5話 学園での初喧嘩

 本日の授業が終わった後、俺は暫く机に突っ伏していた。


 難しい事を聞きすぎて、頭が煙を上げそうだ。

 授業後半の操竜術の応用編とかもうわけ分からねぇ。

 今日の分は竜とドラゴンライダーとの合体魔法フュージョンバーストに関する理論......だったか。

 アレはそもそも言語だったのだろうか?

 俺の頭が完全に理解する事を拒んでいた。


 マール先生が途中「大丈夫?保健室に連れてこうか?」って声を掛けてくれたけどアレはマジで天使だった。

 お陰で元気100倍になった俺は授業を無事乗り越えた訳だが。

 アレが無かったら間違いなく俺は知恵熱を出してぶっ倒れていた。


 明日もマール先生の授業だとありがたい。

 いや、婆さんやらオッさんやらの授業って誰得?



「あ〜、だるいな...」


 部屋に戻る気力すらない。


「シムル、本当に大丈夫?

 頭から煙が上がってるわよ?」


「だ、大丈夫だ〜、問題ねぇーよぉ...」


 気を遣って声を掛けてくれたテーラに生返事を返す。

 実はかなり大丈ばないけどここで音をあげたらクラスの笑い者だ。

 ......多分な。


「ねぇシムル君、今少し良い?」


 何か横から声が聞こえたので顔を上げると、そこには俺を尊敬の眼差しで見ていた男女が数名。


「いや、今はちょっとだな...」


 即答した。


 いや、「えっ」じゃねぇよ。

 どう見ても無理だろ。

 俺はオーバーヒートしてんのォォォォ。


「悪い、また今度にしてくれ...。

 今は、頭が......」


「そっか、じゃぁ仕方ないね。

 皆んな、シムル君がこんなんじゃ星竜とか操竜術について聞けないし、また今度にしよう」

「そーしよー」

「じゃあな、また今度ヨロシクッ!」


「おう、すまねぇ...」


 クラスの連中はゾロゾロとクラスから出て行ってしまった。


 さっきから全く覇気の無い返事を返してしまっている。

 我ながら情けない話だ。


「シムル、寮に戻りましょ?

 ご飯の前に少し寝たほうが良いわよ」


「...そうだな」


 クラスには俺らしか残ってないみたいだし、テーラの意見には大いに賛成。

 さて、頑張って頭と一緒に動かない身体を動かすか......。


「!?」


「キャッ」


 魔力を帯びた何かが、コッチに高速で近づいている事を野生の勘とも言えるモノで察知。

 思考を切り替えて頭痛を頭の片隅に置いやり、体に無理矢理命令を送ってテーラを抱えて席から飛び退く。


 メキャンッ!!!


 自分の座っていた椅子が自分が飛びのいた数瞬の後に、真っ二つにされる。


「驚いたな、今のを躱すのか」


 テーラを背後に庇いながら様子を見ると、さっきコチラを睨んでいた白い髪の吊り目が、俺の椅子を足蹴にしながらコッチを見ていた。

 ま、俺の椅子は変えれば良いんだけどよ。

 ちょっとキレたわ。


「...オイテメェ、今テーラを狙いやがったな?」


「はぁ?

 何を言ってるんだい?

 僕は今君を狙った。

 その証拠に、今君の椅子が真っ二つになってるじゃないか」


「テメェこそ何言ってんだ。

 テーラの立ってた方向から突っ込んで来たのはテメェだろ。

 舐めてんのか?」


 すると心底面白そうに笑う吊り目。


「やれやれ、これだから田舎者は...。

 下品な上短気とは、救い様がないねぇ。」


「オイ、質問に答えろよ。

 テメェ、テーラを狙っただろ?」


「だから、狙ってないって言ってるじゃないか。

 僕は、そこに居た障害物の影から君を狙っただけだよ。

 それがたまたまテーラさんだったみたいだ、ごめんね、テーラさん。

 でも無事だったからよかったよね」


 あぁ、コイツは。

 本格的に分からせてやる必要がありそうだ。

 でも、その前に。


「お前、何で俺に突っかかってきやがった?」


「はぁ、やれやれ。

 分かってないのかい?」


 吊り目は心底面倒臭そうに肩をすくめて。


「君みたいな山猿に、あの星竜は相応しくない。

 俺みたいな貴族の中の選ばれし者が従えるべきなんだよ、あの星竜は。

 君は平民の田舎者なのに星竜が居て、貴族の僕には星竜が居ない、コレってこの世の道理とズレてる、って思わない?

 それにさ、さっきの星竜と戦った、って話もどうせ嘘だろう?

 キミは、そこまでして自分を誇示したいのかい??」


「...あっそ、行くぞテーラ」


「えっ、ちょっと」


 拍子抜けした。


 星竜ソラヒメ絡みで突っかかってきたとは思ったけど、どんな大義名分があるかと思えば自意識過剰の坊ちゃんが暴走しただけか。

 竜の暴走よりもこっちの方が面倒臭そうだ。

 野郎がテーラごと狙った事に対する怒りは、しょうもなさが勝って霧散する。


 俺はその場を立ち去る事にした。


「待てよ、聞いてなかったのか!?

 あの星竜との契約を僕に譲れ、って言ってるんだよ!

 この大貴族、レオニス・グランハートに!

 でも、君だってタダで譲ろう、何て思わないだろうから金だって幾らでも...」


 はぁ。

 聞いてても不毛過ぎる。

 いつまで続ける気だろうか。

 仕方ない、コイツには優しく言葉で教えてやろう。


「お前、相棒を金で売れ、って言われて売るアホが居ると思ってんの?

 バカなのか?」


「シムル!相手は大貴族よ!!

 もうちょっと言葉を...」


「うるせえ知るか。

 そもそも野郎はお前ごと俺を叩き潰そうとしたんだぞ?

 分かってんのか」


「それは...」


 それに、頭が残念な坊ちゃんにはこの位が丁度良いだろう。


「オイお前...今、この僕をバカと言ったな......」


 アホが俺をギラリと睨むがしかし。

 そんな炊き合わせの睨み方じゃ、全く怖くねーよ。


「ああ、したよ。

 だってお前バカじゃん。

 てか、お前それで睨んでるつもりなのか?

 流石は坊ちゃん、お上品に目を細めておりまするなぁ」


 奴の顔つきが変わった。

 煽り耐性も皆無とか、本当に世間知らずの坊ちゃんには困ったもんだ。


「山猿の分際で...良い度胸だッ!!

 お前の死体程度、僕の家の力で幾らでも処理できるんだぞッッッ!!!

 お前を殺してから、その契約のルーンを頂く!!!!」


 吊り目が魔力を解放し、呪文を詠唱。

 すると野郎の手には大きなランスが形成されていく。


「クリスタルレオン・グラディウスッッッ!!!」


 そのまま俺を串刺しにするべく、突きを放ってくる。


 後ろで「シムル!」と俺を気遣うテーラの声。


 この槍は確かに早い。

 田舎物の俺にも上級魔法の一種ではないか、と言う位は分かる。

 魔力もかなり込められてるし、鉄板程度軽くブチ抜く威力があるだろうよ。


 でもな。


「あーあ、言葉で説明してやろう、って人の温情を無駄にしやがって。」


 ソラヒメのブレスの何千倍も遅えんだよ。

 出直せや。


 それに、俺は星竜ソラヒメとやりあった、と言った筈だったのだが。

 この程度で相手になるとでも思ってるのか。


 やはりこの坊ちゃんには、言葉では無く身体で教えないといけないようだ。


 こちらも魔力を解放する。

 魔法陣を展開。


 魔法陣内に入ってきたランスを掴み取り、そのまま握りつぶす!


「なっ!?」


 坊ちゃんの顔が驚愕に歪む。

 自分の渾身の魔力を込めた一撃をあっさり潰されて相当驚いたらしい。


 ま、そんな驚愕なんぞ俺の知った事じゃねえんだけど。

 そのまま潰したランスを後ろに引き、ランスに引っ張られてきた坊ちゃんの顔をそのままカウンターの要領でぶん殴る。


 ブシュッ、っと坊ちゃんの鼻血が辺りに飛び散り、それと共に「グッ」と言うくぐもった声を吐き出す。

 しかし、ここで手をゆるめる程俺は甘くはない。

 野郎がコッチを殺しにかかってきた以上、全力でブチのめすのが俺の流儀だ。


 こめかみ、顎、みぞおち、脇腹。

 鼻を殴られて怯んで動けない坊ちゃんに、人間の弱点部への攻撃をひたすらかける。


 美形だった顔は、最早見る影もない。


「待って...悪かっ......」


 殴られ続けながらも、己の生命の危機を感じたのかそんな事を絞り出しやがった。


「あぁ?

 人を殺しにきといた上俺の幼馴染まで手にかけようとしたんだ、この程度で許されると思ってんのか?」


 その顔が、絶望の表情に歪んだ。


「さて、わかったらもうちょい...」


 殴られとけ、そう言おうとした時。


「シムルやめて!!!」


 後ろからテーラが抱きついてきた。


 小刻みに震えているのが背中越しに伝わる。

 泣いているらしい。


 ...こうなっては俺も興冷めだ。

 もう少し続けるつもりだったが、ココらで止めてやろう。


「テーラに感謝しろよ?

 このクソ野郎が」


 坊ちゃんにそう言い捨てて、泣き付くテーラと共に教室を出ようとする。


 さて、テーラをどう泣きやますか。


「ま....テ...。

 おまぇ......こんな事して...タダで.......済むと........」


 背後から聞こえたうめき声に足を止める。

 そして、野郎に向かって再び歩き出す。


「シムル、お願いこれ以上はやめて!!!」


 テーラがつかみ掛かってくるが、俺は足を止めない。

 そうして野郎の胸ぐらを再び掴む。

 坊ちゃんはヒッ、っと言う悲鳴を漏らした。

 情けねえ。


「オイ...まだ立場が分かってねぇみてえだな。

 今、テメェより強いのは俺だ。

 それによ、この場でテメェをぶっ飛ばしてから俺とソラヒメでテメェの屋敷も潰せるんだぞ。

 分かってんのか?」


 自分の最大のミスに気がついたのか、目の焦点が合わなくなりガタガタと震えだす坊ちゃん。

 そう、俺の相棒は星竜。

 その上王都でそこそこ有名らしい当代の竜王だ。


 俺とソラヒメが力を合わせれば貴族の1つや2つ、簡単に滅せるだろう。


「ついでに、お前の最大のミスはもう一個。

 ...テメェ、俺だけを狙えば良かったもののよ、テーラごと狙いやがったな?

 その時点でテメェを無事に返してやる必要は俺の中で無くなったんだよ。

 覚えとけ、次テーラに手を出したら脅し文句でも何でもなく、文字どおりお前を殺してからお前の一族を根絶やしにしてやんよ。

 分かったか!

 アァ!!!!」


「は、ぃ...」


「聞こえねぇぞ!!!

 返事はどうした返事は!!!!」


「ひ、ヒイッ.....は、はい!

 申し訳ありませんでした!!.......ぁ.......」


 失神する坊ちゃん。

 まぁ、コレで分かっただろう。


 世の中、あんまりにもナメた事してるとこうなるって、な。

 因果応報だ。


「オイ、テーラ。

 終わったし行くぞ」


「う、うん...でも、グランハート家の御曹司をこんなにボコボコにしちゃって、本当にどうしよう...!」


 震えだすテーラ。


「オイオイ、今更やっちまったもんは仕方ないだろ。

 てか、殺しにきたのはアイツだぞ?

 正当防衛だ正当防衛」


「で、でも...!

 レオニスにはいい噂がないわ!

 彼に手を出したが最後、誰であっても後で消されるって......!

 気に食わなかったから、ってだけでもう何人も学校を彼の家の力で追い出した、って聞いたわ!!!

 そんな彼をこんなにしちゃって...本当にどうしよう.......!」


 テーラが本格的に震え始めた。

 あの坊ちゃんの家、そんなにすごい家だったのか。


「全く、お前は考えすぎだっての。俺だって考え無しボコさねーし、問題ねーよ。

 なぁ、学園長?」


「えっ」


「うむ、そうじゃな」


 クラスの入り口からヒョコっと顔を出す学園長。

 それに驚くテーラ。


「いつから気がついておった?」


「俺が知恵熱でブッ倒れてる時から」


 あんだけこっちをチラチラ見てれば嫌でも気がつくわ。


 その上コレだけやっても途中で止めなかった辺り、やっちまっても良かった、って事だろう。

 でも一応聞いておくか。


「さて、コイツが俺を殺そうとしてたのは見てたから知ってるだろ?

 ボコボコにしちまったけど、どうにかならね?」


 すると学園長は俺の問いを「待ってました」と言わんばかりに答えた。


「ふむ、実はレオニス君については前々から暴力行為や家の力を利用した恐喝等をしていた、と言う報告が後を絶たんかったからな...。

 いい機会じゃ。

 彼にはここを去ってもらおう」


 やはり学園長は俺の味方のようだ。

 いつか礼をしよう。


「おう、めでたしめでたしだ」


「しかし、君もやり過ぎじゃ。

 罰を受けてもらうぞ?」


 やっぱそうくるか。

 ...ま、しょーがないか。


「へいへい、分かってたよ。

 自分でやった事の責任くらい取るさ。

 さて、俺に何をやらせる気だ?」


「一週間大浴場と便所の掃除じゃ。」


「うっわ、マジかよ」


 でもまぁ、因果応報だ。

 黙って言う事を聞いてやろう、そう思い首を縦に振った。


「ふむ、分かればよろしい。

 それと、アレだけ派手に魔法を使った事だし、もうじき他の教師も騒ぎを聞きつけて来るだろう。

 シムル君、テーラ君を連れて急いで部屋に戻りなさい。

 後の始末は私がやろう」


「悪い学園長。

 ほらテーラ、行くぞ」


「あ、うん......」


 俺はテーラの手を引き走り出す。

 まだ浮かない顔してやがるな。

 お嬢様には刺激が強い出来事だったか。


「オイテーラ、いつまでそんな顔してんだよ。

 学園長があぁ言ってるし、大丈夫だって」


「....うん、そうね。」


「元気がねぇなあ。

 何時もの煩さはどうした」


「...もう、今はそんな気分じゃないの。

 全く、貴方はやりすぎよ。

 でも」


 テーラは一度言葉を切って、俺に微笑みかけながら。


「シムル、庇ってくれてありがとう」


 そう、俺に手を引かれながら呟いた。


「おう、当たり前だろ。

 俺たち幼馴染なんだし」


 全く、お前の笑顔は本当に良い笑顔だよ。

 庇った甲斐があった、ってモンだ。


 俺たちはその後、一直線に寮へと帰還した。





「所で、あの槍を止めたのが貴方の魔法?

 あなたが槍を握る所、早すぎて全く見えなかったんだけど。

 あんな魔法見た事ないわ」


「ま、そうだな。

 ここら辺だと珍しい魔法なのかもな。

 でも、他の奴には言うなよ?

 模擬戦デュエルで使う...予定だからな」


 そう語るシムルの顔が、テーラには何となく曇って見えたのだった。

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