7話 ソラヒメ先先の占い講座

「シムル、起きてください。

 そろそろ起きないと授業に遅れますよ」


 昨日今日と俺の安眠を妨げる声、またソラヒメか。

 ローナスに来てから3日目の朝だ。

 昨日は拉致られたり王宮にひったてられたりと全く、都会ってのは中々に退屈しないねぇ。


「ゆったりした田舎暮らしが遠い昔みたいだぜ、ったくよぉ。」


 ベッドから体を起こしつつ軽く愚痴る。


『シムル、何を朝から仏頂面でぶつくさ言っているのですか。

 そんな顔をしていると、幸せが逃げて行きますよ』


 するとソラヒメに横槍を入れられた。

 朝っぱらから変な反論食らうと妙にイラっとするよなぁ。


「へいへい、お前は幸せとか運とかについては人一倍敏感だからなぁ。

 占いでもやってろよ」


『えぇ、出来ますよ。

 なんなら今日1日の運勢を占ってあげましょうか?』


「んっ?

 本当に出来んの?」


 適当に言ったつもりが本当だったらしい。

 聞き返すとソラヒメが少し首をひねって考える仕草をする。


『そうですね...。

 シムル、貴方は占いをどんなものだと思っていますか?』


「どんなものかって言われてもよ...自分の生まれで決まる星座とかでその日の運勢とか色々分かるやつだろ?

 他にも誕生日で決まる石とか使う占いもあるんだっけか」


『そう、その通りです。

 では、その2つの占いに共通点を探してみてください』


 出たな朝イチから繰り出されるソラヒメクイズ。

 コイツは普通に教えればいい所を下手にこうやって俺に考えさせる所があるからなぁ。

 面倒くせぇったらありゃしないけど、無視するとソラヒメが暫くスネてもっと面倒だし、真面目に考えてやろう。


「...んー。

 両方とも強い魔力を持つ、とかか?」


 もっとも、魔力結晶とかの魔力の塊みたいな石は兎に角、星は「魔力を持つ」と言うか星の光が魔力を持っているのだったか。

 ソラヒメ曰く

『太陽の光を星が反射して、その光が大気中の微小な魔力を集めつつ地上に降り注ぐので地上に光が届くときはそれなりに大きな魔力になるのです』

 らしい。


 適当に答えたけど間違ってるならヒントをくれるだろう。

 ソラヒメはクイズを出す割には何だかんだ教えたがりだ。


 何て考えているとソラヒメは目を丸くする。


『シムル、お見事です。

 シムルの事だから星も石も両方とも光ってる、などと言い出すと思っていました』


 オイ、人の事をナチュラルに小馬鹿にしてきやがったな。


「おいコラ、俺を何だと思ってやがる。

 ...で、星も石も魔力を持ってるから何なんだよ」


『ハイ、つまるところ、大きな魔力は人の思考や行動に多少なりとも影響を及ぼすのです。

 例えば大きな魔力を感じると、少し立ち止まって様子を伺ったり、体内の魔力の流れが良くなると気分が良くなったり、と』


「そのつまる所がイマイチ分からないんだけどよ、よーするにデカい魔力の塊の星やら石やらが善かれ悪しかれ人に影響を及ぼしてる、ってわけ?」


『そうです。

 特に星、ひいては星座や魔力結晶等はその種類毎に季節、時期によってこの世界に強い魔力を放出し、人々に多くの影響を与えます。

 そして生まれたての時、体内の魔力が少ない時期にはその影響を強く受けます』


 朝っぱらから中々に難しい雑学を説明し始めるソラヒメ。

 これから授業だってのに俺の頭は1日の保つのかね。


「...小難しい話は置いといて、つまり何なんだよ?

 これ以上はこれから授業を受ける俺の頭のキャパシティーを超えちまうから手短に頼むぜ」


『つまりですね、生まれた時に強い影響を受けた魔力は、その後一生影響を及ぼし続けるのですよ。

 自分に相性の良い星座や魔力結晶が力を発揮する時期に入ると、人間や竜などの魔力を持つ生命体は色々なパラメータが上がるのです。

 占いとはつまり、その人の生まれた時期から相性の良い星座や魔力結晶を推測してその人の調子を色々なパラメータから推察するモノなのです、コレを応用して...』


 長え、非ッッッ常に長えよ。


「オイソラヒメ、その辺にしてくれや。俺の頭は朝っぱらからこんな難しい話を半分も理解できるようにはなってねーんだよ。

 で、その長い理論からはお前が占いが出来る理由が見えねぇんだけど、そこはどうなんだよ?」


『えっ』


 は?分からないの?

 と、顔で語るソラヒメ。

 オイオイ、この頭の良いドラゴン様は朝から俺に何を求め...ん?


 そう言えばソラヒメって確か、星竜とか言う珍しいドラゴンだったんじゃなかったか。

 ...星竜。

 星竜ねぇ。

 いや、まさかとは思うんだけどさ。


「なぁ、要するにお前が星竜だから星に関してはお任せ的なニュアンスで占いが出来る、ってわけ?」


 ソラヒメは首を横に軽く振りながら溜息をついた。


『はぁ、やっと分かったのですか。

 そうです、その通りですよ』


 マジかよ。


『私は星の光から莫大な魔力を吸収して自らのエネルギーとしていますから、星の魔力に関しての知識は一級だと自負しています。

 ですから、誰がどんな星と相性が良い、位は簡単に分かりますし突き詰めればその星々によって誰のどんなパラメータが上がるかも調べられますよ』


 話終えてもやれやれと首を振るソラヒメ。


「悪かったなぁバカでよぉ。

 で、それなら折角だし俺の事占ってくれねぇか?」


 占い何て迷信だと思っていたが、案外事実に裏付けされたモンだと分かれば興味も湧いてくるってモンだ。

 人の事は兎に角、自分については少しでも多くの事を知っておいたほうが良いと思うしな。


『えぇ、モチロンです。

 貴方とは昔からの付き合いですから貴方と相性の良い星座は分かっています。

 貴方は少し特殊で、大別は春雷と宵闇、分岐先はフェンリル座とヨルムンガンド座の春と秋の星座

 ですね。

 現在の季節は初夏なのでそこから導き出される運勢は...』


 ソラヒメの手が俺の胸に触れる。

 胸が青く光り、ソラヒメが目を瞑る。


『ふむふむ、これはこれは...』


 暫くして納得した顔で胸から手を離すソラヒメ。


「で、どうだったよ?」


『結論から言えば、当たり障り無く平均的な運のパラメータでした。

 ですが、やはり少し特殊ですね』


「さっきも俺の星座が特殊だって言ってたけどよ、説明してくれるか?」


『はい、シムルの星座の大別は春雷と宵闇です。

 春が来れば春雷に基づいたパラメータが、秋が来れば宵闇に基づいたパラメータが上昇します。

 逆に言えばそれぞれの季節が遠ざかればその遠ざかった星座のパラメータが低くなるのが普通なのですが、シムルの場合は春と秋の星座が丁度両対局に位置しているので、春雷が遠ざかれば宵闇に近づき、宵闇が遠ざかれば春雷に近づき、を繰り返しているの状態なのです。

 なので、貴方のパラメータは遠ざかり少なくなった分が、近づいて増えるパラメータによって年中補われているのです』


「つまり、春と秋以外でも俺のパラメータは初期値からプラマイゼロ、って訳だ。

 で、今は初夏だから春雷を宵闇で補ってる状態、と」


『その通りです。

 なので、貴方のパラメータは運も含めていつでも平常運転、という事です』


「成る程なぁ。

 小難しい理論は詳しくわかんねーけど、つまり俺は年中それなりの力を発揮できて今日もいつも通りだ、って事だよな」


『その解釈で間違いありません』


 一通り話終えて満足そうなソラヒメ。

 表情からして話はひと段落ついたと見える。


「さて、ほんじゃ俺はそろそろ飯食いに行くわ。

 テーラを待たせるとお前並みに面倒だしよ」


 ベッドから飛び降りて手早く着替える。

 時計を見れば授業まで残り30分。

 そろそろ動かないと遅れちまう。


「むぅ、私並み、に悪意を感じますが...確かに、授業まで時間はあまりありませんね。

 それではシムル、また後で会いましょう」


「おう、後でな」


 そう言って部屋に残るソラヒメに手を振って部屋を出る。

 どうせまたソラヒメは部屋の窓から飛び降りてから竜の姿に戻ってから竜舎で朝メシだろう。


「俺も腹ごしらえをしねーとなぁ」


 そうひとりごちて、シムルは食堂へと進んでいった。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「あー、美味かった。

 やっぱしここの朝飯はうめぇなぁ」


「当たり前でしょ?

 仮にも王都の最上級校の食堂よ?

 まずいわけ無いじゃない」


 食堂でテーラと合流して食事を終えた俺は、お互いに軽口を叩きながら教室へ向かっていた。


「へいへい、ったく、贅沢に慣れてるやつの感性と俺みたいな田舎者の感性はちげぇんだっつーの。

 お前も少しは飯に感謝したらどうだ?」


「してるわよ、食事の前に祈ってるもの!」


「いや、そういう事じゃ...ハァ」


「ちょっと、何よその態度は!?

 言いたい事があるなら言いなさいよ!」


 感性に差があり過ぎて話がかみ合わないから話しをするのが面倒になってきた。

 喚くテーラを無視して教室の引き戸を開ける。


「コラ、シムル!

 話聞いてるの!?

 少しは答えて...」


 会話のテンションが見る見る下がるテーラ。

 その原因は俺が開けた教室の中にあった。


 まぁ、こうなるわな。


 空気がやけに悪い。

 昨日の捜査いっけんで学園内も大きく荒れたらしいしな。

 俺が坊ちゃんをボコした話も広く伝わっているだろう。

 つまり、クラス中の連中が俺を煙たがってる訳だ。

 こりゃ編入早々に危険人物認定されちまったかな、俗に言う不良って奴か。


 一瞬立ち止まったが、今更考えても仕方がねぇ。

 ズカズカと教室へ入る。

 後ろのテーラが何か言いたそうだったが無視して席に着く。


 とは言え、こんなに教室の空気が悪いのも考えものだ。

 誰か教師が来てくれればどうにかクラスの雰囲気も変わりそうなモンなんだが...。


 次の瞬間、ガラッ!という音がして教室の黒板側の出入り口から誰かが入ってきた。

 おっ、先生待ってました。

 何で安置な事を考えて首を横に向けると


「見つけたぞ、シムル!!!」


 パツキンの姉ちゃんこと、生徒代表様がまぁ肩を上下させて仁王立ちしていらっしゃった。

 以後生徒代表パツキンでいいやもう。


 てかそういやぁ居たねぇ、こんな面倒な奴も。

 まぁそのうち来るであろうって予想は出来ていたけどよ、ちと早いな。


「全く、お前という奴は...!

 王宮議会の計らいで貴様の様な田舎者がこのローナスへの入学を果たしただけでも幸せだと言うのに、よりによって入学初日に貴族相手に暴力沙汰だと!?

 このローナスの看板に泥を塗るつもりか!

 恥を知れ!!!」


 ギャァギャァと捲したてる生徒代表パツキン

 はぁ、全く。

 どこから突っ込めば良いんだよコレ?


「兎に角落ち着けよ生徒代表。

 ならあそこにいる貴族テーラが殺されても良かったってのかよ?」


 少々オーバーな表現をしつつ席に着いてるテーラを指差す。

 オイコラ、「えっ、私!?」みたいな顔してんな。

 お前があの坊ちゃんの攻撃を避けてたら俺だってあんなにキレなかったんだしよ。


「...ミスリスフィーア。

 授業開始までまだ間がある。

 少々話を伺っても良いか?」


 チッ。

 予定とズレて内心舌打ちする。

 この生徒代表パツキンは頭ごなしに「そんなものは虚言だ」なんて俺の言い分を否定しない辺りかなり出来る様だ。

 適当に論破してやろうかと思ったがそうもいかないらしい。

 今だってさっきと比べてかなり落ち着いちまってるし、キレてる所を適当に出し抜くのは難しいか。


 視点を内心からテーラへと切り替えるとオロオロしているテーラ。

 オイオイ、嘘は言ってねぇんだし俺を擁護してくれよ。


「え、ぇーっと...その......」


 あー、ダメだこりゃ。

 クラスの連中の視線もテーラにガン刺さりしてるしよ。

 テーラの奴、完全にアガってやがんよ。


 ...ハァ。

 このままほっといても可哀想だ。

 仕方ねぇからこの辺で適当な事言って生徒代表様を巻く努力をしてみっか。

 と、その時。


「...テルドロッテ生徒代表」


 テーラも腹をくくったらしい。

 これはもしかしたら助かるか?


「うむ、話をしてみてくれ。

 事の顛末を、な」


 その後、テーラは事の顛末を1から10まで話した。

 特に誤った所は無かったし、俺が付け加えるところもなかった。

 しどろもどろになりながらもちゃんと話した辺り、後で褒めてやりたいね。


「成る程。

 つまりシムルはミスリスフィーアをかばった結果過剰防衛に走った、と」


 オイ、喧嘩なんてあんなモンだろ。

 普通だ普通。


「...ハイ、その通りです」


「ちょっ」


 そこで肯定するなし。


「何かなシムル?

 言いたいことでも?」


 ギロリとこちらを睨む生徒代表パツキン

 有無を言わさぬ怒り、そういった感情が込められている事が感じられる。


 蛇に睨まれた蛙って訳でもねぇけどよ、折れ所を見極めるのも男ってモンだと思うんだわ。

 突っ込めばまた面倒になる事もみえてるしよ。


「いや、ねぇよ。

 まぁやり過ぎたのは認めてやんよ。

 その辺は悪かったな」


 まさか謝るとは思わなかったのか、目を丸くしてこちらを見つめるテーラや周囲の生徒。


「...いいだろう。

 今回の件は一方的にシムルに非があるわけでもないと分かった事だし学園長もお前を許したとも聞いている。

 今日の所は私もこの辺りで引こう」


 場の雰囲気を読んだ生徒代表パツキン

 やっぱり自分の感情に流されない辺りやるねぇ。

 くるりと優雅に踵を返して教室の出入り口へと向かう生徒代表パツキン

 しかし、教室から出る一歩手前で。


「ただし」


 ローナスの生徒代表様は。


「シムル、2日後にあるお前との模擬戦デュエルは、私は決してお前には負けない。

 例えお前に星竜が味方しようとも、必ずやお前を地に伏せ、このローナスがお前の身にどれほど余る所かを教えてやろう」


 そう、明らかな敵意を口にして、教室から去って行った。


 いやぁ、ゾッとしないねぇ。


 殺意バリバリのセリフに裏打ちされた確かな自信を感じた。

 そう言えば模擬戦デュエルまであと2日だったか。

 坊ちゃん殴ったり拉致られたりで忘れてたが、そろそろソラヒメと相談してどう戦うか決めなきゃな。


 ゴーンゴーン。


 物思いに耽っていると、鐘の音が聞こえてきた。

 授業が始まるらしい。


 ガラッ、と教室の出入り口が空いた。

 今度は生徒代表様ではなく、強面の禿げた男性教師が入ってきた。

 そのハゲは教壇に上がって。


「さて、皆さんおはよう。

 本日の午前の授業はこの私、リチャードの竜生態学だ。

 シムル君は初めましてかな。

 それでは授業を始めよう」


 などとハゲにしては爽やかな笑顔を浮かべながら挨拶を口にした。

 どこの世界でも大体の怖そうなハゲは優しいモンである。


 オイオイ、あんな生徒代表パツキンじゃなくてこのハゲが先に来てくれれば丸く収まったのによぉ。


 などと、シムルはガラにもなく思うのであった。

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