9話 ワイバーン暴走事件

 昼休み終了を告げる鐘が鳴り、午後の授業時間がローナスへとやって来る。


 昼飯を食った後なんて眠くて授業どころじゃぁねぇんだけどなぁ。

 座学だったら机に突っ伏して寝てる所...なんだが。


「ハイ、それでは皆さん!

 午後は操竜術の実技です。

 講師はこの私、アリス・リスフィーアが担当させて頂きます!」


 どうも午後の授業は初夏の暑くなりつつある昼下がり、元気よく外で竜と遊ぶらしい。

 講師は...おっ、中々にかわいい感じの姉ちゃんじゃん。

 ...って、リスフィーア?

 確かテーラも貴族になってリスフィーアって苗字を貰ってたハズだったか。

 首を回してテーラを探す。


「......」


 テーラは露骨に先生から目を逸らしていた。

 身内絡みで揉めてたりするのかね?


 視線を先生に戻すとニコッとこちらに笑いかけてくれる先生。

 可愛すぎんだろ、元アイドルか何かだったのかね。

 何にせよ田舎者の俺には眩しすぎんよ。


「さて、それでは授業を始めるので、皆さん竜舎の方へ行って竜を連れてきてください」


 先生の声と共にゾロゾロと竜舎へ向かう生徒。

 何人かあくびをしている辺り、俺と同じ心境の連中も少なくないらしい。

 ...今思ったんだけどよ、俺ってこの授業で他の連中と同じワイバーンに乗るのかね?

 よく分かんねーし、取り敢えず聞くか。


「センセー、俺ってこの授業でソラヒメに乗るんでしょーか?

 それともワイバーンッスか?」


 手を上げて聞いてみる。


「あぁ、君がシムル君ね。

 貴方は...そうね。

 せっかくローナスに居るんだし、星竜以外の竜にも乗ってみると良いわ。

 貴方も皆んなと一緒に竜舎から竜をここに」


 連れてきて。

 そうアリス先生は言おうとしたと思うんだが。


『シムル!

 私の相棒である貴方があんな下等で下劣なワイバーンに乗るなど、許しませんよ!!!!』


 竜特有の超聴力で話を聞きつけた相棒ソラヒメの絶叫で、その声はかき消された。


 ...ハァ、全くあいつは。

 協調性が無さすぎだろ。


 ソラヒメはバサバサと飛んできて、俺達の前に「ドスン!」と仁王立ちで降りてきた。


『ローナスの教師よ。

 我が主をワイバーンに乗せる事は勘弁して頂きたい。

 彼がワイバーンに跨ったが最後、彼が少なくとも1年は滝に打たれてその身体を清めない限り、私は彼を再び私に乗せる事は無いでしょう』


「え、えぇ...」


 ソラヒメの熱弁を聞いてタジタジになるアリス先生。


「あのなぁソラヒメ。

 お前、ワイバーンがそんなに嫌?」


『ハイ、嫌です。

 少なくとも、ローナスに来てからの食事はワイバーン全てを私の視界から追い出さないとマトモに取れない位には嫌です』


 オイお前、仮にも当代の竜王とやらじゃなかったっけ?

 竜の頂点がこんな竜嫌いで良いのか?


 そうツッコもうとするが。


「先生、助けてください!

 竜が中々そちらに行こうとしないんです!」


 竜舎に行った連中が戻ってきた。

 連れてきた竜は火竜、水竜、地竜が1体づつに翼竜が2体か。

 ハゲの持ってきていた図の通りの姿をしていたので直ぐに判別できた。

 ...が、どの竜も『クゥーンクゥーン』と悲痛な声を出し、生徒たちの誘導に従おうとしない。

 竜の手綱を引く生徒達も頑張ってはいるものの、本気で嫌がる竜を引いていく事は出来ないらしい。


「...なぁ、ソラヒメ。

 あの可哀想な声で鳴いてるワイバーンの視線は、皆んなお前に向いてると思うんだけど。

 どう思うよ?」


『えぇ、そうですね。

 近寄ってこないのでありがたいです。

 昨日今日と寄ってきたワイバーンにブレスを吐く動作を繰り返しておいた甲斐がありましたね』


 ちょっ。


「オイコラ!

 お前どんだけワイバーン脅かしてんだよ!?

 お前仮にも竜王だろ、下々の連中を暖かく導いてやるのが王様ダルォ!?」


 あんまりにもソラヒメがアレなのでついにキレて突っ込む。


『そうでしょうか?

 王とは、下々の者を実力と権力によって押さえつけ、従えるものでしょう?』


 迫真のキレツッコミを軽く受け流す当代の竜王様。

 ...うん、コイツ間違いなく暴君だわ。

 竜の行く末が危ないのなんの。


「えぇと、シムル君にソラヒメ...さん?

 授業時間は限られて居るのでそろそろよろしいでしょうか?」


 痺れを切らしたのか、このやり取りを見ていられなかったのか。

 アリス先生が話かけてきた。


「ウス、その...俺の相棒が申し訳ないっす...」


 流石に平謝りだ。


「いえいえ、相棒の竜と親睦を深める事はドラゴンライダーへの第一歩ですし、それを間近で見られた生徒達にも良い勉強になったと思います!

 ただ、ソラヒメさんがいつでもその調子だとワイバーンが怯えてしまって授業にならないので...。

 ソラヒメさん、ワイバーンと和解する事は...」『不可能です』


「そうですか...」


 うーん、どうするかぁ。

 と本気で悩み始めるアリス先生。


 仕方ねえ、ここはソラヒメを連れて一旦遠くへ...と、考えていたその時。


『グォォォォ!!!!!』


 生徒達が頑張って引っ張っていた唐突に火竜が暴れ始めた。

 ソラヒメへのストレスと、負けじと手綱を引っ張る生徒達に堪忍袋の尾が切れたらしい。


「皆んな、そこから離れて!」


 アリス先生はそう叫ぶが、事態はどんどん悪化していく。


 火竜が暴れ、飛膜前部の魔力結晶が発火を始める。

 火竜近くの生徒達は何とか逃げられたが、今度は火竜につられてその近くにいる水竜と地竜が暴れ出した。

 翼竜2頭は、近くの生徒がとっさの判断で翼竜に跨り一気に大空へ舞い上がる事で、翼竜が狂乱に巻き込まれる事を防いだ。


 暴れる竜3体の近くに、魔法もロクに使えない生徒が数十名。

 現状から起こり得る事件の中で最悪レベルのケースが発生する可能性が、アリスの脳裏を掠める。


 しかし。


「ソラヒメッ!」


『ハイ、シムル!』


 視界の隅で、シムルが並外れた脚力でソラヒメの背に飛び乗り、ソラヒメと共にワイバーンに突っ込む光景が見えた。




 シムルが跨った事を確認するや、流星の速度で騒ぎの中へと突っ込み3竜の争う中へと躍り出るソラヒメ。

 文字通り四面楚歌の状況となる。


「ソラヒメェ!

 お前が原因みたいなモンだ、ここで責任取っとけよ!」


『分かっています!

 ...全く、この程度で暴れだすとは、ワイバーンとはやはり下等でストレスに弱い生物ですねッ!』


 軽口を叩きながらも周囲の3竜を威嚇するソラヒメ。


『『『グァァァァ!!!!!』』』


 しかし、怒り狂ったワイバーンに対してはあまり効果が無いらしい。


「チッ、しゃぁねぇ。

 ソラヒメは前の火竜、俺は後ろの水竜と地竜だ!

 殺さねぇように手を抜けよな、行くぜッ!!!」


「なっ、それは相手が逆なのでは...クッ!」


 文句を言うソラヒメに、火竜の炎を帯びた魔力結晶が襲いかかり、とっさにソラヒメがそれを受け止める。

 その衝撃と共に俺はソラヒメの背を蹴って地竜に向かって跳ね飛ぶ。

 地竜もその自慢の脚力でこちらに向かって突進。

 地崩れと同等のエネルギーが差し迫ってくるのを感じる。

 当たればタダでは済まないのは明白。

 だが、地竜に向かって跳ね飛んだ時点で逃げるという選択肢は消えている。

 真正面から迎え撃つのみ。


「見た目に比べて中々に早え突進だけどよぉ。

 ソラヒメのブレスに比べたら迫力不足だ、出直して来いやァ!!!!!」


 魔法陣を右手に展開して魔力を放ち、そのまま一気に魔法を発動。


「nearly equal:竜咆哮バーストッ!!!」


 呪文を詠唱し、一息で地竜に殴りかかるッーーーーーーーーー!




「シムル!」


 テーラは悲痛な声を上げた。

 星竜に跨っているとは言え、まさか暴れる竜3体の前に出て行くなんて。

 最早自殺行為以外の何物でも無い。


 その上ソラヒメの背から飛び降り、その背中側にいる2頭を正面から相手取ろうとするなど、正気の沙汰ではない。

 次の瞬間、テーラはシムルが吹き飛ばされる光景を幻視し、目をつぶろうとしたのだが。


「えっ?」


 余りに突飛な光景に、目を見開き、腑抜けた声が出てしまった。


 いや、この時腑抜けた声を出したのはテーラだけでは無い。

 周りの生徒も、講師であるアリスも、皆揃って呆気にとられていた。

 何故なら。



「ッしゃァァァァァァァァ!!!!」


『!?

 ボァァァァァァァァァ!!!???』


 小山ほどの大きさがある地竜が、シムルに殴り飛ばされ、宙を舞っていたからである。



 地竜自身にも意味が分からなかった。

 地竜にでも分かる。

 自分の眼の前の人間モノと自分との圧倒的質量差位は。

 なのに、何故自分が宙を舞っている。

 何故背中から落ちている。

 自分でも気が付かぬ内に翼を広げて飛行していたとでも言うのか。


 混乱したまま、地竜は地面に頭を強く打ち付けて気絶スタンした。



 さて、まずは一頭目。

 地竜は中々に重かった上に、体内の魔力もあの一撃で何故か妙に食ってしまったがまだ終わりでは無い。

 水竜が残っている。

 地面に降り立った自分に向けて水竜が鎌首をもたげる。

 野生の勘と反射神経で体を捻って再び大きく跳躍。

 直後、自分のいた場所が水のブレスで抉れ、そこに植生していた芝生類の植物を木っ端にして黒茶色を痛々しく大地に刻みつける。


 距離を取って水竜と睨み合う。

 水竜はこちらを再び認めると再び鎌首をもたげてブレスを吐きだす予備動作を行った。

 水竜の口腔内の魔力の強さから感じるに、水竜のブレスは人間の体などいとも容易くバラバラにする威力があるだろう。


 だと言うのに。


「そろそろ終わりにしようや」


 シムルは不敵に笑い、水竜のブレスに挑戦状を叩きつけた。

 水竜がブレスを吐きだすそのコンマ数秒手前。


「ーーーーーnearly equal」


 シムルは呪文を唱え上げ。


竜咆哮バーストッ!!!!!

 沈めよッ!!!!!」


 魔法陣の展開と共に一気に魔力を全身から右手へと集めて放出した。



 周りの生徒も教師も、シムルと2竜の戦闘に圧倒されていた。

 しかし、その戦闘の中でも今のこの光景は、異質中の異質とも言え、周囲に多大な衝撃を与えていた。


 竜のブレスを自らの魔法で相殺している。

 通常、魔力の貯蔵量は生物毎に決まっており、大凡それは体の大きさに比例する。

 それが大自然の摂理にして、竜を人が従える理由の一つ。

 自らだけでは成し得ない程の偉業を達成するには他のモノが持つ、自分以上の力を借りるしか無い。

 即ち、竜に跨り、その巨大な力と魔力を操る事で人の身では成し得ない魔法や行いを実際になし得るのだ。


 なのに。

 目の前で起きている人と竜によるこの接戦は何だと言うのか。

 何故魔力勝負でシムルは竜に拮抗し得ると言うのか。


 分からない、誰にも分からない。

 ただ一つ、言えるとするなら。


「押してる...!

 シムルの魔法が、水竜のブレスを押してるわ!」


 ただ一つ、分かるとするなら。


 その人の身に余る力を持って、目の前の少年が2体目の竜を打倒しかけている、という事であろう。




「ッッッッッ!!!!!

 ハァァァァァァァ!!!!!!!」


 食いしばっていた歯を開いて大声を上げる。

 竜のブレスとマトモに張り合っているのだ。

 自らの体の骨の軋む音が筋肉を通して直接耳に伝わってくる。

 自分の限界が来る前にワイバーンを沈める。

 その為に、持てる魔力を全て拳に注ぐ。

 ーーー否。

 拳の周囲に魔力を回していく。


 より早く、より強く。

 回転率を上げて水竜のブレスを少しずつ圧倒してゆく。

 回れ回れ回れ回れ、只管回れッ!


「終わりだボケがァァァァ!!!!」


 限界を超えた魔力の解放が、ブレスを無理矢理押し切ったーーーーーーーー!



 ドゴォンッ!!!!!!!


 ブレスをシムルの魔法で無理矢理押し込まれ、まともに反射を食らった水竜の居た場所に水蒸気爆発にも似た煙が立ち込める。


 霧が晴れるとそこには所々黒焦げになった水竜が転がっていた。

『クゥゥン...』という声を上げられる辺り、見た目の割に案外丈夫であるらしい。


『シムル、大丈夫ですか!?』


 水竜が倒れたのを確認して声の主の居る方へと首を向ける。

 そこにはソラヒメと、水竜と同じく『クゥゥン...』という声を上げる火竜の姿があった。

 火竜は身体中をボロボロにし、自慢の魔力結晶をへし折られた挙句、ソラヒメに首根っこを掴まれ引きずられていた。


 あっちも片付いたらしい。


「...ま、この通り怪我はねぇよ。

 魔力を使い過ぎてダルいだけだわ」


 ぼんやりしながらそう伝える。

 いやぁ、ちょっと疲れたねぇ。

 久しぶりにあんなに魔力使ったわ。


 まぁ、皆んな無事そうだしソラヒメのアホの所為でケガをした奴も居なさそうだし何より、か.....アレっ?


 気がつくと、視線の先にお日様があった。

 オイオイ、こいつはどう言う......。


 疑問の中、シムルは誰かが駆け寄る音と自分を呼ぶ声を感じながら、意識を暗転させた。

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