焼肉。



 午後にダンジョンアタックが控えた昼食。高級焼肉店である珠々苑で焼肉ランチとしけこむ浅田家の淑女三人。プラス、護衛騎士であるナイト。


 網の上で焼ける肉。脂が弾けて煙へと溶けていく音と匂いが、舌で味わう前に私たちの体を刺激する。


 人間が持つ感覚器は視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五つであり、人間はこの五つでしか世界を感じる事が出来ない。


 そう考えれば、焼肉なる料理のなんと素晴らしいことか。


 まず鮮やかな赤色が並ぶお皿は、高級焼肉店の面目躍如と言わんばかりに飾り立てられ、美しい花のようにさえ見える。しかも網に乗せれば、食べ頃に色付いていく様も楽しめて、まるで、愛でて楽しむテーマパークだ。


 そして網の上で熱気に舐められた肉が奏でる音は、耳から私に確かな『味』を伝えてくれる。このジュゥジュゥと伝わる音は、間違い無く味の一つだと言える。


 火に溶かされ、煙になった脂の匂いが鼻腔を乱暴に舐め回す。そうして焼きあがったお肉は、箸で持つ感触さえ幸福感が滲み出て、口に入れて噛み締めれば歯に伝わる繊維を断つ食感が私を魅惑する。


 そうやって全身に幸福を叩き付けられてノックアウト寸前の私は、でもまだラスボスが残ってる事実に戦慄せざるを得ない。

 

 そう、まだ味覚で味わう「美味しさ」が残ってる。


 舌の上に乗せたお肉から滲む脂は強い旨味をダイレクトに私へ伝え、噛み締めたお肉はジューシーなエキスを遺憾無く私の舌の上にブチまける。


 いつだって人間が焼肉を求めるのは、つまりこう言う事なんだ。


 旨味の暴力。


 視覚、聴覚、触覚、嗅覚で充分に「美味しさ」を楽しんだ上での、コレだ。この絶大な旨味の暴力だ。


 お肉と言うのは狡いんだ。脂から感じる旨味と、肉の身から感じる旨味が別なのだ。それを噛んで、噛んで、噛み切って、口の中で脂と赤身が調和した時に更なる高みが見える。


 ああ、肉。


 びば、肉。


 人はいつだって、お肉を求めているのだ。


「…………ねぇ優ちゃん? お肉食べながらお腹減っちゃうから、その食レポ止めてちょうだい?」


「おねーちゃん、テレビでみる人みたいだった…………」


「……え? 口に出してた?」


「「うん」」


 それは、申し訳ない事をした。煩かったでしょう。ごめんなさい。


「さぁてさて、食レポは良いから食べよ食べよ。お肉追加ちゅーもーん! ナイトは何食べる? カルビ? ハラミ?」


「わぁぅ。ふんふんっ……!」


 ランチメニューはあくまでランチなので、あっという間に食べ終わる。所詮ランチだぜ…………。


 追加で頼む上カルビ、上ハラミ、上タン塩とかのポピュラーなメニューをナイトと一緒にガンガン消費しながら、一人前で8800円する極上霜降りリブロースと極上霜降りサーロインも注文した。


 肉。とにかくお肉。


「おねーちゃん、おやさいも食べないとダメなんだよ?」


「マーちゃん、良いこと教えてあげるね」


 ふふんっと得意げに注意する真緒に対して、私は一言囁いた。


「野菜は、家でも食べられる」


 聞いた真緒は「ハッ!?」として、一瞬で私に論破された。


 うん。珠々苑ならお肉食べようよ。お野菜なんてお家でも食べれるけど、珠々苑レベルのお肉って家では難しいからね。


 まぁお金掛ければその限りじゃ無いんだろうけど、でもそれを言ったらそもそも珠々苑で食べるなよって話しになるし。


「はぁぁぁあぁあぁ…………、厚みのあるハラミ肉うみゃぁ……」


「本当に美味しそうに食べるわねぇ……」


「ほらナイトも、霜降りサーロインだぞぉ☆」


「わぅっ☆」


 極上のお肉が次から次に出て来るので、ナイトのテンションも凄いことになってる。可愛い。


 極上霜降りとか銘打たれたデッカイお肉を網に乗せつつ、焼いてあったハラミ肉をタレに潜らせた後にモグモグする。うみゃぁ……。


 ハラミってどこのお肉だっけ…………? アイズギアで調べよう。


 …………横隔膜? の、筋肉? ほう。つまり、この分厚いお肉が牛さんの「ん゛も゛ぉ゛ぉ゛お゛お゛お゛」って鳴き声を支えてるんだな。なるほど。


 ほぼ赤身にしか見えないのに、噛むとジュワッと脂が溢れてくる魅惑のお肉だ。赤身と脂のバランスが神過ぎる。美味しすぎる。食感もヤバい。


 カルビは脂を楽しむお肉で、肉の身を楽しむなら牛タンか。どっちも楽しみたいならハラミが良い。この三種の神器が有れば焼肉は完走できる。


 そこに、コレだよ。何この、極上霜降り? 馬鹿なの? 殺す気? 焼き上がっちゃったよコレぇ……!


「いただきマース!」


 本当はハサミで切り分けるだろうお肉をそのまま、ナイトと一緒に両端から齧りつく。うみぃいいいい………!


「おねーちゃん、しあわせそう……」


「ほんとねぇ。お家でも、もっとお肉増やそうかしら」


「ごはん、いっぱいつくらないとねっ!」


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