第二話 君は勝手ばかり③
翌日になって、真琴は本日の洋服を考えていたが、そういえばどこに行くのかを確認していなかった。
場所によってコーディネートを考えなければ……そう思い、真琴は部屋から顔だけ出して、リビングにいる奏に話かける。
「ねぇ、今日ってどこ行くの?」
「秘密。あ、でもそんなに凝った格好しない方がいいよ。どちらかというと気楽な方が良いかも」
「ふぅん…?」
真琴の顔は部屋の中に引っ込んだ。
そしてそのアドバイス通りに本日のコーディネートを考える。
キレイめな印象だが、柔らかい生地でナチュラルなピンクベージュのワンピースに厚手のカーディガンを羽織り、シンプルながらも女性らしいシルエットの洋服をチョイスした。
凝らなくても良いとは言われたものの、少しでも可愛くして出かけたいと思う女心は真琴にもあった。
昼頃になると二人は一緒に街へ出かけた。
今時のオシャレなカフェレストランで昼食を済まし、奏に言われるまま後について行く。
そして辿り着いた先は猫モチーフのポップで可愛らしい装飾がついた看板が出ているお店だった。
看板には「猫カフェ petit chaton」と書いてあるのを見つけた途端、真琴は目を輝かせながら奏の方を見る。
「もしかして、ここ!?」
真琴は大の動物好きで、特に猫や兎などの小動物には目がなかった。
動物を飼った経験がなかったため、動物への憧れが人一倍強かった。
子供のような天真爛漫な表情を浮かべており、そこには昨日の不機嫌はもう跡形も残っていなかった。
「真琴、昔から猫とか好きだったでしょ」
「うん! ね、早く入ろ」
真琴は待ちきれない様子で奏を引っ張って店内に入る。
受付を済まし、周りを見渡すとどこを見ても子猫が点在していた。
いろんな品種の子猫に思わず頬がゆるむ。
それからしばらくは猫を眺め、猫と戯れる時間を過ごした。
真琴は猫に夢中で、この時ばかりはいつもの強気な様子はなく、終始とろけるような甘い笑顔を見せていた。
「ねぇ、この子本当に可愛い」
白く毛の長い品種の子猫を膝に乗せ、喉元を優しく撫でてながら、奏に話しかける。
「そうだね、いつか一緒に飼えたらいいね」
その言葉は自然に流れるように、奏の口からするりと発せられた。
あまりに大胆に、これから先も一緒に暮らすことが決まっているかのように話すので真琴は少し面食らった。
でもそれ以上に、この時奏が見せた穏やかで優しい笑顔が、胸を貫くような衝撃を与えたことのほうが大きかった。
こんな風に自然な微笑みを見せられたら、奏の言うことを叶えてあげたいような気になってくる。
真琴は奏の言葉に肯定も否定もしなかった。
* * *
猫カフェ petit chatonを退店すると、真琴は十分満足そうな顔色だった。
折角だし夕食も食べて帰ろうという奏の提案に真琴は賛成した。
近場にあったピザ専門店の看板写真があまりにも食欲をそそるので、夕食はそこに即決した。
定番のマルゲリータを楽しんでいると、奏の方から会話を始めた。
「さっきの、本気だよ」
「さっき?」
「僕は本気で、真琴とずっと一緒にいたいなって思ってる」
「……そう」
最早プロポーズでもおかしくない言葉を平然と言い退けるので、真琴は赤面しつつ、顔を隠すために飲み物を口元に運ぶ。
そういえば最近は少しずつ会話が増えた気もするが、その言葉のせいで恥ずかしくなってしまい、真琴は無口で食事をすすめた。
そして、夕食も終えて店を出た頃には夜の八時を回っていた。
二月の夜は冷える。肌をツンと刺すような冷気が鋭く身に染みた。
奏は帰路に着こうとする真琴の腕を軽く掴んで、引き留めた。
「最後にもう一箇所だけ。すぐそこだから」
「? ……構わないけど」
今いる飲食店街を抜けて、大道りの方に出る。
すると、その通りにずらっと並んで銀杏の木が植えられおり、その全てが美しいライトブルーのイルミネーションで装飾されていた。
真琴の目で捉えることができる端から端まですべての樹木が幻想的な青で光り輝いていた。
それはまるで青い樹氷の世界のようだった。
その光は真琴の瞳の中にまで入り込み、無数にゆらめいていた。
「綺麗でしょ」
「うん……すごい……」
真琴はイルミネーションに心を奪われたように、じっと光の中を見つめている。
「真琴、寒くない?」
「ちょっと寒いかな」
「手繋ぐ?」
ロマンティックな空気に流されそうになるも、はっと我に帰って奏の方に体を向き直し、
「人に見られるかもしれないから、外でそういうことはしない!」
眉をキッと吊り上げ、いつもの調子で奏を睨みつける。
一緒に出歩くのは良いのに? と奏は疑問に思うも、また真琴の機嫌を損ねないように何も言わないことにした。
真琴は一緒にいるところを見られるだけなら恋人ではないという言い訳が効くと思い込んでいるようだった。
二人はその光の道を少しだけ歩いてみることにした。
ずっと見ていられるような幻想的な光に目を奪われながら、時々言葉を交わしながら歩み続ける。
「そろそろ冷えるし、タクシー拾って帰ろうか」
十分ほど歩いた頃合いで、奏は立ち止まる。
ちょうど数メートル先に空車のタクシーを見つけたので、慣れた様子で片手を上げると、タクシーはスピードを下げて、二人の前でぴたりと停まった。そして流れるように後方のドアが開く。
奏が「どうぞ」と言うので、先に真琴が乗り込み、続いて奏が乗車する。
奏は運転手に自宅の住所を伝えると、徐々に車は進みだす。
タクシーに乗っている間も、窓から道沿いに並ぶ青の光をぼうっと眺めていた。
すると、真琴の左手の甲をちょんちょん、と何かがつつく。
目線を窓から外し、手元を見てみると、左側に座る奏が真琴の手をつついていた。
何をしているのかと思い、奏の顔に目線を向けると、向こうもこちらを見つめていた。
どういう意味があるのか疑問に思っていると、ふと左手の甲に暖かいものが覆いかぶさる。
暖かいものの正体は、真琴よりも格段に大きく、骨張った、奏の手だった。
「ここだったらいいよね?」
奏は顔を近づけ、小声で耳打ちをする。
真琴はまた窓の方へそっぽ向き、小さく呟いた。
「好きにしたら」
その言葉の後、左手に覆いかぶさった大きな手はスルスルと動き、指と指の間を絡めるように互いの手を繋ぐと、マンションに到着するまでの間ずっと、優しく繋いだままだった。
【第二話 終わり】
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