パタパタお母さん。



 私達が銀級のヒートゲージを下げ切り、そしてお父さんの銅級ソロチャレンジも無事に終わってから一週間が経過した。


 今日も浅田家は平和です。


 何より、お家の中が幸せでいっぱいなのだ。


 どんな幸せでいっぱいなのか。それが見たかったらまず、リビングへ行きます。


 するとお仕事をちゃんと引き継ぎとか終わらせてから辞めてたお父さんが、リビングでコーヒーを啜ってる。


 お父さんはレベルアップの恩恵で若返りまくって、見た目が若々しい大学生くらいにまで戻ってる。


 その上で、過酷なダンジョンで鍛え上げたムキムキの肉体と、そしてお父さんが覚醒した『紅犬』と言うスキルの恩恵で生えた犬耳。


 そう、お父さんはイケメン犬耳パパになっちゃったのだ


 これに一番ダメージを受けてるのは誰だろうか? 言わずもがなお母さんだ。


 お父さんとお母さんはとっても仲良し。二人とも二児の親だと言うのに熱々夫婦なんだ。


 お母さんはお父さん大好きだし、お父さんもお母さんが大好きだ。


 問一。そんな関係の二人が、と言うかお父さんが、ある日突然イケメン犬耳パパになってた時とお母さんの心情を答えなさい。


 答えは、「だめ無理尊いしゅき……」でした。ちなみにお母さんの口から実際に出た言葉である。


 今もキッチンの影からお父さんを見てはパタパタ動いてキャーキャーしてるお母さんが無限に可愛い。


 お父さんがイケメンになって来たから心臓が耐えられず、真っ赤になった顔をパタパタ仰いだり、無意味に手を腰の周りでパタパタさせたり、とにかくパタパタしてる。


 ここ数日のお母さんはとてもパタパタしてる。


 お父さんも気が付いてて、これには苦笑い。あまり自分から動くとお母さんが倒れそうだから放っておいてるみたいだ。


「………………平和だねぇ」


「そうだねぇ、おねーちゃん」


 そして、そんな平和な浅田家で私と真緒は何をしてるかと言うと、可愛いお母さんを撮影して配信中だ。


 犬耳お父さんに萌えてパタパタするお母さんが萌えるので見て下さい配信。


 こんなんでも同接二億超えのアカウントだからね。これでパンクしないDMは怖いよねぇ。


 思う存分お母さんを撮影したら、真緒と一緒に自室に戻って配信のコメント返しだ。


「どうでした? 私達のお母さん可愛いでしょ?」


「でしょー?」


 カメラとパソコンに向けてニマニマすると、コメントで大量の共感コメントが得られた。コメが爆速で流れてくから全部は見れないけど。


 他にも、冒険者ギルドいつから始まるのかとか、色々と実務面でも質問が飛ぶけど、これはお父さんと銅級で喋ってた内容についてかな?


「えーとですね、まだ先になりそうなんですよね。まず単純に人材足りないですし、お父さんが各所に申請を色々と回してる段階でして」


 お父さんはお仕事を辞めた。まぁ、考えてみれば覚醒者の娘や妻が居る時点で遅かれ早かれといったところだった。


 それでお父さんが何をするかと言えば、アタッカーが集めた素材を買い取って企業に売り捌く『冒険者ギルド』の設立を目指してる。


 既に類似する仕事はあるんだけど、この場合は恐らくウチの一人勝ちになる。


 まず使えるネームバリューが違う。銅級ダンジョン単独踏破者が二人に、残り二人もダンジョン制覇はしてる。間違いなく世界最高峰の人員だ。


 そんな人達が素材を提供する会社だと言えば、多少マージンを取られたところで企業も利用せざるを得ないだろう。


 一度そうなってしまえば、その流れはもう止められない。

 

 浅田家が独占してる素材を買うついでに他の素材も依頼が集まるだろうし、そうなればお父さんが相場を調整してアタッカーと企業の折り合いを付けて行けば磐石の体制を築くことが出来る。


 そしてその形さへ出来てしまえば、今度は企業に安く使われる事を嫌うアタッカーが冒険者ギルドに集まり、流れが鈍化した頃にはもう企業はウチを利用せざるを得ない状況から抜け出せなくなってる。


 だって、冒険者アタッカーは企業に直接卸すよりウチに売った方が高く買ってもらえるし、そして企業もコストカットを意識してモタモタしてたらウチを利用して素材を得てる同業他社に置いてかれる。


 もちろん、ウチよりも高額を出せば人材は得られるのだろうけど、それはそれで『そんな高額を積むならウチを使えば良いのでは?』となる。


 圧倒的なネームバリューによって一気にこの形を作ることで、お父さんはそれを為そうとしてる。我が父ながらやり手だなぁって思う。


 画面を見て『ニクスちゃんかわいいー!』ってコメントを拾った真緒がニコニコしながら画面に手を振った辺りで、今日の配信はここまでにしようか。


「それでは、そろそろ夕食の時間なので失礼しますね」


「ごしちょー、ありがとーございましたぁ〜!」


「「ばいばーい♪︎」」


 配信を切って、お父さんが十層で漏らした情報の波を反芻した。お父さん本気だなぁ。


 なにも、お父さんはワガママだけでダンジョンに潜った訳じゃ無かった。これも目的だったんだ。


 娘の苦しみを理解したうえで、それら全部をひっくり返せるくらいの幸せを用意する。


 蒼乃フラムに寄り添う父親がダンジョンをソロ討伐。そのネームバリューを持って冒険者ギルドの設立とスタートダッシュを決め、私に降りかかる面倒事を『ギルドへのクエスト』と言う形でワンクッション置き、そして私以外にも回せる仕事ならそうやって調整する。


 全部、全部がお父さんの目的。何一つ『やぶれかぶれ』じゃなかった。もちろん運の要素もあったんだろうけど。


 ただ、惜しむらくは……、


「私は、こんなにも私の幸せを願ってくれるお父さんの娘に産まれて、もう既に世界で一番幸せだって事をお父さんが理解してないんだよね。マーちゃんはどう思う?」


「ほんとだね〜」


 二人で笑い合うこのささやかな時間さえ、私にとってはダンジョンの苦悩をひっくり返せる程の幸せなのにね。


「もう、お父さんはやっぱり分かってないなぁ」


「でも、そんなお父さんも大好きだよねっ」


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