成れなかった者の、成りたかった物。



 妻と娘二人は今頃、銀級ダンジョンでそのチカラを奮ってる頃だろうか。


 そんな折、俺は計画をスタートさせた。


 日常の事を毎日、事細かく、楽しそうに語ってくれる長女のお陰で、スケジュールを決めるのは簡単だった。


 この計画について、俺は誰にも相談はしてない。


「…………此処がダンジョンか」


 申し訳程度に揃えた廉価装備に身を包んで、適当なバッグを背負って飛び込んだ闇の先。


 そこは何回も、何度も、動画で未だに見返しては歯噛みする神秘にて地獄の洞窟。


 剥き出しの岩肌が寒々しく、狭くも無く広くもない丁度良さをデザインされた歪さが不気味に感じる、この世の敵。


 代々木公園銅級ダンジョン。


「…………はは、この事を娘が知ったら、飛んで帰ってくるだろうな」


 ああ、言えないさ。言えないとも。


 こんな杜撰で幼稚な計画なんて。


 別に、末の娘と妻が優子について行ったのが羨ましかったからって訳じゃない。少しも関係無いかと言えば嘘になるが、正直なところそれは些事さじだった。


「入って五分だったか」


 ダンジョンに入った俺は、いそいそと準備する。最初の五分しか安全な時間が無いのだから。


 だから俺は、急い・・で装・・備を・・外す・・


 ロビーに入るため、不審に思われない様に持ってきた大荷物を装ったバッグを地面に捨てる。


 ダンジョン入りを止められないためだけに装備して来た防具類を地面に捨てる。


 周囲から浮かない為に担いで来た武器を地面に捨てる。


 最後には携帯端末さえも捨て、残ったのは服とライセンス…………、それと財布くらいか。


「ははっ、まるで自殺の前みたいだな」


 まぁ、似たような物だが。


 着の身着のままへと戻った俺は、そのままダンジョンを歩き出す。


 動画で見るよりずっと暗く、しかし不思議と視界は通る謎の法則が働く場所で、俺は獲物を探して彷徨った。


 そして、五分を待たずに動き出した俺を、すぐに奴ら・・は補足する。


「………………これが、ゴブリンか」


 ベタベタと汚い足音を引き連れて、一本道の洞窟を駆けて来る。


 数は五で、俺を見付けたソイツらは嬉しそうにゲヒゲヒと笑い、一目散に俺を目指して足を早める。


「……そうか。まぁ、そうだな」


 ソイツらを見た瞬間、俺の心は大きく揺れ動いて、殺意が湧いて、怒りで思考が濁って、胸が苦しく、動悸がして…………、




 --しかし、覚醒には至らなかった。




 恐らくは、そうだろうと思ってた。


 だから俺は驚いたり落胆する事も無く、ただ淡々と、俺が目指す目的の為に動き出す。


「…………ぁぁぁああああッッ! 死--」


 駆けてくる化け物を見据えて、俺も走り出し、覚醒には至らなかったとは言え大きく粘ついた殺意を拳に込めて、思いっきり振りかぶり、


「--ねぇぇええあああぁぁあああッッッ!」


 振り抜いた。


 最も足の早かったゴブリンの硬い顔面を陥没するほどの力で殴り飛ばし、次に来たゴブリンの鳩尾にヤクザキックをぶち込み、三匹目には勢いのまま回し蹴り。


 その隙を見て四匹目が俺の足に噛み付き、五匹目が殴り掛かって来るが、俺は痛みも何も気にせずに噛み付いてきたゴブリンに肘鉄を落とし、そのまま五匹目にもエルボーを打つ。


 姿勢を崩して軽いダウンを取った今のウチに、脳天へと肘鉄を落としたゴブリンを地面に投げ付け、ありったけの怒気を込めた足裏を何度も何度も頭に打ち付けて、踏み殺す。


 覚醒はしなかった。俺の心は、覚醒するほど大きく揺れなかった。


 だがそれは、俺がキレ・・て無・・い事・・を保・・証し・・ない・・


 当たり前だ。当たり前に決まってるだろっ。


 娘をあんな目に合わせたバケモンが憎くないはずが無い。ナイトをぐちゃぐちゃに殺したコイツらを怨んでないはずが無い。


 俺が覚醒出来なかった理由は、もっと大きく俺の心で燻る物が別に有るだけだ。それは俺の怒りと殺意を鎮める理由にならない。


 怒りのままにゴブリンの頭を踏み潰した。


「死ね! 死に晒せクソ化け物がよぉッ!」


 立て直そうとするゴブリンの胸板に蹴りを入れ、壁に追いやったらもう一度蹴って、蹴って蹴って蹴って蹴って蹴って、力の限り蹴り潰す。壁と足でプレスして胸板を潰して、肉を蹴り潰して踏み躙った。


「よくも娘を、ナイトをっ……! テメェらは死ぬだけじゃ足りねぇよッ!」


 殺した二匹の足を持って鈍器代わりに、生き残ってる化け物三匹も叩き殺す。肉同士がぶつかり会う耳障りな音をバックミュージックに、血肉が千切れて飛び散るに任せて暴力を解放する。


「俺はなぁ、………………俺はなぁあッッッ!」


 覚醒出来なかった理由は、分かってる。


 俺の中の怨みより、もっと大きな気持ちがあったから。それが後ろめたさで燻ってる。


 娘が地獄に居て、助けたくても助けられなくて、ダンジョンに行こうとすれば現地で自衛隊に止められ、必死に娘を助けてくれと頼み込んでも叶わなかった。


 ただ、DMが垂れ流す強制配信を見て嘆いて、優子を助け続けるナイトを応援してた。


 心がズタボロになって、精神を安定させるクスリを飲んで、それでも足りずに妻と傷を舐め合って…………--


 俺はずっと願ってた。


 娘の危機を救い続ける、あの気高き一匹の家族の様に、俺も優子のそばに居たかったんだ。ナイトが居る場所は、俺が居るべき場所だった。


 ナイトだって、俺が守るべき大事な家族だ。そんな家族が、命を賭して愛娘を守ってた。


 ずっと、ずっと眩しかった。




 あの地獄の日々で、俺は、ずっと、ずっと……………………--




 俺は、ナイトに成りたかったんだ。




 娘の代わりに傷付いていく、誇り高き騎士に、ナイトが立つあの場所に居たかったんだ…………--


 

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