紙袋の旅立ち

さくさく

紙袋の旅立ち

「ありがとうございました~」


女性店員がおしゃれに着飾った女子高生にあたしを手渡す。

渡された女子高生は、あたしを受け取って満面の笑みを浮かべる。

憧れていたこの時がついにやってきたのだ。



長い間、レジカウンターの下に積まれていたあたしは、ついに今日、外の世界に飛び出した。あたしの中には水玉模様のカットソーが一着。


欲しかった洋服が買えた女子高生は、あたしを肩から下げて自慢げに大通りの横断歩道を歩く。通りすがりの女子高生がうらやましそうにあたしを見つめている。



あたしは女子中高生に人気のブランドの紙袋として、この世に生まれた。


白地に銀色で綴られたお店のロゴが太陽の光に映えて目立ち、あたしと一緒に歩くとたちまち注目の的となる。それが目的でこのお店で洋服を買う女子中高生もいるくらいだ。


女子高生はあたしを連れてご機嫌で電車に乗り、自宅に帰ってきた。




自宅に戻った女子高生は、早速あたしの中にいた水玉模様のカットソーを広げて鏡の前でファッションショーを繰り広げている。鏡の中の自分に夢中で、あたしは部屋の隅に追いやられた。


「ねぇ、お母さん。この紙袋もう使わないんだけど、どこに片付ければいい?」

部屋の前を通りすがったお母さんに、女子高生が声をかける。


「あらそうなの? これ、厚くて丈夫そうでいいじゃない」

お母さんはあたしを持ち上げて底を眺めている。


「そうだ。お父さんが仕事へ行く時持っていくのにちょうどいいわ。使ってもいい?」

「うん、いいよー。あっ、見て見て、いいでしょ~」

女子高生が机に向かっている中学生くらいの妹に、着ているカットソーを自慢げに披露する。


「……よかったね」

妹は姉をちらりと見たが、ため息をついて、読んでいた本に再び目を落とした。


「もー、暗いなー。春なんだから、明るくいこ! 明るく!」

「お姉ちゃんはいいよね、悩みなさそうで」

「そうだね、悩みなんてないね。学校も遊びも楽しいし!」


妹は読んでいた本を閉じ、再びため息をついた。




次の日の朝、あたしはお母さんに連れられて台所に来た。

あたしの中には二段重ねの細長いお弁当箱と水筒、そしてタオルが1枚投入された。


「はい、お弁当」

「あぁ、ありがとう。いってきます」


お母さんに見送られて、あたしはお父さんと一緒に家を出た。


徒歩15分ほどかけて駅に向かうあいだ、あたしは今日も通りすがりの人達から注目を浴びた。あたしは堂々とお父さんと一緒に電車に乗り、注目を浴びながら会社というところに着いた。




「あ! おはようございます、部長。……あら?」


職場に姿を現したお父さんに、二十代後半くらいの女性社員が挨拶をし、口元に手を当ててちょっとだけ微笑んだ。


「あぁ、おはよう」

「部長、……それどうなさったんですか?」

「え?」

「紙袋ですよ、紙袋」

「紙袋?」


どうやらあたしが話題になっているようだ。それを聞きつけて近くにいた他の女性社員も「なになに?」とやってきた。やっぱりあたしはすごい。二十代後半の女性からも注目を集めるなんて。


「その紙袋、今、女子中高生に人気の洋服店の物なんですよ」

「そうなのか? あっ!」


お父さんが思い出したように叫ぶ。


「それでか!すれ違う若者がみんな私を見てくすくす笑ってたのは!」

「やっぱり」


女性社員たちもくすくすと笑っている。


「持つのが悪いとは言わないですよ。でも女子中高生にドンピシャのブランドの紙袋を五十代の部長が持ってると……やっぱり目にとまりますよねー。このお店、ロゴも目立ちますし」

「いやー、なんか知らんが今日は電車でも路上でも、すれ違う人がやたらと私をジロジロ見ると思ってたんだ。これ、娘が洋服を買った店の紙袋らしいんだが、それでかぁ!」


お父さんが頭に手をやり天を仰ぐ。






え?




……あたしと一緒に居て、お父さんは笑いものになってたの?




…………うそでしょ?






お父さんは「帰り道でも注目を浴びるのは避けたい」と、コンビニでコーヒーを買い、ほんとなら必要ないのに三円のコンビニ袋も買って、お弁当箱と水筒とタオルをその袋に入れかえ、あたしをたたんでカバンの中に仕舞い込んでしまった。

あたしはカバンの中で泣きそうになりながら、膝を抱えるようにして一日を過ごした。




「いやー、参ったよ。この紙袋は持つ人を選ぶようだな」

「そうだったの……ごめんなさい、丈夫そうだからいいかなと思ったんだけど」


お父さんが今日の様子をお母さんに話している。

あたしが原因でお父さんとお母さんがしょんぼりしている……


外の世界は思っていたより難しいみたいだ……

あたしはもう、物置の紙袋置き場のような所に片付けられて太陽の光に映えることなく黄ばんでいくのかな……




次の日の朝、お母さんが大慌てで妹に声をかけた。


「ごめん!体操着袋、洗っちゃってまだ乾いてないの!今日はこれに体操着入れとくね!」

あたしの中に妹の体操着が投入された。


「えぇ……?こんな目立つ紙袋やだ……」

「今日一日だけ!ごめんね!」

妹は通学カバンを持ち、イヤそうにあたしを肩にかける。


「いってきます……」



あたしはいつの間にこんなにみんなから嫌われるようになったんだろう?

悲しくてまた涙が出そうになった時、遠くから声が聞こえた。



「安本さーん!」


校門を入り校舎に向かって歩く妹に、クラスメイトらしき女子中学生が駆け寄ってきた。


「その紙袋どうしたの?!」

「え……? ……これお姉ちゃんが洋服を買ったお店ので……」

妹がたどたどしく答える。


「あたし、このブランド大好きなの~!」

クラスメイトの女子は満面の笑みでそう叫んだ。


「……そ、そうなの?」

「ねぇねぇ、今度このお店に一緒に洋服見に行こうよ!」

「う……うん……」

「あっ、あたし川北小出身の徳永美玖とくながみく! 一緒に教室行こっ!」



「……うん!」



クラスメイト女子は、あたしを肩にかけた妹の手を引いて教室に走り出した。

引っ張られて妹も走り出す。

妹があたしの持ち手の紐を握りしめて微笑む。



妹は、この春中学校に入学したものの友達が出来ずに悩んでいたらしい。

こんなあたしでも少しは役に立てたのかな?


妹の机に引っ掛けられたあたしは、教室の窓際の席で、堂々と太陽の光を受けとめてキラキラと映えた。



(了)



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紙袋の旅立ち さくさく @sakusaku1521

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