5分限りの学級裁判

橋暮 梵人

前編

僕の名前は凡田 啓介ぼんだ けいすけ

名前の通り、取り分けひいでた才能の無いごく普通ふつうの中学二年生だ。


僕の日々の生活も至って平凡へいぼんだ。

朝起きて学校へ行き、一通りの授業を受けて、夕方5時には帰宅する。

このサイクルをただ繰り返すだけの日々を送っている。


そんなサイクルを繰り返しているうちに、いつしか僕はクラスから存在となっていた。


決して、いじめられているという訳では無い。

むしろ、僕のクラスの雰囲気は客観的きゃっかんてきに見て良い方だと思う。

クラス委員長の高村たかむらくんを中心にクラス全体がよくまとまっていると感じるし、素行そこうの悪い生徒がいる訳でもない。


学校行事にも、クラス一丸となって全力で取り組む姿勢は『THE 青春』って感じがする。


しかし、僕がその『THE 青春』の輪の中に入ることはない。


クラスのみんなが『THE 青春』をしている中、れ物のような扱いを受けている僕は一日の大半を机の上でボーッと過ごしていた。

クラス内の和を乱さず平凡なりに頑張ってきたつもりだったが、クラスメイトの僕に対する態度は一向いっこうに変わらなかった。


しかしそんな僕にも、親友と呼べる男がいた。

小学校からの付き合いで、当時からよく公園で一緒に遊んでいた唯一無二ゆいいつむにの親友だ。


他人をファーストネームで呼ぶことなどめったにない僕だが、彼は特別な存在ということもあって、僕は彼のことを『コージ』と呼んでいた。



******



「まあ、別にクラスで浮いてたっていいんだけどね。だって友達が多いと色々大変だもん。親友と呼べる奴が一人いるぐらいで十分さ。コージ、君もそう思うだろ?」


放課後。

誰もいなくなった教室で、僕は目の前にいる唯一の親友に愚痴ぐちをこぼした。


「………。」


コージは無言で小さくうなずいた。


「やっぱりそうだよな。コージならわかってくれると思ったよ。」


僕はコージが同意してくれたことが嬉しくて、ニヤッと笑った。

コージは無口な男だが、僕の不満や愚痴ぐちなどをただ静かに聞いてくれる。


僕はコージと過ごす、この時間がたまらなく好きだった。


誰にも届かない僕の言葉を、コージだけが優しく受け止めてくれる。

それがまるで僕の存在を肯定こうていしてくれているようで、すさんだ心が満たされていくのが自分でもわかった。


客観的に見れば、僕の学生生活は決して充実しているとは言えないだろう。

それでも、僕は目の前にいる親友と他愛たあいのない話をする日常を送ることができればそれだけで十分だった。


そう、僕は思っていた。

しかし、そんな日常はある事件をきっかけにあっけなくくずれ去ってしまう。



******



それは忘れもしない、6月14日の火曜日。

二時間目の授業が終わった休み時間には起きた。


バアン!という大きな音とともに僕のいた教室は大きくれ、数人の生徒がしりもちをついた。


最初は地震かと思ったが、そうではないということがすぐに分かった。

同じく異変いへんに気付いた一人の生徒がおびえたような声を上げる。


「ひィッ!!お……お前一体なんなんだよ!!どこから入ってきたんだ!?」


いつの間にか教壇きょうだんには、およそ人間とは思えないが立っていた。

紫色むらさきいろはだ、切れ長の緑色の特筆とくひつすべきはひたいから生えた長さ30cm以上はあろう鋭利えいりつの

その異形いぎょうものおびえる生徒たちを見渡し、ゆっくりと話し始めた。


「私は……そうだな……《たましい美食家びしょくか》とでも呼んでもらおうか。私は君たちにとある要求ようきゅうをしにここへやってきた。」


「要求?それは一体なんだ?」


大量のあせをかきながら、委員長の高村くんが《魂の美食家》に問う。


「なに、簡単かんたんな話だよ。私の前にこの場にいる者のを一つ差し出せ。」


「この場にいる者の魂……だと?言っている意味がさっぱりわからない。」


「わからんか?この世界の生きとし生けるもの全てが持っている『魂』だよ。誰のものでも構わないから、それを一つ私にくれないかと言ってるんだ。」


「魂の意味自体はわかる。俺が言っているのは、その魂を差し出せっていうのは一体どーゆー意味なのかって聞いてるんだ!」


「そのままの意味だよ。私がここにいる者の魂を引っこ抜いて食べるのさ。何せ私はこの世界の生き物の魂が大好物でね。こうして度々たびたびこの世界に降り立っては、魂をむさぼっているのさ。」


「ちょっと待て……!もしお前に魂を食われたら……食われた人間は一体どうなるんだ!?」


「んー……残念だけど、死んじゃうよねえ。」


《魂の美食家》はわるびれもせず、言い放った。

その不穏ふおんな言葉を聞いた生徒たちは、途端とたんにざわつき始める。


「ふざけるな!そんなことゆるされる訳ないだろ!だれか大人を……先生たちを呼んできてくれ!」


高村くんは一人の女子生徒に呼びかける。

しかし──


「あれ……?開かない!教室のとびらが開かないよ!!」


「だめだ!教室の窓も開かない!てゆーか教室の外、暗闇くらやみになってて何も見えないよ!」


一人の生徒が言った通り、廊下側ろうかがわも、そして本来校庭が見えるはずの窓側まどがわも、漆黒しっこく暗闇くらやみりつぶされていた。


「こいつの仕業しわざか……!」


高村くんは《魂の美食家》をにらみつける。


「その通り、誰も助けになど来ないさ。でも、魂を私にくれさえすればすぐにでも解放してあげるよ。」


「くそっ……!なんて理不尽りふじんな……!」


理不尽りふじん?私はそうは思わないね。だって君たちだって何のつみもない牛や豚の肉を一方的に食べるだろう?私が魂を食べるのは、それと同じことさ。

それにさ、これでもだいぶ謙虚けんきょに出た方なんだよ?本来ならこの場にいる全員の魂を食ってやってもいいけど、それだと私のお腹がいっぱいになってしまうからねえ。それは美食家としての流儀りゅうぎに反する。

だから、ほんの一つだけでいいんだ。ちょうど魂一つ分ぐらいが美味おいしく食べることができる量なのだよ。」


もっともらしい正論せいろんく《魂の美食家》に対して、若干じゃっかん14歳の生徒たちは反論することもできず押しだまってしまう。

しかし、そんな中でも唯一ゆいいつ高村くんだけは《魂の美食家》に食い下がっていた。


「それを断る……と言ったら?」


その質問に《魂の美食家》がにんまりと笑いながら答える。


「美食家の流儀りゅうぎに反することを、しないといけなくなっちゃうねえ。」


その不気味な笑顔に、クラスにいる全員が戦慄せんりつした。


そしてついに、一人の生徒が決して言ってはならない言葉を口に出してしまうのであった。


「ねえ。誰がこいつの生贄いけにえになるの?」


一瞬にして、教室の中は静まり返る。

誰か手を挙げて、生贄いけにえに名乗り出る者はいないだろうか?

そのようなあわい期待がこもった沈黙ちんもくが30秒ほど近く続いた。


しかし、そんな勇者が現れるはずもなく、しびれを切らした《魂の美食家》があきれたように大きくため息を吐き、とある条件を生徒たちに提示ていじした。


「5分だ。その間に誰の魂を差し出すのかを決めろ。もし、その時間をえてなお抵抗ていこうしようというのなら手近てぢかにいるやつから順に魂を食っていく。良いな?」


《魂の美食家》は威圧感いあつかんのあるで、生徒たちをギロリとにらむ。


教室の壁にかけてある時計の針は、午前10時55分を指していた。

つまり、11時になるまでに一人生贄いけにえを差し出さないと全員の魂が食われてしまうということらしい。


悪夢あくむのような現実を受け入れ腹をくくった生徒たちは、生贄いけにえを決める5分限りの学級裁判がっきゅうさいばんのぞむのであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る