体が魔力でショックを起こしますよ』だったか。
それにしてもまさか寝ちまうとは思わなかった。
たかが竜2匹を仕留めるのにこのザマじゃあいつの相棒失格だ。
ん?坊ちゃんの槍を止めた時?
おいおい、あんな上級魔法(笑)を止めたくらいじゃ魔法を使った内にも入らねーよ。
消費量が少な過ぎて(笑)。
さて、ほんじゃそろそろ起きてソラヒメの所にでも戻りますか。
ついでにテーラの所にも顔出してやるかな。
「失礼します。
シムル君、起きてますか」
ベッドから起き上がった所、誰かが部屋に入ってきた。
おっとこの声は。
「アリス先生じゃないっすか。
どうしたんすか?」
「シムル君!
どうしたもこうしたも、無事に起きてくれて良かったわ!
一時はどうなる事かと...体は大丈夫?」
そう言って駆け寄って来る先生。
美人に心配されるなんざ中々良いご身分になれたもんだ。
「うす、大丈夫っす。
あ、そうっす先生、俺が寝ちまった後どうなりました?」
「えぇとそれはね...」
アリス先生は少し目をそらしながら順を追って説明してくれた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「シムル、どうしたのよ!?
起きなさいよ!!!」
テーラが倒れたシムルの体を涙目になりながら揺する。
この前のレオニスとの対人戦の様な魔法の使い方ならまだしも、竜のブレスに正面から立ち向かったのだ。
タダでは済まないだろう。
でもだからと言って急にバッタリと倒れるのは間違いなく普通じゃない。
何か特別な魔法を使った可能性もある。
よく考えなくとも竜のブレスを相殺してかつ貫通する魔法など、人間が打てば副作用があると考える方が自然なのだ。
シムルの体に何か致命的な副作用が出ていないとも限らない。
「皆さんは倒れた竜から離れて校舎へ戻って下さい。
翼竜に乗っている学生は翼竜と共に竜舎の方へお願いします。
先生は医務官を呼んできます!」
そう言ってアリス先生が校舎へと駆けて行く。
しかしテーラはシムルから離れようとしなかった。
ーーーこのままシムルが起きなかったらどうしようーーー
そんな悪いコトが脳裏を掠めた時。
ドスンと言う音と共にソラヒメがテーラの前に降りて来た。
「そこの娘、私のパートナーから離れなさい。
少し様子を見ます」
そう言ってソラヒメは魔法で人間の姿になりシムルに駆け寄る。
それを見たテーラを含む生徒たちはソラヒメが人間になった事やその美しさやらで驚きの余り固まっていたが、すぐに我に返って避難を開始する。
しかしながら、一同は次の瞬間再び驚愕する事になる。
「そ、ソラヒメ様。
どうやってシムルの体治すんで...ワァァァァァァ!!!???」
テーラの絶叫で何事かと振り返る生徒達。
そして彼らの視線の先には。
「むちゅっ」
「気絶しているシムル君にキ...キスをしているソラヒメさんが居たらしくて「おい待て待て待て待て!回想中止だ!!!」
おかしい。
俺はアリス先生から俺が倒れた当時の回想を聞いていた筈だ。
しかも割とシリアスだった筈だ。
なのに何でキスシーンが出てくるんだよ。
と言うか何?俺のファーストキスって相棒に奪われたわけ??
色々意味不明過ぎんだろその状況はよ。
困惑しているとアリス先生が補足説明をしてくれた。
「いや、それがですね...。
ソラヒメさん曰く『シムルが倒れた原因は魔力不足によるものです。なので彼を回復させるには私の体内から彼の体内に直に魔力を送り込む方法が一番良いと判断したまでです』だそうです......」
「あーそう言う事か。
いや、確かに俺は魔力不足が原因で寝ちまったんだけどさ。
まぁ、倒れたのは俺の自業自得だし。
方法は兎に角治療してくれただけソラヒメに感謝っつー事で」
そうしてヨッとベッドから飛び降りる。
「それにしても申し訳ないっすね、いきなりぶっ倒れてびっくりさせちまって」
去り際に一応倒れた事は謝っておく。
すると目を丸くし始める先生。
おいおい、俺にだって多少の常識はあるっつーの。
多少だけど。
「い、いえいえ!
シムル君があの場に居なきゃどうなってた事か。
謝らなきゃいけないのは私の方です。
生徒にこんな危ないことをさせてしまって...教師失格ですね」
そう言って顔を曇らせるアリス先生。
「いやいや、そんな顔しないで欲しいっす。
寧ろそんな顔されたら頑張った甲斐が半減しちまいますよ。
俺も無事皆んな無事、それで良いじゃないっすか。
ほら、そんな顔せず笑って笑って」
「そうね、皆んな無事だった事はよかったわ...」
そうそう、そうやって笑ってくれれば良いんだよ。
美人さんを泣かせりゃ男が廃っちまうし。
「さて、ほんじゃそろそろ戻るんで。
ソラヒメとテーラはどこに居るか知ってます?」
「えぇとソラヒメさんは...シムル君の部屋から出てきません。
その...私が医務官を連れてきた後事情を説明した後急に恥ずかしくなったらしくて...えっと...」
はぁ、あいつは変にウブな所があるから困る。
恥ずかしいなら最初からやるなっての。
キスで助かった俺が言えたことじゃねーけど。
「じゃぁ、テーラの方は?」
「その...テーラもシムル君とソラヒメさんのキスを見てから部屋に篭りっきりで...あの...」
いやだから何で俺の周りの女は気が強そうな割にウブなんだよ。
そもそも回想でも人のキス見たくらいで悲鳴を上げたって話だったけど相当な乙女だなオイ。
胸ないけど。
「はぁ...なんと言うか...。
りょーかいっす。
取り敢えず2人に会ってくるんで」
全く、どんな顔して2人に会えば良いんだか。
面倒くさそうな未来を幻視しながらそう言って今度こそ立ち去ろうとした時。
「あの、シムル君。
テーラの事、お願いね?」
去り際にそんな事をポツリと言われた。
「...りょーかいっす」
そう言えばテーラの様子からしてアリス先生と何か揉めてるっぽかったんだっけか。
ま、取り敢えず適当に返事をしておくか、事情も分からねーし。
ちなみに俺は余計な詮索はしない方だ。
理由?そりゃ面倒だからに決まってんだろ。
はてさて、まずは部屋に戻りますかね。
話がしやすそうなソラヒメから決着をつけに......ってかさ。
「ここから男子寮って、どうやって行くんだ?」
場所が分からねぇ。
テーラに案内して貰った事もあったような無かったような感じで記憶が曖昧だ。
だからって今更アリス先生の所に引き返すのも億劫だぜチキショウ。
俺は大きくため息を吐いた後、トボトボと学園探索がてら寮に帰るのだった。
シムルが部屋から出た後、アリスは大きく息を吐いた。
シムルの様子を見るに彼の体に本当に異常が無さそうであった安堵感からもそれは来ていたが、実際他にもその吐息は様々な思案が含まれていた。
実はその
当初はソラヒメも
『生徒代表との決闘が終わるまでシムルからは誰にも言わないようにと言われていますので』
と言って頑なに彼の魔法について話そうとはしなかったのだが。
・今回の事を学園に報告する上で彼の魔法についての情報は必要不可欠であるという事。
・彼はグランハート家の嫡男に対し暴行を加えた事でクラスメイトから煙たがられている。
今回の魔法の内容を有耶無耶にすればより一層クラスから彼は浮いてしまうだろうという事。
この2点について話した所、ソラヒメは何とか折れてくれた。
後者については憶測も混ざった話だったが、クラスでのシムルの立場を知らなかったらしいソラヒメは直ぐに彼の魔法について教えてくれた。
しかし、ソラヒメ自身も
また、彼の魔法についてソラヒメが話した事を
もっとも、ソラヒメが彼に対し悪く思っている様子だったのは、切り札をバラしてしまう事以上にとある理由があったからと分かったのはソラヒメの言葉を聞いた後だったのだが。
さて、ここでこの世界の魔法についての基本的な概説を思い返してみる。
この世界の魔法は大別すると2つの要素となる。
1つ目が
これは文字通り自然界に存在する自然現象を扱う魔法であり、多くの魔法使いはこの魔法を扱う。
非常にポピュラーかつオーソドックスであるが種類が多く、極めれば絶大な大魔導となれる可能性が高いのがこの魔法の特徴の一つだ。
2つ目に
既に存在する物体に干渉するこの魔法は
閑話休題。
この世界の魔法は以上の2つの要素だ。
なら、彼の魔法はこの中のどこに入るか?
残念ながら竜のブレスを相殺し得るだけのエネルギーを持つ自然現象などありはしないし、竜のブレスは
この2種類に大別できない魔法とは如何なるものか。
そこでソラヒメが彼の魔法について語った部分が生きてくる。
『シムルの魔法は
ソラヒメがアリスに語ったのはその一言だったが、その言葉には十分彼の魔法について説明し得る力が秘められていた。
使える者は希少であり、その存在は確認されているものの、魔法のカテゴリーとしては存在するはずの無い3つ目の要素とされている。
それは何故か。
自然現象でも物理的なものでも無い
だからこその
正体不明であるが故に、その力には名前すら無い。
確かに概念干渉なら、人が竜のブレスに対抗し得る事も可能かもしれない。
しかしながら。
「まさか彼が
成る程、ソラヒメが言い渋る訳である。
重ねて言うが、
話はズレるが...人は、何故霊を怖がるのか?
それは、霊についてあらゆる事が説明不能だからだ。
理解できないものを人は恐る。
人は、何故死を怖がるのか?
それは、死後についてあらゆる事が説明不能だからだ。
理解できないものを人は恐る。
ならば、竜のブレスすら相殺する説明不能なその力について人は恐れはしないか?
いや、理解できないものを人は恐る。
その希少性から
街1つを1晩で更地にした、その力で国を裏から操っている、隣国との戦争での被害の半分は隣国の
これらの噂の効果もあり、
いずれ彼の力が
その時、彼は学園中からどんな扱いを受けるか...。
シムルとの付き合いは短いが、それでもアリスは貴族特有の人を見る目から彼が善人である事はある程度見て取れた。
また、誰かの為に命を張れる器がある事も今日の騒動で確認できた。
そんな彼の行く末を考えると、アリスは気が重くなる。
正直な所、アリス自身には授業中竜を暴走させ生徒を危険に晒したことで、この後審問が待っているので人の心配をする余裕はないのだが。
どうか、彼の行く末が幸せでありますように。
そう願わずにはいられなかった。
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