愛の犬。
「…………ゆる、さなぃ」
許せなかった。
動画の中のナイトが私を守る。突然襲ってきた化け物を前にして、勇敢に立ち向かう。
本当に、文字通り、なんの比喩でもなく、ナイトは命を懸けて戦い始めた。
画面の向こうに居るナイトが、少しずつ記憶と重なっていく。
噛み千切られた耳が、折られた骨が、割られた爪が、記憶の中のナイトに重なっていく。
目を覚ました時に見た凄惨な姿に重なっていく。
ナイトは一歩も引かない。無様に寝こける私を守って傷付いていく。
なのに、なんで、私は起きないの?
こんなにナイトが頑張ってるのに、なんで寝てられるの?
死ねばいいのに。小人の化け物じゃなく、もちろんナイトでもなく、まず私が死ねば良かったのに。
私は何より、私が許せない。
「………………ぅぅうっ、ナイトぉ」
そして呆気なく、ナイトが死んだ。
小人の化け物を全部殺して、目覚めかけた私を守るために、最後の最後まで戦って死んだ。
呆気なくて、でも壮絶な死に様だった。
私を何がなんでも守るって、そんな気迫が
そして、全てが終わってから起きる私。ナイトを見て泣き喚く私。
遅い。あまりにも遅い。
なんて無様なのか。死ね。死んでしまえ。
もっと早く目覚めたら、ナイトと一緒に逃げれたかもしれないのに。ナイトが死ぬまで寝てた無能。ゴミ。クズ。
死ね。まずお前が死ね。この能無しが。
画面が蒼に染まる。
私がこの炎に目覚めた瞬間を改めて見ても、なにも感じない。そんな力要らなかった。そんな力より、ナイトに居て欲しかった。
私は、ナイトの命の方が、ずっと、ずっと…………。
「…………………………はぇ?」
そして、だけど、画面にはまだ、…………ナイトが居た。
「……な、なにこれ」
私の蒼炎で全てが燃えたあと、そこには私と、ナイトの亡骸と、…………透明になった、ナイトが居た。
「な、なんっ……」
私がナイトの亡骸を背負うと、透明なナイトは嬉しそうに尻尾を振って、私の後ろを歩いてた。
こんなの知らない。
あの時、私は透明なナイトなんて見てない。
続く動画から目が離せなくなる。
ナイトはずっと私のそばに居る。濁った目でナイトの亡骸を撫でてる私を、心配そうに舐めている。
ナイトはずっとそこに居る。
見付けた敵を殺そうと蒼炎を吹き出した私の傍で、まだ下手くそな蒼炎がちゃんと敵に当たるように誘導までして、私をずっと助けてた。
ナイトは、ずっと、そこに居る。
「………………そこに、いたの? いて、くれたのっ?」
生きるために巨大ゴキブリを
--いつもは拾い食いしちゃダメだと怒る私みたいに、いつもと逆の立場になって私を怒ってる。
喉が乾いて弱り始めた私を、噴水のある場所まで導くように歩いてる。
--いつもはそっちに行っちゃダメだって、散歩の時に注意する私と代わるように。
擬態した化け物に私が殺されない様に、ギリギリのところで私が避けられるように、触れない筈なのに、想いだけで私の体をほんの僅かに押してる。
--いつもは車が危ないからってリードを引っ張る、私みたいに。
獲物が見つからなくて飢える私を導いて、噴水を探して渇く私を導いて、あの斧が見つかるように木箱に向かって導いて、透明なナイトが私の傍を歩いてる。
死ぬまでじゃない。ナイトは死ぬまで私を守ったんじゃない。
ナイトは
「…………ナィ、ト」
涙で前が見えなくなる。
壊れた私のそばに居た。閉ざした私のそばに居た。
ナイトはずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、私のそばに居てくれた。
誰が編集したのかも分からない動画が、ダイジェストで私の三ヶ月を再生する。
その間、ナイトはずっと私を助けてくれてた。
「…………幻覚じゃ、なかっ、……んだっ」
最後の銅竜戦。
またヘマをして死にかけた私は、三ヶ月の間に何回もそうだったように、ナイトがまた助けてくれてた。
銅竜に蹴飛ばされて壁に叩き付けられる瞬間、ナイトの幽霊が
そして、私が吹き飛ばされてナイトの亡骸を失って、最後に残った僅かな理性まで捨てた私を見て、悲しそうな目でナイトが吼えた。
透明なナイトは私の蒼い炎を全身に纏って、私が手放した蒼炎の手綱を代わりに握った。
あの時は全然分からなかったけど、俯瞰で見るとちゃんと分かる。
荒れ狂う蒼炎を、私が暴走させた蒼炎を、ナイトが必死に制御してる。
私の炎で私が燃えてしまわないように、その怨みが全部銅竜だけを焼き尽くすように、必死で蒼炎を操ってる。
気が付くと私はボロボロ泣いていた。顔がぐちゃぐちゃで、拭った袖もびしょびしょだ。
ナイトが、ナイトだけがあの時、何も諦めてなかった。
覚悟と諦念を履き違えた馬鹿な飼い主と違って、ナイトは最後の最後まで覚悟を貫いた。
蒼が銅を消し飛ばし、自暴自棄になって全部終わった気になって倒れた馬鹿な私を、蒼く燃えるナイトが必死引き摺る場面が映る。
ナイトは諦めてない。私の生存を。一緒に帰ることを、何一つ諦めてない。
蒼炎の力を使ってるからなのか、私に触れるようになったナイトは、ボロボロの私の服を引き千切りながら引き摺ってる。
銅竜の死と同時に現れた、広間の中心に現れた光の柱に向かって、私を引き摺ってる。
もうとっくに限界を超えてた私のワンピースが千切れて、ナイトが私を引き摺るための引っかかりが無くなった。それでもナイトは諦めない。
千切れたボロ布ワンピースを口と前足で工夫して私に引っ掛けて、何とか引っ張ろうとしてる。それでも無理だから、今度は私を背負うために倒れた私の下に潜り込もうとして、結局グリグリと私を押し出してしまう。
なら引き摺るのを諦めて、押して進めば良いと、ナイトは私の体を頭でグイグイと押し始め、右へ左へとズレる私の体に四苦八苦する。
光の柱まであと半分といったところで、ナイトの体を作る蒼炎がどんどん薄くなり始めた。
燃料が切れたんだ。蒼炎を使う私にはそれが分かり、そしてナイトにもそれが理解出来たんだ。目に見えて焦り始めたナイトは、なりふり構わず私を光の柱に運ぼうとする。
そんな状態になるまで避けてたんだと思う。
ナイトは出来るだけ私に優しい方法で運ぼうとしてたんだと。
でも時間が無くなったナイトは、なりふり構わず私の腕に噛み付いて、引っ張り始めた。その様子を見れば分かってしまう。
こんな時まで、私のために、ほんのちょっと噛み付かれて怪我をする程度の事さえ嫌がったのが、ありありと伝わってくる。
そんな動画の終わり際、運ばれてるのは私自身だというのに、私はそんなこと忘れてナイトを応援した。
もう私の安否なんてどうでもいい。ただ、ナイトの努力が無に帰すことだけは嫌だった。胸が張り裂けそうなほど嫌だった。
そして、ナイトの姿がどんどん薄くなって蒼が消える瞬間、ナイトはやっと私を光の柱に押し込み、ナイトはやり遂げた。
ナイトだけが、やり遂げたんだ。
私はもう、涙が止まらなかった。
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