第17話 革命

 みんなと歩く道は賑やかで、けれど穏やかで。

 それが嵐の前の静けさだなんて、誰も思わなかった。



「何の騒ぎ?」


 校舎の直前まで来て、ふうが言った。

 なにやら左手が騒がしい。並木の間からのぞきこんで、ことりは目を疑った。


『子どもたちに選択の権利を』


 と大きな文字で書かれた横断幕。拡声器やプラカードを持った人々が、学園に押し入ろうとしていた。



「デモ……!?」



 誰が言ったのかわからなかった。

 押し寄せる人の波。対応するのは警備員と教師たち。

 一般の人だけではない。保護者の姿も見え、大混乱としか言えない状態だった。


「止めるわよ」


 真っ先に走り出したのはふうだ。

 ことりもあわててあとを追う。フェンスを乗り越え、人だかりの中にとびこんだ。

 近くにいた人から拡声器を借り、花壇の縁に上る。背伸びをすると、全力で叫んだ。



「落ち着いてください!!!!」



 女子ならではの高い声が響く。

 大人たちは耳をふさぎ、あたりはしんと静まり返った。

 向けられた注目で息がつまる。

 でも、やるしかない。

 ことりは意を決し、再びうるさくなる前に話しだした。


「みなさん、落ち着いてください。私たちが望んでいたのは、こんなやり方じゃないんです」


 一息で語りかける。

 必死な少女の姿に、大人たちは顔を見合わせた。


 続けなければ。


 そう思うけれど、緊張と恐怖で手が震えた。口を開いたら泣いてしまいそうで、ことりは黙り込む。



 そのときだった。



「ことりちゃん?」


 人混みの向こうから、聞き覚えのある声がした。

 顔をあげると、そこにいるのはことりの両親だ。


「お母、さん……?」


「ことりちゃん、あなたたちがこの運動を起こしたの?」


 戸惑いを隠せない母親の声。

 ことりはしばらく迷い目をそらしたが、やがて彼女をまっすぐに見つめ、深く頷く。


「そうだよ」


 両親は驚きに息をのんだ。


「どうしてだい? お父さんもお母さんも、ことりのためを思って」

「私は、栄翔を出たいの」

「なんでそんなに栄翔を嫌がるの」


 本気で不思議そうな両親。

 伝わらない。ことりは絶望に近い何かを感じた。

 彼らとは、徹底的に価値観が違う。自分たちはもうわかりあえないのではないか。


 孤独に口をつぐんだ直後、スマホが震えた。

 メッセージの通知。

 少し先で、かなたが頷いた。


 頑張れ。


 彼の口が、そう動く。

 ことりは大きく息をのんだ。



 私は、一人じゃない。



「栄翔が嫌なんじゃないよ」



 おそるおそる、けれどはっきりと言う。

 心臓がどくどくと音をたてている。全身が汗ばみ、頭に血が上って視界が潤んだ。


「私は、もっと二人の側にいたいの……!」


 両親が息をのむのがわかった。

 人々にざわめきが走る。

 ことりは、言葉を続けた。


「二人が私を大切に思ってくれてるって知ってるよ。栄翔に入れてくれて、みんなと出会わせてくれてありがとう」


 とうとう、涙が頬を伝った。


「でも私、もっと近くで二人の愛情を感じたい。お父さんとお母さんと一緒に暮らしたい。普通の家族になりたい……!」


 四年間、ずっと我慢してきた想い。

 言いきった瞬間力が抜けて、ことりはその場に泣き崩れた。

 生徒会のみんなが駆け寄ってくる。

 誰かがことりを抱きよせて、あやすように頭を撫でてくれた。

 母の香水よりもかぎ慣れた、特徴のない洗剤の香り。

 優しさとぬくもりに包まれて、ことりはただ泣きじゃくった。

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