3話 相棒が実は美人だったんだが

「さ、模擬戦闘デュエルについて聞かせてくれよ。

 俺は何をやらされるんだ?」


「う、うん」


 夕食後、俺の部屋にテーラと共に帰ってきた。

 テーラは引き気味で答えた。


「デュエルって言うのはね、そのまんま、この学園で行われる試合の事よ。

 お互いに、契約を結んだ竜に跨って相手と戦って打ち負かすの。

 ルールはざっくり言えば、審判が片方の生徒が戦闘不能になった、って判断した時点で試合終了よ」


「ほーん」


 つまり、普通の戦い、と言う訳だ。


「デュエルは基本、実技の一環としてたまに行われるんだけど、時々こうやって揉め事が起こった時にはデュエルで解決する事があるわ。

 でも模擬戦とは言え当然危ないから、実技以外で先生方がデュエルを許してくれる事はめったにないんだけど......」


 テーラの顔が曇っちまった。

 ちょっとからかってやるか。


「まさかお前、俺を心配してくれてんの?」


「そ、そんな訳無いじゃ無い!

 アンタがどうなったって私の知った事じゃ無いわよ!!」


 顔を赤くしてテーラが騒ぎ出す。

 分かりやすいやつだ。


「まぁ、そういう事にしておいてやんよ」


 寝転がっていたベッドからピョイと起き上がり、部屋のドアに手をかけた。


「ん、どこかに行くの?」


「あぁ。相棒に会ってくるわ。

 お互い慣れない夜だし、ちょっと心配になってきちまった」


「分かったわ。なら私はもう部屋に戻る。

 シムル、おやすみなさい」


「おう、じゃあな」


 そう言ってテーラと別れる。


「さて、竜舎のあった方はアッチか」


 会ったついでにソラヒメに模擬戦デュエルとか言う面倒ごとに巻き込まれた事、言わなきゃな。

 何で俺がそんな事しなきゃならねーんだか。

 俺は昼間連れ回された時の事を思い出しながら、ソラヒメの居るであろう竜舎へと足を運んだ。




「「「グォォォォォ!!!」」」


「...何だ?」


 竜舎の方から数頭の竜の唸り声が聞こえてきた。

 急いで竜舎へ向かう。

 この鳴き声は警戒と言うか、何かを怖れている様に感じる。


 竜舎の近くに行くと、夜の闇に紛れて今までは見えなかったが教師達が何かをしているのが見えた。


 何か困っている様だ。


 竜舎の中を覗き込むと、竜達の声にかき消されていた声が聞こえる様になった。


『貴方がたは、私をこの様な下等なワイバーン達と共に寝かせるつもりですか?

 私は嫌です、早くココとは別の寝床を用意して下さい』


 教師達に文句を垂れてるソラヒメが、竜舎内のワイバーンを威嚇しまくっていた。


 先ほど聞こえたのは、逃げ場のない狭い竜舎の中で星竜ソラヒメにビビらされたワイバーンが叫んでいた悲鳴だったらしい。


「...またあいつは騒ぎを起こしてるのか?」


 自体の全貌を理解した俺は、事態収拾のためにソラヒメに駆け寄っていった。




「なぁソラヒメ。

 お前が寝れそうな所はここしか無いんだから妥協しろよ。

 ただそこら辺で野宿、って言うのも嫌だろ?」


『いえ。こんな所で寝るなら野宿の方がマシです。

 ただ、ここにいる方々が私が野宿する事を許してくれないからこの様な事になったのです』


 見れば中々に疲れてる様子の教師一同。

 ソラヒメをここで寝かせるのを説得するのは困難を極めているらしい。


「所でお前、昼間の件といい、そんなにワイバーンの事が嫌いなのか?

 同じ竜じゃないかよ」


 これを聞くや否や、ソラヒメは噛み付く様に反駁してきた。


『シムル、貴方は今言ってはいけない事を言いましたね?

 私は仮にも当代の竜王です。

 そしてここに居るワイバーンは我が僕にしてゴロゴロとどこにでも転がっている様な雑兵、人間で言えば奴隷もいい所です。

 貴方がた人間も、王族を奴隷部屋に寝かせようとはしないでしょう?

 つまりは、そういう事です』


 ソラヒメにしては過激な例えだったけど、激しく理解。

 成る程、小難しい話が分からない俺でも分かる説明をありがとうソラヒメ。


 でもな。


「お前が俺をココに入れる事に加担したの、忘れたわけじゃないよな?

 俺だってお前が直ぐに飛んでくれなかったお陰でしぶしぶここに入って自由な生活を制限されるハメになったんだし、お前も寝床くらい妥協しろ」


 そう、この状況を作った一端がコイツである事を忘れてはならない。

 ある意味自業自得である。


『クッ...しかし、ここで寝る事は私のプライドが許しません。

 やはり野宿を...』


「シムル君、お願いだ。

 ソラヒメ様を止めてくれ。竜王の娘の星竜を外で寝かせた、だなんて王宮に知れたら何て文句を言われるか、分かったもんじゃない!」


 必死に俺に助けを求める教師一同。

 はぁ、仕方がねぇ。


「オイコラソラヒメ!

 お前もこう言う状況を作り出した張本人の一人なんだしいい加減諦めろ!!

 お前が人間サイズならどうにかなったかもしれねーけどよ、竜が寝れる宿舎はここにしか無いんだから諦めろ!」


 するとソラヒメは目を丸くした。


『シムル、なら私が人間サイズになればココ以外の寝床を提供してくれるのですか?』


「お前が人間サイズなら人間用のベッドとかで寝れたかもな。

 まぁ、お前がそんなにデカい訳だし、無理な話なんだが」


『無理じゃありませんよ』


「へっ?」


 何を言い出すんだコイツは。

 竜を人間サイズにする事なんてできる訳がないだろ。


『その顔、信じてませんね?

 分かりました、なら論より証拠。

 見てて下さい』


 そう言ってソラヒメは、自らの周囲に魔法陣を展開した。


「何をするつもりだよ!?」


 光粒子と共にブレスを放つ時並みの魔力がソラヒメに集まっている。

 ...コレ、普通に危ないんじゃねぇの?


 そうしてソラヒメの魔力が臨界点に達した事を感じた次の瞬間、ソラヒメが莫大な量の光に包まれた。


「ッ!!!」


 思わず目を瞑る。


 ソラヒメに集まっていた魔力が消費されるにつれて、光も弱まっていったので目を開けてソラヒメがどうなったかを確認する。


「......えっ?」


 ソラヒメが居ねえ。

 辺りには大きな魔力の消費によって煙が立ち込めてるが、あの巨体をもつソラヒメが完全に見えなくなるという事はあり得ない。

 と、いう事は。


「本当に小さくなったのか...?」


 ソラヒメの足元だった所を凝視する。

 段々煙が晴れてきた。


『ふふふっ、成功したみたいですね』


 鈴を鳴らしたような声が聞こえた。

 そして煙が完全に晴れ、ソラヒメがいた所には。


『この姿を見せるのは初めてですね、シムル。どうですか?』


 絶世の美女が、立っていた。

 青く透き通る髪は肩まで伸びていて、少し幼めに見える整った顔立ち。

 手足はスラリと伸び、身長はテーラと同じ位。

 だが、その胸に実る二つの果実はどう見てもテーラのものと比べる事がおこがましく思えるほど大きい。


 あまりの美しさに、思わず絶句してしまった。


「お前、ソラヒメ...なのか?」


『はい、そうです。

 魔力を凝縮させて人間サイズになりました。

 これで人間の寝床で寝ても問題なくなりましたね』


 そう言って駆け寄ってくるや、俺に抱きついてくる美女ソラヒメ


「オイオイ」


『?何ですか?

 いつも貴方は私の上に乗ってるし、この程度は問題無いと思いますが、どうかしましたか?』


 いや、問題大アリだわ。

 こんなに美人だと付き合いの長いソラヒメだと分かっていても色々とモヤモヤしちまう。

 それと。


「お前さ、服着ろよ」


 全裸で抱きつかれるとその大きな果物2つが直に当たるんだよ。

 俺の精神衛生上よろしくない。

 その上、男性教師はソラヒメを直視する事が出来ずに困っている。


『あら、確かにこの姿でコレではいけませんね。

 ちょっと待ってて下さい』


 恥ずかしがる様子が一切なくそう言うソラヒメ。

 そうして服を魔法で生成し、手早く身にまとう。


 ......何か、ここまで堂々としてると色んな意味でシュールだわ。


「あ、そうだソラヒメ。

 5日後に模擬戦デュエルとか言うやつを吹っかけられたんだけど、どうするよ?」


 思い出した様に聞いてみる。

 俺と同じく平和好きなソラヒメは断ってくれると期待していたのだが。


『いいでしょう、受けましょうシムル』


 シャキッとした顔で即答された。


「らしくないな、本当に良いのかよ?」


『私達を甘く見たらどうなるか、見せしめる良い機会です』


 さっきの竜舎でのやり取りでも少し思っていたが、今ここで確信に変わった。

 コイツ、王様にしたら間違いなく暴君になるタイプだ。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 この件はすぐに学園長に連絡され、俺とソラヒメは学園長室に呼び出された。


 そうして事の顛末を説明すること数分。


「ふむ、ではそこの彼女がソラヒメ様である、と?」


「ウッス、そう言う事っス。

 後、さっきも話した通りコイツの寝床を提供してやって欲しいんですけど...」


「成る程、莫大な魔力を体内に貯める星竜ならばこういった事もできる、と言ったことか...。

 分かった、君の言う事を信じよう。

 してソラヒメ様。

 貴方の寝床なのですが、どこがいいでしょうか?

 教師寮か女子寮、お好きな方をどうぞ」


「いえ、私はシムルの部屋で睡眠を取りたいのですが...」


「は?」


 いや、選択肢にない事は回答するなよ。

 爺さんが困ってるだろ。


「しかし、消灯後に女子が男子寮に居ることはローナスでは禁止されておりまして」


「学園長、竜姫である私を小娘呼ばわりとは大きく出ましたね」


「いえ、そんなつもりは...」


 攻勢に出るソラヒメ。

 こうなってはもう止まらないだろう。

 伊達に長い間一緒に居ないのでそこら辺はよく分かってるつもりだ。


「それに、私は女である前に竜。

 主人に何かあれば直ぐに駆けつけられる場所に居るのは当然の事。

 その上、この姿は人を模した仮初めの姿。

 まさか我が主人が竜に欲情する程愚かな男であるとでも思っているのですか?」


 ごめん、ソラヒメは俺をかなり信用してくれてるけどさ。

 さっき抱きつかれた時、実はかなりドギマギしてたんだ。

 心の中で謝罪する。


「...成る程、貴方がそこまで言うならいいでしょう。

 シムル君の部屋での生活を認めましょう」


 あの爺さんの鼻っ柱を折るとは、流石ソラヒメ。

 人の姿でも芯の強さは健在らしい。


「さて、そうと決まれば部屋に行きましょう。

 案内して下さい」


「待ってくれソラヒメ。

 ちょっと俺はこの爺さんに聞きたいことがある」


「ふむ、何かな?」


 訝しげに聞き返してくる爺さん。

 タヌキめ、俺の聞きたいことは分かってるだろうに。


「あんた、王宮の連中から何を言われてるんだ?

 俺みたいなアホをこんな都会の学園に入れるなんて、あんたにも大きなメリットが無いとこんな事はしない筈だ」


 爺さんは目を細め、フッと笑った。


「シムル君、君が考えている程大きな事では無いよ。

 星竜を従える者を王宮は野放しにしたくない、と考えているのは事実だが、君に何かをさせよう、とは王宮も私も今の所は考えてはいない」


 今の所は...ねぇ。

 まぁ、今日の所はここらで引き下がるか。


「そっか、じゃあな学園長。

 俺らは寝るんで」


「ふむ、おやすみシムル君、ソラヒメ様。

 明日からシムル君は講義を受けるのだから、しっかりと休息を取る様に」




 ドアを閉め、部屋から出て行く二人の背中を見送る。

 再び一人になった学園長室で、椅子の背もたれに寄りかかりながら。


「...はぁ、シュン。

 ようやくシムル君を見つけたよ。

 彼はきっと、私が守り抜いてみせる......」


 アルバヌス学園長は、古き友人との約束を改めて口にするのだった。




「シムル、ここが貴方の部屋ですか。

 少し狭い部屋ですね」


「部屋に来てからの第一声がそれか。

 妥協するって事を少しは覚えろよ」


 しかし、そんな俺の声を無視して部屋にズカズカと入り込み、俺のベッドの中に入り込むソラヒメ。


「オイオイ、布団や簡易ベッドをこうして用務員さんから貰ってきた訳だし。

 お前はそっちで寝ろよ」


「嫌です。もっとこの部屋が狭くなるじゃないですか。

 私と貴方が一緒に寝れば何も問題無いでしょう」


「いや、あるわ」


 俺の精神が持たねえよ。


「なら、どんな問題があるというのですか?」


「それはだな...」


「無いんですね?なら何も問題はありません。

 貴方は明日も早いんですから、早く布団に入って下さい」


 人になったお前の姿にドキドキするから一緒に寝るのはマズイ、なんて言える訳ねぇだろ!


 全く、少しはコッチの気も察してくれ。


 ...でもまぁ、こうなったソラヒメはテコでも動かない事を俺は知ってるので、諦めて一緒に寝ることにした。


 彼女は納得する理由が無いと動かないのだ。


「シムル、もうちょっとそっちに行ってください。狭いです」


「人の布団に入ってきて文句を言うな」


「...それもそうですね。

 それでは寝るとしましょう」


 暫くすると寝息を立て始めるソラヒメ。

 いやぁ、間近で見ると本当に美人だわ。

 あのパツキン姉ちゃんなんか目じゃない位には。

 その上いい匂いまでする。

 やべぇ、精神統一だ。

 抑えろよ俺......!



 結局、ドギマギしてたのはほんのちょっとで。

 今日一日いろんな事がありすぎて、すぐに睡魔に負けてグッスリと眠ってしまった。


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