第三章 大っ嫌い?
アウトレットのゲートの前まで、アタシは歩く速度を緩めなかった。
途中にあったコーヒーショップのガラスに、後ろからついてくるパパの姿を確かめたから。
同時に、ほくそ笑んでいるアタシの顔も。
又、ママに怒られるかなぁ?
『いい加減にしなさいよ、夏美っ・・・。』
新しくパパに買ってもらった可愛いポーチが、ママの手にあった。
見つからないように、クローゼットの奥に隠していたのに。
ママの怒りは本気らしく、唇が震えている。
『パパのお小遣い、いくらだと思ってるの?』
ママの言葉が胸に刺さる。
『こんな高そうなの・・・
私だって買ってもらったことはないわっ・・・』
ママのいら立つ声に、アタシは直ぐに言いかえした。
『だって、パパの会社ってCMでも出てくる大きい会社じゃない。
給料も高いんでしょう?』
『まあ、ませたこと言って・・・
確かに、お給料は高い方だけど・・・』
アタシの反論に、ママは口ごもっている。
だってウチは家も大きい方だし、車だって高級そうなのを乗っている。
アタシは鼻息も荒く、ママを言い負かしたことに肩をいからせていた。
ママはタメ息をつくと、仕方なさそうに言った。
『あのねぇ・・・いい機会だから、言うけど・・・』
ママの真剣な眼差しに、アタシは少し不安になった。
『パパがお小遣い制になったのは、夏美のせいなんだから・・・』
何となく予想していたことだから、驚きはしなかったけど。
『小さい頃から夏美がオネダリすると、何でも買っちゃうから・・・』
そう、パパはアタシが欲しいものは何だって買ってくれる。
『夏美、アンタの教育に悪いからって、私から頼んだのよ』
ママの説明によると、パパの収入は悪くはなく世間一般よりも高いそうだ。
だけど、娘のオネダリにホイホイ買い与える姿にママが怒ったらしい。
少し、嫉妬があったのかもしれないけれど。
確かに今以上に欲しいものを買い与えられていたら、ちょっと、いけない子になっていたかもしれない。
別に小遣い制とはいっても、クレジットカードでパパが欲しいものや必要なものを買うのは自由だそうだ。
でも、明細の中でアタシと関係がある支払いはNG。
だから、月に2万円しかない小遣いの中でパパは飲み物やお昼代にあてている。
コンビニだってクレジットカードの明細に記載されるから、それもNGなのだ。
では、どうやってこのポーチのお金が支払えたのだろう。
それは・・・。
『パパ、ここ最近、お昼ご飯食べてないみたいよっ!』
その言葉に最近、痩せ気味になったパパに合点がいった。
私は少し、シュンとなった。
このポーチ、1万円以上はするからだ。
お昼代を浮かせてまで貯めた現金で。
パパは私のプレゼントを買ってくれたのだ。
先月、三人で買い物に行ったとき、ブティックで見つけたもの。
アタシが手に取り、いいなぁと思っていたらパパがジッと見ていたの。
先週、ママがお風呂に入っている間に包み紙を渡してくれた。
開けてみて、ポーチを見つけた時の嬉しさと言ったら。
『ありがとうっ・・・パパ、大好きっ!』
ソファーに座るパパに抱きつき、頬にキスしてあげた。
『ハハハッ・・・』
パパはくすぐったそうに笑ったけど、すぐに声を潜めて言った。
『シッー・・・
ママが来る前に部屋に行って、ゆっくり見てごらん・・・』
嬉しそうに言う表情に、アタシは胸がいっぱいになった。
ポーチを抱きしめてリビングを出る時。
振り向いて精一杯の笑顔を大好きな人に向けた。
そう、アタシはパパが大好き。
物心ついた時から、この優しいパパが大、大、大好きなの!
勿論、ママも大好きだけどぉ・・・。
ママは、アタシのライバルだもん。
今日だって車の中で怒ったのは、パパが的外れな思い込みをしていたから。
パパはアタシがクラスの男の子を気にして、背が伸びるよう願っていると想像したらしい。
だけど、それは大いなる勘違いなのだ。
『パパなんて、大っ嫌い!』
私が本気でそんなことを思っている筈はないじゃない。
こんなにパパのことが好きなのに。
男の子のためじゃなく、パパのために背が大きくなりたいのだから。
だって、アタシ・・・ママに負けたくなかっただけなんだもの。
パパをはるかに見上げるのではなく、少しだけ低い位置で見つめたいの。
パパの身長は180㎝を超えている。
今年で45歳になることを、本人は少し薄くなった髪と共に気にしているみたい。
でもアタシの身長では後頭部は見えないし、スタイルの良いイケメンパパは自慢だ。
授業参観でママと二人立っている姿に、クラスの女の子達も羨ましそうに言う。
『いいなぁ・・・夏美のパパ、かっこいい・・・』
『ふふん・・・』
満足そうに鼻の穴をふくらますアタシに向かって、妬ましい視線が心地良くささる。
親友の京子は末っ子で、お父さんもアタシのパパほどはイケていない。
『夏美のママも美人だし・・・』
そう、ママも他のお母さん達と比べたらかなりイケている。
何を隠そう、アタシもクラスの中でかなりのものらしい。
何人かの男の子から、告られたりもした。
後ろを振り向くと、二人並んで笑顔を見せてくれた。
ママは中肉中背だから頭一つ半ほどひくい。
パパよりも十歳も若いので、一見、親子に見えなくもない。
でも、美男美女であることには違いない。
だからママはアタシのライバルなのだ。
夫婦仲の良い二人は、家でもイチャラブしている。
パパはアタシを溺愛しているけど、所詮は娘だ。
お嫁さんにはなれない。
二年生の時それを知って、もの凄いショックだった。
ずっと、パパのお嫁さんになるのが夢だったから。
それでも、今だけはパパを独占した気持ちでいっぱいなの。
だからぁ・・・。
いたずらな目で振り返ると、パパに向かって手を振った。
嬉しそうに小走りで近づいてくる愛おしい人に向かって、精一杯の笑顔をプレゼントした。
さっき、怒ったふりをしたお詫びに。
大好きなパパとのデート。
今日は、何をオネダリしちゃおうかな?
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