妹。



 愛する妹に殴られた。


 レベルが上がって凄く丈夫になってる私だけど、それに合わせて体重まで増えた訳じゃなく、つまり勢いよく殴られれば吹っ飛ぶのだ。


 私はベッドから吹っ飛んだ。


「ま、マーちゃんっ!?」


「おねーちゃんのバカバカバカァァァアッ!」


「ちょっ、まっ……! なにっ!?」


 ベッドから落ちた私を追い掛けて、追撃のポカポカを叩き込む妹は鬼のような形相で、でもあの時の私みたいに泣いていた。


「おねーちゃんのバカァ! おねーちゃんバカ! バカァ!」


「まっ、待ってマーちゃんっ、お姉ちゃん何がなんだかっ」


 迷宮事変前の私なら結構痛かったと思うけど、今の私には少しの痛痒もない。だけど、本気で怒っている真緒の拳は心が痛い。


 なんで怒ってるのか分からないけど、真緒を怒らせちゃったなら謝りたい。そう思って私は口を開き、それを聞いた真緒はさらに怒りを滲ませた。


「なんで、なんでおねーちゃんさいごあきらめたのっ!? なんでぜんぶ燃やそうとしたのっ!? まお待ってたのに! おうちで待ってたのに! おねーちゃんのこと待ってたのにぃッ! おねーちゃんのバカァァァァァアアアアッッ……!」


 頭が、真っ白になった。


 真緒は、たぶん銅竜と戦った時のことを言ってるんだと分かった。真緒も決死の三ヶ月を見たんだ。全部見たんだ。


「ナイトがんばってたのに! なんでおねーちゃんあきらめたのっ! バカバカバカバカバカァァァアッ……!」

 

「ごめっ、ごめんねマーちゃっ……」


「やだゆるさない! ぜったいゆるさない! おねーちゃんのバカ! おねーちゃんはバカだァァアッ……!」


 そうだ。私はあの時、諦めたんだ。


 こんなに怒ってるのに、絶対に「嫌い」とは言わない優しい妹の元に帰ることを、私はあの時諦めた。


 ナイトが死んでも私を守ってたのに、私は復讐だけに囚われた。


「おねーちゃんはっ、おねーちゃんはまおのこと嫌いなんだっ! だからあきらめたんだっ!」


「ちがっ、違うよマーちゃん……!」


「ちがわないもんっ! おねーちゃんあきらめたもんっ! まおは待ってたのに、おうちでおねーちゃんが帰ってくるの待ってたのにぃぃっ! おいのりしたのにっ、おねーちゃんが帰ってくるのお祈りしたのにっ、おねーちゃんはあきらめたもんッッ!」


 真緒の小さな手が、凄く痛い。殴られる度に心が軋んで痛い。


 あの時私は、自分だけが辛いと思ってた。


 地獄に落とされて、ナイトが殺されて、ひとりぼっちで、口にしたくも無いおぞましいモノを口に詰め込んで生き長らえて、たくさん怪我して、死にそうになって、自分が世界で一番不幸だと思ってた。


 違う。全然違う。DMで私の身に起きた全部を見て、見せ付けられて、涙を流して心配してた家族が居たのに。


 あの時の私を見た家族は何を思っただろう。


 自分ごと銅竜を焼き殺そうとする私を見た家族は、どれだけ辛かっただろう。


 ダンジョンの最奥なんてどうしようもない場所に居る私を、助けに行けない自分たちを責める家族が、命を諦めた私を見た時に何を想っただろう。


 馬鹿だった。真緒の言う通り、私は馬鹿だったんだ。


 もちろん私は、その時DMのことなんて知らない。生放送されてるなんて知らなかった。勝手に動画が上がるなんて知り得なかった。


 でもそんなのは関係ないんだ。


 私はあの時諦めて、真緒は諦めて欲しくなかった。


 同じ不幸の中に居たのに、私は自分のことだけを考えて命を放り出した。真緒はずっと私のことを想ってくれたのに、私はあの時家族を諦めた。


「おねーちゃんはバカだァァァアアッッッ!」


 何も言い返せない。一から十まで全部真緒の言う通り。私は馬鹿だった。


 殴られて分かる。真緒はまだ魔力なんてその身に宿してない。


 ダンジョンとは関わりがない。だからレベルアップなんてしてなくて、歳相応の心と知性を持った私の妹だ。


 そんな真緒が、画面の向こうで命を捨てる姉を見た時、どれだけ怖かったのか。


「マーちゃ……」


「ゆるさないもんっ! ぜったいゆるさないもんッッ……! まおの大好きなおねーちゃんを傷付けたおねーちゃんを、まおはぜったいゆるさないもんッッッ…………!」


 例え私自身だったとしても、大事なおねーちゃんわたしを傷付けるなら許さない。


 そんな妹の怒りと愛情が、ただただ痛い。


 こんなに大事にしてくれたのに、こんなに愛してくれたのに、私は真緒かぞくより銅竜ふくしゅうを取ったんだ。


 顔向け出来ない。情けなくて真緒の泣き顔が見れない。


「まっ、真緒っ!? お前何してんだっ!?」


「真緒ちゃんっ!?」


 両親が病室に入って来て、私を殴る真緒を慌てて引き剥がした。


 ずっと見ていたナイトは心配そうに私のそばに来て、それでも慰めることはしなかった。


 分かる。今なら分かる。


 ナイトは戒めてるんだ。軽々に命を放り出したあの時の私を、「二度とやるな」と戒めてるんだ。


 そうだ。そうだよね。ナイトはずっとそばに居たんだから、ずっと私を見てたんだ。


 地上で心配してるみんなの代わりに、命を燃やして私を助けてたんだ。


 それなのに、私は全部投げ捨てた。


「………………ごめんね、ナーくん」


「…………わふっ」


 今頃気が付いた。こんな大事な事に今頃思い至った。


 なんて馬鹿なんだ。アイズギアに浮かれてる場合じゃなかった。お金の事なんてどうでも良かった。




 私はまず、家族に謝らないといけなかった。




「…………ごめんなっ、さいっ」


 両親が戸惑ってる。妹が泣いている。ナイトが見てる。


 私は、暖かい場所ここに居る資格があるの……?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る