こちら側の再会


*****


 数ヶ月ぶりのジャンクフードはだいぶ腹にこたえて、神居村の味に慣れた体には少々刺激的だった。

 食べ終わり、軽く世間話をしながら休憩を挟んでも日の入りまではまだ時間があった。

 確か、あのモールのツリー点灯は午後六時だったと思うが、その記憶が正しいのかどうか調べる事もできないのが久しぶりにもどかしい。

 と、いうのも……この村に来た時に、圏外でどうしようもないから解約してしまった携帯電話のせいだ。

 圏外なのに加えて、村ではそもそも不便にさえ感じなかったが、今こうして都会へ戻ってみると分かる。

 処理すべき情報、気にすべき時間があまりに多くて、さらには人そのものがけた外れに多いから連絡するべき者も多い。

 だからアレ・・は、この街中で不自由なく過ごすためのれっきとしたツールだったのだ。

 一方、村では連絡事項があればあちこちにある古びたスピーカーから一斉に流すし、数少ない商店の営業時間なんてあってないようなもので、誰かに用があっても伝言を家人なりに頼めばそれで済む。


 奇妙な“おのぼりさん”気分のまま歩いて行くと、ようやく――――実感が、籠もった。


「それにしても、多いね……人。それにすごい賑やかだ」

「ああ、まぁ……土曜日だしな。クリスマス前ってのもある。……今さらだけど、りょう的にはクリスマスってそもそもアリか?」

「別に、お父さんにも祝うなとは言われてないしね。そこは気にしなくていーんじゃない? そりゃ、教会に行ってクリスマス礼拝に出たとかならすごい複雑な顔されそうだけどさ」

「やりたいのか?」

「ちょっとやってみたいけどさ……動機が不純だ。お父さんを困らせてみたくて、なんて冷やかしにもほどがあるでしょ」


 そりゃ、確かにバチがくだりそうだ――――と、あえて無言で流しておきながら、目的地へ向けて雪のない道を人の流れに乗りながら歩く。

 クリスマスが近づき、きらびやかに飾り立てられた街の風景は嫌いじゃない。

 街全体に浮かれ騒ぐようなほろ酔いの空気が宿るようで、ついてられてしまうのもあるが――――ワクワクするからだ。

 別に何か買ってもらえるわけでもないのに、ただいるだけで、見ているだけでつい楽しくなってしまうのも悪くなかった。


「キミこそ、クリスマスはどう過ごしてたんだ。靴下をちゃんと吊るした?」

「吊るさねーよ。別に何も変わらないって。ただ、色々と……イヴの晩飯は少し豪華だったかな。クリスマスはそんぐらい。爺さんが元気だった時は除夜の鐘は聞きに行ったし、年明けたら初詣に行ったり。あんまり浮かれて何かする人でもなかったけど、割と付き合ってはくれてたんだな」


 そう返してから、ふと――――さっきの話が少しだけ遅れて、疑問を生じさせた。


「怜、さ」

「ん? ……何、どうしたの?」

「怜の家って……神社さんだろ」

「うん。何だい、今さら……?」

「継ぐ、のか?」


 怜の家は神職で、神居村の古い土着だ。

 そこの一人娘、怜はつまり――――ゆくゆくは家を継ぐ事になるのだろうか、と。

 そんな事を急に気に掛けてしまったのはきっと、俺がこの街へまた戻ってきたから――かもしれない。

 少しだけの沈黙が妙に長く感じてしまい、答えを待つと――――窮した、というより、軽く困ったような口振りで怜が答える。


「それ、がねぇ……。どうにも、わかんなくてさ」

「わかんない……?」

「うん。お父さんさ、何も言ってこないんだよ。継げとも、継ぐなとも。ボクが家の手伝いするのには助かってくれてるみたいだし、神楽も、神事も、ボクにさせるんだけど。“家を継げ”みたいな空気を出された事も、言われた事も無い。でも“継ぐな”とも言われてないんだ。これってどう思う? キョーヤ」

「ん? ……んー…………」


 それは――――確かに、少し気になる。

 俺も宮司とかの家の事情は分からないけれど、家を継げとも継ぐなとも、気にしなくていいとも言われていないのは確かに解せない。

 まして怜は長女で、一人娘。おのずとそういう話はするか匂わせるかぐらいはしていてもよさそうなのに……何も?


「怜、自分からそういう話を切り出した事は?」

「ないねぇ。ヤブを突いてしまいそうだってのもあるし……それにほら、色々と、あったじゃん。多分、ボクに何をどうさせるか……お父さん達も、考えあぐねてるのかもしれないし」

「あ……そう、だったな」


 本当ならば、ここに今怜はいないはずだった。

 夏のその先、秋ですら村は怜のいない風景を映すはずだった。

 それが、夏の出来事の一件――――“トイレの花子さん”との約束を反故にし、解決した事で変わった。

 だから今、怜は自由で――――その先もまた、自由なのだ。

 だから今、こうして――――無理を押して、クリスマスツリー見物に出掛ける事もできるようになった。


 口の中に走った、ほんのちょっぴりの苦みを消したくて――――結局、食べあまして持って出てきたポテトの残りを齧る。

 冬の空気に触れて冷え、少し時間が経ってしんなりとした触感は――――ほんの少し、優しく感じた。



*****


 ――――角を曲がり、横断歩道の先にお目当ての場所が顔を見せる。

 他の建物と桁外れに大きく、こちらに向いた南側の半面ほどがガラス張りで暗くなりかけた街へ向けて室内灯の光を放つ、重厚なお菓子の箱のようにも見える洗練された建物は、このモールの“一番館”だ。

 確か、一階にはスーパーマーケットが入っていて、二階部分には薬局、雑貨屋、カフェだのが入っていてそのまま二番館へと繋がり――――さらにそこから、渡り廊下で連結した道路を挟んでそびえる建物が、お目当ての“主役”が鎮座する吹き抜けのアトリウムホールだったと思う。

 地下一階から四階まで吹き抜けのフロアの外周にも様々な店があるから、とても一日じゃ回り切れないほどだ。

 もっとも、当時はあまり用のある店が無かったものだから――――適当にそのなかの一つ、書店の新刊棚を覗くぐらいしかしなかったけれど。


 怜に連れられるように自動ドアからエントランスへ入ると――――そこもまた、クリスマス一色だ。

 柱や壁にはリースが掛けられ、小ぶりなクリスマスツリーが壁際にズラリと並んで来場者を迎えるようになっていた。

 金色、銀色のしゃりしゃりした飾りが括りつけられた紐が巻かれて――――ぴか、ぴか、とLEDの電飾光が愛想よく明滅しており、そこで早くも怜は目を惹きつけられ、足取りが遅くなった。


「ああ、こういうやつだ……役場にあるの。…………どうしよ、キョーヤ。ボク、何だか緊張してきたよ」

「……だと思った。ほら、点灯までまだ二時間ぐらいある。少し見て回ろう」

「……うん」



*****


 ――――怜と見て回るモールの中も、少し、やっぱり――――懐かしかった。

 雑貨屋が多くて、あまり俺が興味のある店もないけれど……その分、クリスマスの飾りつけには店ごとのこだわりが見て取れる。

 北欧の品物を揃えている店は言うに及ばず、東南アジアの雑貨を揃えている店ではよくわからない木彫りの、名状しがたい表情の仮面にサンタ帽をかぶせて柱にかけている。

 通路に面したガラス窓にはジェル状のステッカーを貼り付けてあり、赤色のトナカイ、真っ白い雪の結晶、白と黒の雪ダルマ、そしてクリスマスの主役のあの男までがガラスの上で踊っていた。

 昔流行ったような気がするが――――それがどれぐらい前だったか、村で味わうギャップの連続、そして帰ってきた今、浦島太郎のような気分のせいでもう今は分からなくなってしまった。

 更にもう少し、見て回るとジグソーパズルの専門店がある。

 そこで怜は、ショーウィンドウの中にしまいこまれてライトアップされた、立体成形のクリスタルパズルに目を輝かせて興味深そうに覗き込んだ。

 組み立てると、様々な形に――――今怜が見ている中には、あの著作権に厳しい事で有名な会社の人気キャラクターの姿の、ピンク、青、紫、白の透明プラスチックで象られた完成形が下から当てられるライトで光って、自慢げに胸を張っているように見えた。


 二時間、潰れるかと心配だったが……この分なら大丈夫だろうか。

 それに俺にはひとつ、ここで済ませておきたい用事が――――それも、怜には知られず済ませたい用事がある。


 彼女がクリスタルパズルのショーウィンドウに興味を惹かれている隙に、少し離れた壁にかけられている店内見取り図に視線を滑らせた。

 二分ほどしてだいたいの見当をつけた、その時――――誰かの視線を感じて、つい振り返り、その視線のもとを探した。

 ――――怜じゃない。彼女はまだ店内の様子に夢中だった。


 更にあたりを見回すように、振り返ると――――確かにこちらを見ている視線と、かち合った。

 怜の居るパズル屋の隣のテナントに、ヘアアクセサリーを取り揃えている、およそ五坪もないような店があった。

 数人の女子中高生が物色する店内にはヘアピンの並んだ陳列台が二列、ゴムやヘアバンドが掛けられた回転塔がいくつかと、パズル屋との境の壁際には少し高めのものが収まっているらしいガラスケースがある。

 柔らかい昼光色の光で照明されたそこは、まるで雪でも降っているように銀色に輝いているように見えた。

 そして、視線の主はそこからいぶかしがる様子でもなく、じっ、と観察するように俺を見ていた。


 肩までかかる程度の黒髪は長さとしては怜と同じくらいだが、こちらはすとん、と引き伸ばしたようにまっすぐな定規のようなストレート。

 分け目をぴしっと入れた前髪もまた几帳面で、雪のように白い肌の額を晒して、細く吊り上げるよう整えた左眉毛が端から端まで見えて、もみあげには軽く編み込みを入れており、耳にはごく小さいピアスを着けていた。

 首に従業員証を青い紐で下げており、薄緑のブラウスとスキニーパンツを着こなす怜悧な物腰で、顎に指先を添えて考え込むようにこちらを見る。

 何より印象的なのは、白いクリアフレームのメガネと、その奥にある切れ長の眼だ。

 まるで何かを見透かすような、その眼は、どこかで――――……?


「あっ……!」


 思い出した。

 そうだ、この人――――――こいつは。


「……もしかして、七支ななつか?」


 視線の主も同じく気付いて、店内から出て、見取り図までつかつかと歩み寄ってきた。

 表情はしかし、今もまだ硬くて……にこりともせず、どこかしら緊張感が漂ってやまない。

 でも、間違いない。こいつは――――知っている・・・・・


「お前……天峯あまねか?」


 そうだ、間違いない。

 同じクラスだった――――羽切はきり天峯あまね


 中学までずっと同じクラスだった――――“こっち側”の、旧知だ。






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