更衣室。



 厳重なフラッパーゲートを潜り抜けて入ったロビーは、前評判通りにプレハブ村と化してた。ちなみにフラッパーゲートはライセンスを翳すとピッていって開いてくれた。


「じゃぁ、あの受付っぽい所で更衣室借りちゃお。もうジャージとか着てるけど、装備用のケースとかは預けないとだし」


「覚醒者さんはインベントリにしまえるから、優ちゃん一人なら更衣室も要らなかったのかしら?」


「多分ね。でも、更衣室って休憩所みたいな側面もあるみたいだから、どっちにしろ借りるんじゃないかな? ほら、シャワーとかついてるみたいだし」


「あら、そうなの?」


 ロビー内部には幾つか受け付けがあり、その他の空間はほぼ全域がプレハブ村となってる。


 フラッパーゲート近くにまず受け付けが一つあって、ここで更衣室の管理をしてる。


 次にダンジョンの入口付近に二つ。これは入場と退場を管理してて、更衣室の鍵もここで預けて、帰還時に受け取る形になる。


 将来的にはライセンスに鍵の機能を付けてシステマチックにする予定らしいけど、予定は未定でまだまだ先の話しだろう。


 技術的には簡単に終わるんだろうけど、迷宮事変からまだ一年しか経ってない今の日本ではもっと他に、まだまだやる事がある訳で、現状でも問題なく回ってるシステムのブラッシュアップなんて手を付けてる暇が無いのだと思う。


 さて、取り敢えず私はフラッパーゲート付近の受け付けで更衣室を一つ借りる。

 

 更衣室その物は時間貸しが基本で、一時間二千円と結構高い。しかも先払い方式だ。


 ダンジョンやロビーの管理費もバカにならないんだろうし、お高い値段設定は仕方ないと納得してお金を払い、細々とした規約にもサインを入れる。


 これはダンジョンからの未帰還、つまりダンジョンで死亡した際や、予定時間を大きく超過して帰って来るアタッカーに対する決まりで、要はあんまり遅いと更衣室の中身は捨てちゃいますよって事。


 いつ帰って来るか分からない相手に、なんなら死んでるかも知れないアタッカーの荷物を永遠に保管なんてしてられない。政府もそんなに暇じゃないし、そんな労力も無い。


 だから更衣室の料金は先払いであり、時間超過は50%まで認められてる。それを一秒でも過ぎると更衣室の中にあるもの全ての所有権を失う。そう言う契約書にサインして更衣室を借りるのだ。


 時間超過50%って言うのはつまり、三時間借りたとしたら、一時間半までは遅刻可能って事だ。もちろん超過した一時間半分の料金は取られる。


 六時間借りたら三時間、一日借りたら半日、一年借りたら半年までは超過しても保管してくれる。これがロビーで更衣室を借りるルール。


「取り敢えず、六時間レンタルでお願いします」


「畏まりました。ライセンスをお借りしますね」


 ロビーの中に居る人がどこの所属なのか私には分からないけど、でも間違い無く笹木さんの根回しがしっかりと効いてるらしい事が分かる。誰にも私の年齢などに言及されないのだ。


「はい、手続き完了致しました。あちらに御座いますプレハブの右奥、778番がフラム様達の更衣室となります。700番台は女性用のエリアですので、安心してお使い下さい。コチラが案内表です」


 料金を支払って鍵を貰う。ボールタイプだけど普通に差し込み式の鍵だった。ICカードとかじゃ無いんだ…………。


 ちなみに支払いはライセンスで行う。アタッカーライセンスはICカードの機能もついてて、交通機関用ICカードの様に電子マネーを入れておける機能がある。


 と言うか、そのまま電車に乗ったりコンビニで買い物したり、交通機関用ICカードその物として使える。


 入金もネットで行えるので楽だった。まぁロビーでしか使わないと思うけど。コンビニならスピードペイがあるし。


 ロビーだと逆に電子決済がライセンス以外出来ないので、こうするのが一番楽だった。流石に一時間で二千円もかかる料金をニコニコ現金払いとかしてられない。


 今はまだ良いけど、ダンジョン泊とかする様になったら金額が跳ね上がるから嫌だ。一日借りると約五万円で、二日で十万だぞ。絶対面倒だ。


 キャッシュレス万歳だよまったく。


 受け付けのお姉さんから案内表と言って渡されたパンフレットを片手に移動して、借りた更衣室を見つける。


 途中、ロビー内に居る様々なアタッカーさんに四度見くらいされてたけど知らない。気にしない。


「全部同じ規格のプレハブ使ってるから、パンフ無かったら普通に迷子だったね」


「綺麗に並んでるから、余計に迷うわねぇ」


「汚くても文句言われるんだろうけど、綺麗でも文句が出るんだから人間は贅沢だね」


 私とお母さんが世間の微妙な理不尽に遠い目をしてると、隣で真緒がキョトンとしてた。そのままピュアで居て欲しい。


 指定された778番の数字が振られたプレハブを見付けて、ドアノブに鍵を挿した。


 メンテはしっかりされてるのか、それとも単純に新しいからなのか、鍵は引っかかる事無くスムーズに回った。


 鍵を開けて中に入ると、白っぽい内装で清潔感がある室内が目に入る。


 間取りは十二畳くらいかな。大きめのロッカーが八基と簡易なシャワールームがあって、ロッカーにもそれぞれ鍵を掛けられるらしい。あとローテーブルを挟んで三人掛けのソファーが二脚ある。


 六人パーティくらいを想定してるのかな? ロッカー数は予備か、もしくは六人パーティが持ち込む荷物の平均がロッカー八基くらいなのかな。


「ふーん、良いね」


「ひろいねー!」


「思ったより綺麗なのね。シャワールームも小さいけど、思ったよりしっかりしてるし……」


 総評として、全体的に好印象を覚える内装だ。三人で使うには広々としてる。座って休めるのも良い。


「じゃぁ、用意しよっか」


 言って、蒼炎から装備品を次々と呼び出しては床に並べて行く。二人の物は既に渡してあるので、これは全部私の装備だ。


 まず用意した装備は置いといて、ジャケットのベルトを調整して『服』から『防具』になる様に装備し直す。この金属板プレート付きジャケットは内部のベルトを操作することで、プレートがズレない様に締められる仕組みだったりする。


 つまり内部のベルトを調整すると『ジャケット』から『軽鎧ライトプレート』に変化してくれるのだ。


 ただ、締めすぎると今度は動きづらくなり、態々わざわざジャケット型の防具を選んだ意味が無くなる。動き易さを残しつつ防具として成立する調整は結構気を使う。


 それが終わったら、今度はジャケットに覆われてない下半身の装備強化だ。ジャージの時点で最低限はあるけど、出来ればジャケットと同じくらいには防具が欲しい。


 なので、コルティオで買っておいた防具の出番だ。


 床に置いといたプロテクターを説明書に従って脚に装着する。これは太腿、膝、脛を保護してくれる金属系プロテクターで、見た感じは普通に鎧のパーツに見える。


 見た目よりもずっと動き安くて軽いのが特徴で、膝も保護されてるのに脚の曲げ伸ばしが少しも邪魔されない優れものだった。


 他にも『車で引っ張っても千切れ無い』と豪語されてた指貫グローブを装着して、頭部を保護するヘッドギアも被った。


 ヘッドギアはボクサーが試合で被る様な形の物を、もっとスリムでスタイリッシュにした様な見た目の物だ。


「あとは……、各種ホルダーも装備して…………」


 腕や脚、腰や胸ポケット等々、小物を入れて置けるポーチやホルダーも装備して、更にインベントリからアイテムを取り出してそこにしまう。


 最後に大戦斧を出して担げば、私の準備はこれで終わり。


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