守護足る者。



 掠れる意識で、私は満足感を得ていた。


 ああ、師範強い。だから、きっと私も強くなれるんだろう。


 ◇


 今日、入門して来た幼子を見る。


 形稽古の筋は良く、文句も言わずひたむき。強さを求めて貪欲な姿勢は、門下の若者達にも見習わせたい程だった。


 一度、稽古の内容をより本人へ合った物へと変えるべく、実力を知るために打ち合った今、何度打たれても、どれだけ地を転がろうとも立ち上がる精神性。


 これこそ真の武士もののふであると手を叩きたい心地だ。いや、とても気分が良い。


 今の自分は、幼子を打ちのめして『気分が良い』酷い奴に見えるのだろうが、そこでは無い。


 こんなにも小さき身で、しかし大人にも勝る闘争心を宿せるのだと知って高揚しているのだ。


「本当に、門下の者に見習わせたいものだ。…………さて、では、床に寝かせておくのも可哀想だ」


 本当に、本当の本当に最後の一滴まで気力を振り絞って戦った小さき者。名をフラムと言ったか、この戦士を床に寝かせておくのは不義理であると思った自分は、とりあえず妻の寝台ベッドでも借りて寝かせてやろうと思って手を伸ばす。


 5000DDを払ってでも技を学びたいと願った小さき者。


 何度打ち添えても立ち上がって来た小さき者。


 その目は遠く大事な者を見て、しかし視線は敵から離さない。ああ、理想的な武士もののふだ。本当に、もしフラムがサナの民であったなら、息子の嫁に是非欲しかった。


 若干、今も望んでる。なんなら「子を成せるなら種族が違っても良いか?」などと考えてる。


「ふむ。息子の未来の嫁になるかも知れんしな、丁重におもてなし--……」




 突然、伸ばした手が燃える。




「--むッ!?」


 倒れ伏したフラムに伸ばした手を引く。


 蒼く燃え盛るそれは、フラムの物だ。


「まさか、気を失ってもまだ…………!?」


 驚くが、しかし違った。


 ぼ、ぼぼっ、ぼぼっぼぼっぼ……! そうやって不規則に吹き出す蒼き炎が獣を象りかたどり、一瞬で自分の前に現界する。


 その蒼き炎の獣は、フラムを守るように現れ、そして自分を睨む。その視線だけで自分を殺そうとするように、溢れ出る気持ちをそのままに叩き付けて来る。






 --ぼくのゆうこにさわるなっっ……! みくだすなッ……!






 強烈な思念と殺意が叩き付けられ、私は戦慄せんりつする。その感情の中身がどんな物かを詳細に知ることは叶わないが、それでも親の仇を怨むような感情を向けられてる事は理解した。


 やがて獣はフラムの体へと重なるように移動し、溶けていき、最後は消えて居なくなった……。


 否、否だ。居なくなってなど居なかった。


 フラムへ重なった獣は、フラムの中へと入り、フラムを動かして立ち上がったのだ。


 蒼く燃える獣の耳が生え、蒼く燃える獣の尾が生え、手足は轟々と燃え盛って、それこそ獣の毛並みが如き様相ようそうへと変わった。


「………………なるほど。おぬしは、フラムを守護する者なのだな。なれば、一手仕合うかね」


 そう口にした瞬間、蒼く燃える獣と化したフラムは自分へと襲いかかった。


 その動きは先程よりも乱雑に過ぎ、しかし洗練された野生を感じ、どちらが良かったかを比べる物でも無かった。


 ただ、単純に獣が守るフラムは強い。


「ぬぅう! やりおるッ……!」


 フラムには斧で相手をして、その使い方を指導しながら打ち添えた。しかし、無手である獣フラムへは同じく無手で応じる。そして獣フラムはその獣性を遺憾無く発揮した様は、自分をして本気を出さざるを得ない。


 拳を交えれば分かる。


 この獣は、フラムが大事なのだ。稽古の事も理解して、しかし我慢出来なかったのだ。


 愛する者が地に伏せる。その姿を目にする事が我慢ならないのだろう。


「ふむ! むふむふ! 良いぞ、その癇癪かんしゃくに付き合おうぞ!」


 ああ、しかし、強者つわものと戦うのは心が踊るな!


 フラムと言う有望な若者に教えを残せて、こんなにも強き獣と拳を交わせる。ああ、今日はなんと良き日なのか!


 今晩は妻とゆっくり晩酌でもして、大いに語り合いたいところだ。


「さぁ往くぞ蒼き炎の獣よ! フラムが目覚めたらきっとおぬしを紹介して貰おうか!」


 

 この日、自分は久方振りに本気・・を出した。


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