後編

『まずいな……この調子ではクラス全員のたましいがあいつに食べられてしまうぞ。』


教室では、生贄いけにえを決める5分限りの学級裁判がっきゅうさいばんが始まっていた。

しかし、すでに開始から3分が経過したにも関わらず、誰一人だれひとりとして発言するものはいなかった。


女子生徒たちは恐怖きょうふのあまりすすり泣き、男子生徒たちは誰かが名乗り出るのを期待し、ただじっと机の上でうつむいていた。

親友の啓介けいすけも他の生徒と同様に、おびえたような目で俺の顔をじっと見つめているだけだった。


「さあさあ、残りはもう2分しかないぞ。誰でも良いから早く私の元へ新鮮しんせんな魂を持ってこないか。」


一方で《たましい美食家びしょくか》はこの状況を楽しんでいるようで、ニヤニヤと笑いながらことのきをうかがっていた。


『……《魂の美食家》は誰でも構わないから、魂をひとつ差し出せと言った。やつの言うことを信じるのであれば、このクラスにいる全員を救うことができる方法がひとつだけある。だがしかし……悔しいな……俺にはそれを伝えるすべがない。くそっ!一体どうしたら……!』


そんな中、クラス委員長の高村たかむらくんがおもむろに席を立ち、《魂の美食家》がいる教壇きょうだんへ向かっていく。


『高村くん……!まさか!』


「俺がお前の生贄いけにえになる。だから……他のみんなを解放してやってくれ。」


高村くんは震えた声でそう言った。

その答えを聞いた《魂の美食家》は満足げな笑みを浮かべる。


「よかろう、勇気あるものよ。では私の前に立つのだ。」


言われるがまま、高村くんは《魂の美食家》のいる教壇きょうだんの前に立つ。


『待ってくれ!高村くんが犠牲ぎせいになる必要はない!たのむ……!気付いてくれ啓介けいすけ!親友のお前なら、俺の声を聞いてくれ!俺を……俺を……高村くんの代わりに生贄いけにえに差し出してくれ!』



******



「ちょっと待ってください!」


気付いたら僕は、教室中にひびき渡る大きな声をあげていた。


「なんだ?君が代わりに魂を差し出すというのかね?」


《魂の美食家》は怪訝けげんな目で僕を見る。

僕はその質問に答えずに、親友のコージと一緒いっしょに《魂の美食家》の前に立った。


凡田ぼんだくん……いいんだ、俺はもう覚悟かくごを決めたから。君が犠牲ぎせいになる必要なんかないよ。」


高村くんはこんな時でも、僕に引き下がるように説得せっとくしてくれる。

こんないいやつ犠牲ぎせいにすることなんて、僕にはできない。


「大丈夫だよ、高村くん。僕に任してくれ。」


僕は高村くんに優しく笑いかけたつもりだったけど、少しひきつっていたのかもしれない。

高村くんは不安そうな表情を浮かべながら、僕の後ろに下がった。


「それで?凡田とやら。君が魂を差し出すということで良いのかな?」


《魂の美食家》は再び僕に問う。

その問いに対して、僕は小さく首を横に振った。


「いや……僕じゃない。魂を差し出すのは唯一無二ゆいいつむにの親友だ。」


そして僕は、コージが乗っている右の手のひらを《魂の美食家》の前に差し出した。


「………これは一体なんという生き物なのだ?」


《魂の美食家》は興味深げに僕の手のひらの上にいる親友をじろじろと見る。


だ。この世界にいる昆虫こんちゅうだけど、見たことないか?」


「ああ、はじめて見る生き物だ。私と同じように立派りっぱなツノを持っていて、実に雄々おおしいではないか……それで?私に献上けんじょうするのはこのカブトムシの魂ということで良いのだな?」


「お前は、魂をひとつ差し出せと言った。だったらそれは人間のものじゃなくたっていいはずだ。」


僕の答えに、《魂の美食家》はニヤリと笑う。


「ククッ、確かに君の言う通りだ。では、気が変わらぬうちにこのカブトムシとやらの魂をいただくとしよう。」


そう言うと、《魂の美食家》はコージの前に手をかざした。

すると、コージの身体からだの中から小さな光の玉が飛び出し、その玉は《魂の美食家》の口の中へと吸い込まれていった。


あっという間の出来事だった。

を食われたコージは、僕の手のひらの上でひっそりと息絶いきたえていた。


「あ……あああ……」


悲しみに暮れる僕とは対照的たいしょうてきに、《魂の美食家》は満足げな表情を浮かべていた。


「ほう!人間のも美味うまいが、カブトムシもまた濃厚のうこうで味わい深い!うむ!これはまことに美味びみであるな!感謝しよう凡田とやら!君のおかげでまた新たな味を知ることができた!こうしてはいられない、すぐにこの世界中にいるカブトムシを探しにいくとしよう。それでは諸君しょくん!さらばだ!」


《魂の美食家》はパチンと指を鳴らし、一瞬いっしゅんにしてその姿をくらます。

そして教室をおおっていた暗闇くらやみ徐々じょじょに晴れていき、やがて見慣れた日常の風景へと戻るのであった。


「終わった……のか?」


「助かった!助かったんだよ、俺たち!」


「よ、良かったあーーー。」


脅威きょういが去り、クラス中のいたる所で安堵あんどする声が上がる。


何人かのクラスメイトが僕の方にってきて何かを話しているようだったが、その内容は僕の耳に全く入ってこなかった。


その場にいることが辛くなった僕は、動かなくなった親友をかかえ教室を飛び出した。



******



学校の裏山にある木の下に穴をり、僕はそこにコージの亡骸なきがらめた。その上に小石を三つほど積み重ね、近くに生えていたハルジオンの花をみ、石の横にそっとえて、コージの小さなお墓が出来上がった。


多分もう3時間目の授業が始まっているだろうけど、とても教室にもどる気にはなれなかった。


「凡田くん、ここにいたのか。」


「高村くん……」


そこに姿を現したのはクラス委員長の高村くんだった。


「それ、カブトムシのお墓?」


「うん。」


「俺も供養くようさせてもらっていいかな?」


「ああ……いいよ。」


僕の承諾しょうだくを得て、高村くんはコージが眠る墓の前で静かに手を合わせた。


「……凡田くん。正直に言うと、君のことはカブトムシとばかりおしゃべりしている気味きみわるやつだと思ってた。でも、君にとってこのカブトムシは親友だったんだよね。」


「……うん。」


「本当に、ごめん。」


高村くんは僕の方に向き直ると、深々ふかぶかと頭を下げた。


「いいんだ。それに、信じてもらえないかもしれないけどさ、カブトムシが僕に向かって言ったんだよ。『俺を高村くんの代わりに生贄いけにえに差し出してくれ!』ってさ。」


「…………。」


馬鹿ばかみたいって思うだろ?カブトムシがしゃべる訳なんてないのにさ。だから別に信じてくれなくても……」


「信じるよ。俺は、啓介を信じる。」


高村くんは僕の言葉をさえぎり、きっぱりと言い放った。


「あっそう……てゆーかどうしたの?急に僕のことを下の名前で呼んじゃってさ。」


「まあまあ、いいじゃないか。俺たちもう友達なんだからさ!」


「はあ?何でそんなこと勝手に決めるんだよ!?大体僕は君の下の名前だって知らないのに……」


「ええ!?俺、クラスの委員長もやってるのに下の名前も覚えられてないのかあ。なんかショックだけど、まあいいかあ……俺の下の名前は浩二こうじ高村たかむら 浩二こうじだよ。これからよろしくな、啓介!」


人懐ひとなつっこい笑顔で握手あくしゅを求めてくる高村くんを見て、僕は小さくクスッと笑ってしまう。


「……コージ、か。不思議ふしぎなもんだね。なんだか、君とは仲良くなれそうな気がするよ。よろしくね、浩二コージ。」


僕は差し出された浩二の右手をにぎり、固い握手を交わす。


そうして、この日をさかいに僕と浩二は親友となった。


浩二はコージと違ってよくしゃべるし、しょっちゅう喧嘩けんかだってするけれど、こういう関係も悪くないなと最近になって思うようになった。

きっとこれはコージが命をけてつないでくれたえにしなのだろう。

僕はそう都合つごうよく解釈かいしゃくして、生きていくことに決めた。




余談よだんにはなるが、その年の夏、世界各国でカブトムシの死骸しがいが大量に見つかるというニュースが怪事件かいじけんとして世界中をにぎわすことになるのだが、それはまた別のお話である。





おわり

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5分限りの学級裁判 橋暮 梵人 @bonto0602

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