暴炎。



 自己防衛などもう知らない。

 

 安全も安寧も、もう要らない。


 心を取り戻した獣がえる。


「殺してやるぅぁぁァァアアッッッ……!」


 腕は折れてる。


 武器は無い。


 有ってもこの腕では持てない。


 優子は思う。--だから・・・どうした・・・・


「燃えろぉぁあァアッッ……………!」


 この地獄では最初からそうだった。


 斧なんて最初から無かった。


 敵を殺せる腕力なんてなかったんだから。


 ずっと、ずっと、優子はこの地獄で燃やしてきた。


 ただ燃やしてきた。憎悪も、敵も、ただ燃やしてここまで来た。


 だから最初のように、最初と同じで、ただ燃やせばいい。


 この怨みを焚べた蒼い炎で、総てを残らず燃やし尽くせば良い。


「よくもナイトをぉォオぉぁぁァアぁッッッ……!」


 優子の殺意が燃え盛る。


 全身から吹き出した蒼炎が広大な空間を最大火力で埋め尽くす。


 とどめを刺すために接近していた銅竜が悲鳴をあげる。空間の総てを燃やされてはどうにもならないらしい。


 ナイトを返せ。ナイトを還せ。ナイトを帰せ……!


 身に余る憎悪は凍える程の蒼を炎に宿し、もう優子にすら制御出来ない段階まで暴走する。


 自身すら消し炭になりかねない炎を前に、優子はそれでもいいやと考えた。


 ナイトと一緒に帰りたかった。優しい場所に帰りたかった。


 もうナイトは居ない。ナイトは死んだ。亡骸すら四散した。


 残ったのは腐った屑肉と、ドス黒く固まった血液ヘドロと、傷んで砕けた骨片だけ。


 もうそれはナイトじゃない。ナイトの形すら失った生ゴミだ。


 怨念が煮え滾る優子に、犬の鳴き声が聞こえる。


 ああ、頭がおかしくなって幻聴が聞こえ始めたのかと、優子は逆に吹っ切れた。


 ここまで壊れたら、もうダメだろう。幻聴が聞こえる子供なんて、帰ってもろくな人生が送れない。


 だからもう、優子は生存をすら諦めた。


 だけど。


「だから」


 お前だけは。


「絶対に」


 殺す。


「確実にッッ…………!」


 優子は蒼炎に更なる怨みを焚べた。更なる火力を求めて憎悪した。


 全身を焼かれながら燃料・・を奪われる銅竜。


 ふと見ると、蒼炎の一部が愛犬の姿を象って自分を見ている気がした。


 優子は幻聴に続いて幻覚まで見え始めたと、乾いた笑いで更に・・吹っ・・切れた・・・


「燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ」


 全部燃えろ。すべて消えろ。


「こんな場所に落ちた現実も、ナイトが死んだ事実も、家族を殺した奴も、ナイトを守れなかった自分わたしも、全部全部……、残らず総て燃え尽きろぉぉぉおおおッッッッ……!」


 優子は辛うじて握っていた暴走する蒼炎の手綱を、意図して手放した。


 もう総て燃えてしまえと願って、何もかも消し炭になってしまえとこいねがう。


 幻覚のナイトが、蒼炎で象られたナイトが悲しげに優子を見ている。


 生きて欲しいと鳴いている泣いている


 だからこそ、優子は薪を足す。


 守れなかった癖に、死なせたナイトの幻覚まで産んで縋り付く、弱い自分ごと燃えて無くなるように、ありったけの愛情さついを蒼炎に焚べる。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええッッッッッ…………!」


 蒼がはしる。


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