4話 初授業を受けてみた

 夢を見ている。

 ハッキリとそう分かる程に、目の前の光景は現実離れしていた。


 空は赤くただれ、花畑だった草原は一面火の海と化していた。

 生命の気配など微塵も感じさせないその地獄で、白く輝く美しい竜と一人の人間が争っている。

 お互いにボロボロで、今にも倒れそうなのに、お互いを映し合うその目だけはハッキリと生きていた。


 次の一撃がお互いの最後の攻撃だと、両者共に理解する。


 最後に立っているのは自分だ。


 自ら以外の存在を否定する為だけに、白竜のブレスと人間の拳が、最後の交錯を果たしたーーーーーー




「......ムル、...き...さい」


 体が揺すられて、ゆっくりと意識が覚醒する。


「シムル、起きて下さい」


 そうだ、あの夢は。


「今日から講義が始めるのですよ?

 いつまで寝ているのですか」


 コイツと会った時の事だった。


 目を開け、目の前にいる美人...もといソラヒメを確認する。

 そう言えば昨日は一緒に寝たんだっけか。


「おう、起こしてくれてありがとよ。

 悪い、今何時だ?」


「朝の7時です。

 講義開始まで後1時間、身支度をして早く食堂に行ってください」


「へいへい、分かってるよ」


 俺だって朝メシ抜きで過ごしたくない。

 寮備え付けのクローゼットを開けると、ここの制服が入っていたので着替える。


 着なれない事や新しい制服特有の布の硬さもあり、あまり良い着心地とは言えなかったが。


「ソラヒメ、お前これからどうする?」


「天気も良い事ですし、私は外に出て1日ゆっくりと風に当たっています。

 何かあったら大声で知らせて下さい、では」


 そう言ってソラヒメは窓から外へ飛び出てしまった。


「待てよッ、ここ2階だぞ!?」


 ヒヤリとして窓から外を見下ろすと、そこには眩い光と共に既に竜の姿に戻ったソラヒメの姿があった。


『ではシムル、良い1日を』


「ったく、ヒヤヒヤさせやがって

 ......おぉ」


 思わず感嘆の声が出た。

 窓の外は、確かに素晴らしい快晴で。

 気持ちの良い風が俺の頬を撫でていった。





「ウッス、テーラ」


「シムルおはよー、昨日はよく寝れた?」


「いやぁ、ソラヒメの奴が押しかけてきたけど一応は眠れた」


「なによそれ」


 食堂で会った俺たちは、軽口を叩きながら食券を持って食事を貰いに行く。


 今朝は昨日の夜よりは人が少なく感じる。

 と言っても田舎暮らしの俺にしてみれば、今朝のココでも十分人が多くいる方なのだが。


 田舎の過疎化、ってやつを身をもって感じるね。

 静かで良いけど。



「今日の朝食はパンに目玉焼きにベーコンに牛乳...うん、悪くないわね!」


 席に着いた途端にテーラが今日の朝食を吟味し始める。


「王都の学園の朝食って、結構豪華なんだなぁ」


 その横で、率直に思った事を呟く


「えっ、そう?」


「あぁ。あんな貧乏片田舎じゃ朝食にパン1個ってのもザラだしよ。

 何よりそのパンの質もココより大分下だ。お前、前住んでた所の飯も忘れちまったのか?」


 何か、悲しくなっちまうよ。


 ...実はコイツ、名前と見た目がテーラに似てるだけで、実はテーラじゃないんじゃねーの?

 前はこんなお喋りでお淑やかさのかけらもない様なやつじゃなかったし。


「私が王都に引っ越したの、もう6年も前よ?流石に忘ちゃった事もあるわよ。

 ......今心の中でバカにしなかった?」


 前言撤回。

 この勘の良さは間違いなくテーラだ。

 何はともあれ。


「飯が冷える前に食っちまうか」


「ちょっと、話聞いてるの?

 無視しないでよ!」


 全く、その小さい体のどこから朝っぱらからキャンキャン騒ぐだけの力が湧いてくるのか。

 いやぁ、都会人って怖いねぇ。




「シムル、朝食も食べたし、そろそろクラスに行きましょ」


「おう、つっても、今日の講義は何だっけ?」


 昨日軽く説明されたのだが、建物の配置など、その他に覚える事が多くて全く頭に入っていない。


「今日は1日操竜術に関する概論よ」


「うわぁ、そりゃ面倒臭そうな名前してんな」


「つべこべ言わずに受けるのよ。

 貴方の教科書は机の引き出しに置いてある筈だから、それを使ってね」


「はいよ」



 俺たちは本校舎へと歩き出した。


 昨日の説明によれば、ローナスに存在する学年は3つ。

 下から、尾段、翼段、首段。

 この名前は竜の体の各部に由来している。

 竜の体の高い所にある部位の名前で表される学年程、高学年であるらしい。


 俺は尾段へと特別編入してきた為、テーラと同じクラスである。


「あそこが私達のクラスよ」


「ほーん」


 クラス内を見れば机、椅子の数は大体50個。


 今年ローナスを受験したのは...聞いた話だと確か10000人ほどだったと思うのだが。


 なのにココにある机はたったの50個。


「......ココ、マジでエリートの集まりなんだな」


 本当に俺みたいなアホがココにいて良いのだろうか?

 ローナスの門の狭さを改めて再確認した。


「何突っ立ってんのよ。

 ホラ、そこの空いてる席に座って」


「お、おう」


 引き気味の返答になってしまった。

 こいつも一応...ここの試験に受かって入学したんだよな。


「どうかしたの?そんな声出すだなんて珍しいじゃない」


「なぁお前、実は凄い奴だったのか?」


「えっ、今更?全くしょうがないわね。

 でも貴方がそこを自覚したのは良いことね。

 遂に私の素晴らしさに気がついたんだから。何かわからない事があったら何でも聞いてね、この私に分からないことなんて......」


 テーラが何かあだこだ言い出した。

 うん、次からコイツをおだてるのをやめよう。

 ロクなことにならない。


 クラスにいる連中の殆どの目線が俺たちに集まる。


 こんな奴と知り合いだと思われたくない俺は、机に突っ伏した。





 ゴーンゴーン


 低い鐘の音が学園内にこだまする。


「皆さんこんにちは。

 それでは、今日の講義を始めます」


 鐘と同時にマール先生も入ってきた。

 うん、やはり中々に良い体をしている。

 辺りを見回すと同じ様にマール先生の体に釘付けになってる男連中がチラホラ...

 よし、彼奴らとは後で仲良くなっておこう。

 馬が合いそうだ。


「さて、教科書の36ページを開いてください」


 おっと、そう言えば教科書が机の中に入ってるんだったな。

 教科書を取り出す、と.....。


「随分分厚いなオイ......」


 ページ数を確認したら200ページもあった。

 こんなに分厚い本を持ったのは生まれて初めてかもしれない。

 ...ソラヒメ、俺は早くも心が折れそうだぜ.......


「皆さん開きましたか?

 今日の講義は操竜術の概論ですが、編入生のシムル君も居ることですし、この機会におさらいしておきましょう」


 先生が俺の為に気を使ってくれた。

 美女に気遣われる何て、最高だねぇ。


 先生はチョークを握り、黒板も交えて説明を始めた。


「操竜術とは、文字どおり竜を駆るための魔法技術です。

 自らの魔力を竜の脊髄骨から体全体に行き渡らせ、竜の魔力と融合することによって、竜を自らの手足の様にして駆使する事ができます。

 要するに、竜の体に擬似的に自分の神経を広げるような感じです。

 それに加えて、自らと竜の魔力を竜の体内で融合させる事で、人も竜も単体では成し得ないほどの魔法を行使する事が可能となりますね。

 ただ、注意しなくてはならないのは自分の魔力を竜に流入しすぎないこと。

 流入しすぎて自分と竜の魔力が一定以上に混ざり合うと、膨大な魔力が竜の中へと溜まり、竜の体を圧迫。

 神経を直接苛む痛みに全身を襲われた竜は我を忘れて暴れ出します。

 これが、俗に言う『暴走』と言うものですね。」


 あー、昨日パツキン姉ちゃんが言ってたのはコレか。

 確かに昨日ソラヒメはあれだけ暴れてたし、ハタから見れば暴走してる様にも見えたかもしれない。

 かもしれないけどさ、何か引っかかる事がある。


「シムル君、ここまでで何か質問はありますか?

 と言っても、シムル君は星竜を御する程の技量の持ち主ですし、多分ないとは思いますが」


 こちらに微笑みかけながら問いかけるマール先生。

 優しい優しい先生には感服するねぇ。

 コレだけ気が回る女と一緒にいると楽ができそうだ。

 ここは先生の優しさに甘えてちょっと聞いてみるか。


「いや、一つだけ質問が。

 普通のドラゴンライダーって、文字通り竜を体の一部みたいに好きに扱える、みたいな説明でしたけどそれって本当っすか?」


「ええ。そうでないと竜が好きな様に動いてしまうから...シムル君の場合はそうではないの?」


「俺の場合はソラヒメに念話みたいなモノを送って意思疎通を図ってるんで、そんなモンは使った事がないっすね。

 ソラヒメは俺が頼んだ通りに飛んでくれるし。

 それにあいつは俺の相棒なんで、そんな道具にするようなやり方したくないっす」


 そう言うと、マール先生は俯いて黙ってしまった。

 ちょっと強く言い過ぎたか?って思ったが既に時遅し。

 クラス中の視線が俺に突き刺さる。

 悪かった、俺が悪かったっての!


 急いでマール先生に謝ろうとする。


「...凄いわ」


「へっ?」


 何かボソって聞こえた。


「シムル君、凄いわ!!!

 まさかもうそこまでに達しているだなんて!!!!!」


「!?」


 えっ、何だこれ。

 そしてクラス中から上がる「おぉー」という声。

 見回せば俺を睨んでるかと思ってた連中は全員俺を尊敬の眼差しで見ていた。


 いやぁ、照れるなぁ......何でかは知らないけど。


「あの、先生。

 どういう事っすか?」


 思い切って聞いてみる。


「シムル君、貴方は本当に凄いわ。

 貴方は既に操竜術の真髄にまで達していると言っても過言ではないわ」


「...はぁ。俺には何の事やらっすが」


「操竜術で竜の体に自らの心のチカラである魔力を通わせる、という事は。

 竜を御する事以外にも、竜の心に近づいて、ドラゴンライダーの目指す真の道である騎竜同体の境地に近づく事が目的なのよ。

 つまり、熟練のドラゴンライダーは自らと契約を交わした竜の心に語りかけるだけで、竜を御する事ができるの。」


 騎竜同体、とやらはわからないけど、俺の普段やってる事は実は結構凄い事だったらしい。

 ソラヒメに教わった事をやってただけだったけど。


「この技術を持つドラゴンライダーはこの国に5人も居ないわ。

 皆んな、シムル君の様なドラゴンライダーを目指して頑張るのよ!

 そして、その相棒のソラヒメさんの様に、自分がピンチになったら助けに来てくれるような相棒を探しなさい」


「「「ハイ!」」」


 悪びれもせずに応えるクラスの連中。

 僻む連中もいなさそうで性格の良い連中ばっかだなぁ

 ......いや、テーラと後一人...白い髪した目つきの悪い奴だけは別か。

 テーラは兎に角、白い髪の奴はコッチをジロジロ睨んでやがる。

 ん? 何だ文句でもあるのか??


 俺もすかさず野郎を睨み返す。


「あ、そうそうシムル君。」


 先生、空気を読んでくれ。

 今男同士の争いの真っ最中なんだよ。


「貴方は、どうやってソラヒメさんと契約したの?

 ちょっと皆んなに話してあげてはくれない?」


「ん?契約?」


 思わずあいつから目を逸らして先生の方を向いちまった。

 また後であいつとは決着を付けてやろう。

 でもその前に、この学園に来てから割と聞く契約とやらについてだ。


「そう、契約よ。

 貴方はソラヒメとパートナーになった時、自分の魔力をソラヒメさんと同調させた事で発生したルーンが、体のどこかに刻まれているはずだけど...」


「あ、それならココに」


 そう言って俺は軽く服をはだけさせて胸元を見せる。

 多分、心臓の所にある竜が丸まった様な紋章を指しているのだろう。


「なっ、服の下にあるならそうまでして見せなくても.....」


 言いかけた先生の顔が曇った。


「......貴方、一体どんな契約をしたの?

 普通、竜と契約をする時は腕にルーンが現れるわ。」


「そうなんすか?」


 話が全く見えない。

 てか、さっきからアッチが勝手に驚いたり難しい顔してて、イマイチ話についていけねー。


「えぇ。竜と契約をする際に行う自らと竜の魔力の同調、その具合によって、体の中心部に近い部分にルーンが発生する。

 それが一般常識だし、どんなに頑張っても竜と魔力を同調させてもせいぜい肩の辺りにルーンが現れるものなのよ。

 ...貴方は、一体どんな方法でソラヒメさんと契約したの......?」


 先生と生徒が生唾を飲む音が聞こえた。

 このルーンができた時、か。

 つまりそれはあの時を指すのだろう。

 ...あれはあんま思い出したくないけど、場の雰囲気的に言わなきゃ収まりがつかなさそうだし、ちょっとだけ教えてやるか。


「このルーンができた時、俺はソラヒメと戦ってた」


「!?」


 クラス中が驚愕に包まれた。


「お互いにボロボロでさ、次でキメる!ってあの時はあいつも思ってたと思う。

 で、俺とあいつが魔力全開でぶつかった所、お互いに共倒れしちまって。

 起きたらこのルーンがあった、って訳」




 話終えた後、すぐには誰も口を開けなかった。

 伝説の星竜、それも今のパートナーと昔戦っていた。

 あまりに突拍子のない話だ、そこにいた生徒は全員そう思っただろう。




「...でも、そうでもしないと心臓の位置にルーンがある事の説明がつかないわね」


 あの星竜の全力の魔力と同等の魔力を衝突させ、その際に魔力が同調して契約が交わされたのなら、確かに心臓部にルーンがある事に説明が付く。

 しかし、それだと。


「貴方、その気になればあの星竜並みの魔力を開放できる、って事?」


「いや、そりゃあ無いよ先生。

 俺はあんな量の魔力を用意できない。

 ただ、やりようによっては対抗できた、ただそれだけさ」


「それってどういう...」


「おっと先生、これ以上は聞かないでくれよ。

 4日後の模擬戦デュエルで使うネタをまだバラしたくないし」


 ここでバラして、俺の手の内が人づてにあのパツキン姉ちゃんに伝わったら癪だし。


「...分かったわ。

 けど、模擬戦デュエルが終わった後なら教えてくれるわよね?」


「...ま、考えとくっす」


 他の連中もさぞかし気になる、って顔してるしな。

 ...後で食いついてきそうな顔してる奴が何人か居るけど、どうすっかな。


「さて、それじゃあ皆。

 シムル君の事もよくわかった事だし、授業を再開するわよ。

 マックス君、60ページの3行目から読んでみて」


 マール先生は再び授業を再開した。



 ......あー、わっかんねー。

 呪文の音読を横で聞いてるみたいだわ。



 エリートの中に居る凡人は、色々と大変だ。

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