珠々苑。



 お肉と聞いて、ナイトまで顕現して「ハッハッハッ……」と期待に舌を出してる。可愛い。


 お母さんが車を走らせて向かった先は、みんな大好きなお高い焼肉屋、珠々苑じゅじゅえんだ。


「えへへっ、三人で焼肉なんて行ったのバレたら、お父さんがいじけちゃうね」


「それもそうねぇ……」


「んゆ? あとでおとーさんもいっしょにくれば、いいんじゃないの?」


 渋谷駅前のコインパーキングに車を停めて、みんなで降りる。顕現してるナイトもぬいぐるみサイズになってもらって、お父さん以外の浅田家が勢揃いだ。お父さんごめんね…………。


 ここは代々木公園からすぐ側にある珠々苑で、渋谷駅のすぐ近くに軒を構える店舗だ。て言うか代々木ってやたら珠々苑有るよね。なんで?


 コインパーキングから駅近くまで歩いて、珠々苑が入ってるビルを目指す。


「しかし、珠々苑か…………」


「あら、優ちゃんは珠々苑嫌いだったかしら? 昔は喜んでたと思うのだけど……」


「あ、いや、ほら……」


 ふとした呟きをお母さんに拾われて、ちょっと慌てる。別に嫌な訳じゃ無いんだよ。


「ほら、珠々苑って食べ放題無いじゃん? 私ってレベル8で鬼ほど食べるからさ」


「………………あぁ〜、それもそうねぇ。じゃぁ、どうしましょう? お店変える?」


「いや、お支払いを私に任せてくれるなら珠々苑で良いよ?」


 伊達に億単位で稼いでない。私だってお高い和牛の焼肉とか普通に食べたいもん。


 お支払いを気にしなくて良い状態なら容赦無く食べれるし、むしろ払わせて欲しい。私は家のエンゲル係数を破壊したくは無いんだ。


「んん〜、流石にママだって、親としてのプライドくらい有るのよ……?」


「それは、ほら、レベリングしてダンジョンで鬼みたいに稼げる様になったら奢り返してくれれば良いと思うんだ。今日からお母さんもマーちゃんも、ダンジョンアタッカーな訳じゃん? 先輩アタッカーからのお祝い、的な?」


 口八丁でお母さんを丸め込むと、優しいお母さんは抵抗せずに丸め込まれてくれた。その代わり、珠々苑で実質食べ放題が出来るくらいに凄いアタッカーにしてくれって言われた。


 任せろぃ!


 ちなみに真緒はよく分からないけどお肉、お肉♪︎ って感じだった。


 それから三人、お喋りしながら大きくて目立つ渋谷のビルに入って行く。一階テナントにアイスクリーム屋が入ってて真緒を剥がすのに少し苦労した。


 ビルの八階に入ってる珠々苑に到着すれば、高級焼肉店とはかくあるべしって言うサービスの行き届いたおもてなしがまってる。


 青く燃えるぬいぐるみを抱っこした『蒼乃フラム』が来店しても、何も揺るがず、「ナイトの入店は可能ですか?」と聞けば、「当店には、勇敢にも大事な人を守りきって見せた高名な騎士様にお帰り願う決まりは御座いません。どうぞご家族揃ってお食事をお楽しみください」と言われた。


 案内された席は珠々苑らしいボックス席で、高めの壁で仕切られた『ほぼ個室』的な席である。


 個室では無いんだけど、パーソナルエリア的に見るとかなり快適な空間だ。やっぱお高いお店は席からして違う。


 食べ放題が無い高級焼肉珠々苑だけど、コースメニューでも充分過ぎるボリュームが有る。けど、まぁ、今は昼だしね。


「ランチメニューでいい? どうせ私は足りなくてグランドメニューから追加するけど」


「お母さんもレベルを上げたらそんなに食べるのかしら?」


「多分ね?」


「まおも?」


「多分ね」


 雰囲気からしてちょっとお高い感じがヒシヒシと伝わる落ち着いたボックス席で、取り敢えずランチを三つ。それから上カルビと塩タンを三人前ずつ頼んで置いた。


「二人ともミックスランチ? 吟味でも良かったのに」


「流石に娘のお金で六千円近いランチとか食べられないわよ」


 そんなの気にしなくて良いのに。

 

 どうせ銀級で戦える様になったら、その程度は簡単に稼げる。私は二人をそのレベルに育てないといけない。つまり確定事項なんだ。


 一ヶ月も過ぎる頃には、この場にいる三人が三人とも世間の平均的な収入を大きく上回る稼ぎを叩き出してるはすだ。


 そんな事を懇々こんこんと語る私に、お母さんの反応は微妙だった。うーん、伝わらないこの気持ち…………。


 そんなやり取りをしてる内に、注文してたお肉とランチが届いた。一気にテーブルが赤色に染る。


 ちなみにナイトの分はランチではなくカルビを都度頼む形になってる。ナイトはご飯や野菜よりお肉の方が良いからね。


「うひょぉ、お肉だぁ☆」


「優ちゃん、そんなにお肉好きだったかしら?」


 お肉を喜ぶ私を見たお母さんがそんな事を言う。


 確かに一年前の私は、ここまでお肉に喜ぶ系幼女じゃ無かったと思う。


「んー、多分この体になってからかなぁ? レベル上がるとさ、なんか、どうしてもお肉食べたくなるんだよねぇ」


 銅級ダンジョンの後半でも、好んで動物系のモンスターを狩って食べてた気がする。


 思い出したくもない悪夢だけど、同時に懐かしい記憶を掘り起こしながらトングを掴み、届いたメニューをさっそく網に乗せて焼き始める。


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