しんじゃぇ。



 血と肉が燃える臭いが鼻をつき、だが優子はそんな些事は意識の外へと投げ捨てる。


「しねぇぇぇえええええッッッ……!」


 一緒に育った、大事な家族の死を想う。そしてその分怨みを積み上げ、重ね続ける。


 ただ復讐を。


 ナイトを殺めた存在の死を、その存在の消滅を、それだけを純粋に願い続ける。


 体の中で爆轟の如く震え続ける怨念がとめどなく溢れ、体の外へと漏れ出るたびに蒼き炎と化して敵を焼く。


 その不可解で不可思議な現象が己が身に起きた瞬間、優子はその力の使い方を理解した。


 使い方しか分からない。


 何が起きて、何が終わったのかは分からない。今の優子にはそんな事は知り得ない。


 だが、優子にとってそれら総てが些事さじだった。


 今最も大事なのは、ナイトが死んだ事と、ナイトを殺した存在と、ソレをあやめる手段だけ。


 だから優子は燃やし続けた。


 その愛と怨みを蒼き炎へと焚べる。ただ焚べる。


 そして目に付く総てを消し炭に変えると、優子は己の心を深く閉ざした。


 精神が自己防衛の為に施した意識の暗闇に自ら閉じこもり、たった二つの事だけを自身に命じる。


 -ナイトを奪ったモノに絶対のむくいを。


 -愛する家族の元へ確実な帰還きかんを。


 優子はそれだけを成す機械へと堕ちる。


 閉じた優子は蒼く凍える炎を胸に抱き、目的のために体と思考を動かし始めた。


 まずは今分かる事実をしっかりと理解し、自身の生存に役立てる。その後、なにを犠牲にしても復讐と帰還を果たすこと。それだけを強く強く己へ命じる。


 まず、蒼き炎は自分の燃やしたいモノだけを燃やせると理解する。周囲へ無差別に吹き荒れた炎が異形の小人だけを燃やし、ナイトの亡骸には焦げ痕一つ、煤汚れ一つ無い事実がそれを優子へ教えてくれる。


 次に、蒼き炎を燃やすには、自身に宿る何か・・を消費すると理解する。自らが願い燃え続けた蒼き炎が自分の何かを燃料にしていた感覚と、それが失われていく感覚をしっかりと自覚した。


 そして蒼き炎はその消費される燃料を、燃やしたモノから奪う力が備わっていると理解する。


 怨むほど、憎むほど、死を願えば願うほど燃え盛る炎が、その願いを叶えて敵を燃やすほどに、自分の中の燃料が回復する感覚をはっきりと知覚した。


 だから分かる。優子には分かる。


 自分が折れない限り、この体が動き続ける限り、この炎は永遠で、その死を願い続ければどれだけの存在であろうと消し炭に出来る。


「………………ナーくん、いっしょに、ぃこ?」


 復讐と生存。弔いと帰還。それだけを願う優子は動き出した。


 これだけの炎が荒れ狂ったにも関わらず冷たくなった愛犬の亡骸を抱きしめ、その骸を小さな体で背負って、歩き出す。


 固まりかけたナイトの血が優子のワンピースを汚すが気にせず、むしろ愛おしいとさえ感じながら歩を進め、そしてすぐにまた遭遇した化け物に蒼き炎を振るった。


「しね、しね、しね…………! なーくんをころしたおまえらは、しねっ……!」


 優子の幼く未熟だった心は凄惨な事態に一瞬で擦り切れ、代わりに暴力性を手に入れた。


 憎悪は熱く燃え続け、しかし思考は凍える程に冷静でもある。


 殺せば殺すほど燃料が手に入る。燃料さえあれば蒼き炎はいくらでも燃やせる。だが無駄な力を使えば収支が合わなくなるを感覚で覚え、効率的な力の使い方を急速に覚え、技術を身につけて行く。


 さらに燃料とは別の、命の欠片とも思えるナニカが自分へ蓄積する微かな感覚も覚え、それが後々絶大な意味を持つと本能だけで理解した優子は、さらに積極的な復讐を始める。


 とにかく歩き、とにかく殺し、それを繰り返す。ただ繰り返す。


「…………みんな、しんじゃぇ」


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