第五章 イケメン少年
「わぁ・・可愛い・・・いいな、これ・・・?」
見上げる娘の大きな瞳がキラキラ光っている。
それだけで、私は幸せな気持ちに包まれてしまう。
娘の反則な眼差しに、胸がキュンキュン音を立てて脈打っている。
「こ、これは・・・」
でも値札に記された金額は、とても一般の小学六年生が望むものではなかった。
「さすがに高すぎるよ・・・」
オドオドとした口調に娘の頬が膨らむ。
この表情に弱いことは十分、知っている筈だ。
時折、接待で利用するプロの女性達よりも、娘の方がテクニックが上だと錯覚してしまうほど。
「違うよっ・・ママに似合うなって・・・」
その言葉に、ようやく妻の誕生日が近いことを思い出した私だった。
妻の誕生日は6月、父の日と近い日なのだ。
だから、彼女の誕生祝と私、父の日のお祝いは同じ日に行う。
自分へのプレゼントのことを聞きたかったが、最近の冷たい娘の言動にためらってしまった。
もしも考えてもみなかったことを想像するだけで、怖かったからだ。
「そ、そうか・・・」
私は自分の勘違いに安堵のタメ息と共に呟いた。
確かに高級ブランドの店に連れていかれた時は、さすがに不安になっていたのだが。
妻の、ママの誕生日プレゼントなら納得がいった。
同時に、母親の買い物を優先する娘に、またまた胸キュンしてしまった。
私は娘の小さな指が差すものを一つ一つ、熱心に聞きながら妻へのプレゼントを選んでいった。
結局、ブレスレットとお揃いのイヤリングをワンセット購入した。
お小遣いは少ないが、理由のつくクレジット支払いはOKだから、値段のことは気にしなかった。
元々、無趣味に近い私は外での飲み歩きもしないし、特に小遣い等は不要なのだ。
家で妻の作る美味しい食事と、娘の笑顔さえあれば他には何もいらない。
無駄遣いしない分、こういう場合のプレゼントには御金を惜しむ気はないのだ。
幾分、高額かとは思ったけど何時も娘にばかり散財する私への非難を和らげることも含め、今回は奮発することにした。
只、ジッとショーケースを見つめる娘の視線が少し、気にはなっていた。
ママのブレスレットと同じデザインで、小ぶりの可愛いブレスレットをさっきから目を放さない娘に、大人に成長していく嬉しさと寂しさを同時に感じた私だった。
「じゃあ、今度こそナッちゃんの欲しいものを買いにいこうか?」
私の声も明るく、軽いものになっていた。
私は愛する娘にプレゼントできる興奮を感じていた。
こうして妻のプレゼントと同時に支払えば、クレジット明細も御許しが出るだろうから。
さすがに昼食代を切り詰めて貯めたへそくりも、底をつきはじめていたからだ。
娘の笑顔を見られることを想像して、またもや胸がキュンキュン鳴るのだった。
その時、後ろから声がかかった。
「なっちゃん・・・なっちゃんじゃない?」
娘と同じ年頃の女の子が声をかけた。
「京子・・・」
娘の声が一瞬、戸惑いに震えたのは錯覚だろうか。
女の子の隣りには、スッキリした顔立ちの男の子が立っていた。
いかにもモテそうな、イケメン少年だ。
「偶然ね・・もしかして、デート・・・?」
娘は無理に作ったような笑顔で、声をかえした。
その表情に45歳の父親の胸は、切なさでいっぱいになってしまった。
娘の初恋と、初失恋に遭遇したのかもしれない、そう思ったから。
「へへーん・・どうかしら・・・?」
そう言うと、女の子は男の子の手をとり歩き出した。
「じゃあねぇ・・夏美ぃ・・・?」
大きな声で手を振ると、雑踏の中に消えていってしまった。
その得意そうなドヤ顔に、娘のショックを思いやるしかなかった。
当の夏美は、二人の後姿を寂しそうに目で追っていた。
「な、夏美・・・」
呼び方を変えたせいか、私の声はかすれていた。
「パパ・・・」
振り返った娘の大きな瞳は潤みがちになって、頬がヒクヒクしていた。
私は何も言えず、只、娘を見守るしかできなかった。
娘は無理に作った笑顔で、小さな声で呟いた。
「ここで、待ってて・・1時間くらいで戻るから・・・」
そう言うと、振り向きもせずに二人とは逆の方向に足早に駆け出して行った。
「夏美・・・」
私は力なく娘の名前を呟き、立ち尽くすしかなかった。
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