趣味では無い。



 騒がれる前に立ち去ろうとするが、その時にはガッツリ腕を掴まれてた。


「もしかして、蒼乃フラムさんの、パッパさん……?」


「お父様なので、ごぜいますか?」


 紅犬を憑依してる今なら振りほどくのも簡単だが、相手だって腐っても四層まで来たアタッカーだ。トラブルは避けたい。


 二対一でも、恐らくは勝てる。


 優子の『蒼』がドレイン効果を持つように、真緒の『白』が停滞効果を持つように、彩の『紫』が概念的な貫通効果を持つように、俺の紅犬にも効果がある。


 俺の『紅』は強化だ。恐らく、この紅を宿した物の性能を引き上げる効果を持つ。


 スキルに覚醒した時、無理やりに脳へ刻まれた感覚だけで理解するとそういった能力だった。詳しくは家まで帰った後に、何かしらの端末でDMへアクセスしてステータスを見よう。


「…………離してくれないか?」


「あ、ごめんなさいっ……」


「でも、ちょっとだけ! ちょっとだけで良いので! お話し出来ませんか!?」


 紅犬の『紅』は、恐らくは召喚した紅犬そのものを強化し、そして憑依してる今なら俺自身も強化出来てる。能力と戦力を嵩増し出来ると思えば、かなり破格のスキルだろう。


 まぁ破格じゃないスキルなんて有るのかって話だが。


 俺が今持ってる魔力では、紅犬は五匹呼ぶと息切れする。まだ魔力が少ないからだろう。そして一匹は既に俺へと憑依してる。もう一匹は偵察に出してる。


 五匹で息切れだから、余裕を持つなら四匹までがベスト。もう二匹使ってるから、召喚出来る残数は二匹。だがそれでも三対二へと持ち込めて有利だ。


 偵察に出してる紅犬は今急いで呼び戻してるから、そいつも加えれば四対二だ。


 召喚中の紅犬は、ある程度は俺と意識が繋がってる。だから遠方に居ても指示を出せるし、紅犬からの簡単な報告ならその場で受け取れる。


 完全に自我へと蓋をして遠隔操作するような事も出来るが、紅犬自身が自律して行動する方が楽なので、基本的にそのまま使ってる。


 優子達のスキルほど汎用性は高くないが、代わりに応用性は高いだろう。紅犬を敵へと走らせて飛び道具代わりにしたり、ナイトのように呼び出す大きさは自在なので乗り物にも出来る。大きいとその分余分に魔力を使うのだが、機動性の確保は重要だから些細な問題だ。


 憑依してる間は五感も鋭くなるからレーダーやセンサー代わりにも出来るし、紅犬自身を偵察にも出せる。自分に召喚すれば自己強化スキルにもなり、恐らくは他人にも同じことが出来ると思う。


 おおよそ、守り以外はなんでもこなせる万能スキルだ。守りだって紅犬を肉壁にすれば可能かもしれないが、ナイトと同じ見た目の紅犬達を肉壁になんて出来ない。無理だ。それなら俺が肉壁になる。


「…………はぁ、分かった。だが手短に頼む」


 戦闘も含めたトラブルと、多少の会話。どっちが良いかと思案して、俺は折れた。


 早くしないと娘が駆け付けてしまう可能性が高まっていくので、なるべく無駄な時間は過ごしたく無いのだが、この階層の階段すら分かってない今は穏便に行こう。トラブった階層に長く居ると何があるか分からないからな。


 娘と同じ道を行きたくて、ダンジョンマップなど少しも調べてない事が仇になったな。


「えと、じゃぁ、その犬耳はなんですか!? 趣味!?」


「スキルだ」


 簡潔に、喋り過ぎない。と言うか趣味な訳無いだろう。ダンジョンに来て装備も端末も手放して、犬耳コスプレだけは手放さないって完全にヤバいやつじゃないか。


 なんだ、ナイトの亡骸を手放さなかった優子の真似か? ぶっ飛ばすぞコノヤロウ。コスプレ用の犬耳がうちのナイトの代わりになるか。


「………………えと、あの」


「な、なんでお一人で、装備もなく……?」


「娘が経験した三ヶ月を、自分も味わう為だ」


「それは、あの、なんでまた……?」


「娘の苦しみを一つも理解出来ないまま、薄っぺらい言葉で大事な娘を慰めたくないからだ」


 手短に答えていき、段々と俺が交流を求めて無いことを悟った二人は、最後に食料などは必要かと聞いてきて、それで終わった。


「態度が悪くて済まないとは思ってる。君達の善意も理解してる。ただの、馬鹿な男の馬鹿なワガママだと思ってくれて構わない」


 去り際に一応の謝罪を挟み、呼び戻して近くに待機させてた紅犬と共に森の奥へと進む。


「善良で心根の優しい青年たちだったな。叶うなら、彼らは長生きして欲しいものだ」


「ゎんっ!」


 そばを歩く紅犬を撫でながら、森の中を歩いて階段を探す。


 ついでに食料となりそうなモンスターや、キノコや野草も探しては採取して行く。


「四層は獣が多いから、毛皮で物を作るならこの階層だな。優子も水袋や背負い袋は此処で作ってた」


 そして、水袋には噴水から得た水と獣の血を混ぜて飲んでいた。


 本来なら雑菌も怖いし感染症の恐れだってある行為だが、手っ取り早く栄養を取るにも有効な手段でもある。


 血液が栄養と酸素を運ぶなら、つまり血を飲めばそれらを得られる訳だ。あまりに極論だが、何ヶ月もダンジョンの中に居て焼いた肉だけ食べてたら、ビタミン不足で命に関わる。


 今死ぬか、後で死ぬか。それに違いを見出すとしたら、やはり今を動ける事に価値がある。を覆すにも、今が無ければ始まらない。


「それに、レベルが上がって免疫も強くなったんだろうな」


 あんな腐ったヘドロの様な物を口にして、常人が平気な訳無いだろう。きっとレベルを上げてなかったなら、あの時点で腹を壊して脱水症状か何かで死んでたはずだ。


「遠いな」


 娘が生きた地獄が遠い。


 再現しようとしても、ある程度はどうしてもぬるくなる。完全再現とは程遠い。


 それでも、やらないよりずっと良い。そう思って進むしか、俺には道が無かった。


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