第11話 波乱
「ありがとうございました!」
古着回収週間、五日目。
三日で打ち切られる想定だったが、意外と長続きした。
しかし、署名はあまり集まっていない。
「みんな、このままでいいのかな」
つぼみがぽつりと呟いた。
「卒業が想像できないんでしょう。私だって、つぼみがいなかったら考えなかったわ」
「あたしも。このまま高等部に行くと思ってたよ」
と、ふうとだりあが笑う。
「どうすりゃいいんだろうな。みんなに、自由を想像させるには」
あるとはしかめっ面で腕を組んだ。
「それだけじゃだめだ。想像して、それに期待を抱かせないと」
かなたの言葉に、ことりは頷いた。
栄翔を卒業する。その想像ができても、その後についてはどうしても不安が残る。だりあが言うように、生徒たちは高等部まで栄翔で過ごすと信じ込んで成長してきているのだ。
ことり自身も、卒業後の進路は明確には決まっておらず、とりあえず普通科の高校に進学するつもりでいる。学力の問題はないだろうが、環境の変化に対応できるかは自信がない。
(それに……)
ことりの一番の憂鬱は、みんなと別れることだった。
幼い頃からずっと一緒に過ごしてきたみんな。栄翔を卒業したら、散り散りになってしまうのだ。
(寂しい、な……)
思わず潤んだ瞳を、唇を噛んでこらえる。
泣くのはまだ早い。
それにみんなには、もちろんことりにも、離ればなれになっても叶えたい夢があるのだから。
「あら、時間切れかしら」
聞こえたふうの声に、はっとして本館へ続く通路を見やった。
つぼみの小さな悲鳴が聞こえた。
だりあのため息、あるとの舌打ち。
かなたは動じず、最後の生徒に頭を下げた。
奥からふうが来て、ことりと場所を変わる。
ことりは、ごくりと唾をのんだ。
職員室から繋がる通路を、先生たちが歩いてきていた。
ぎしっ
古いベッドの骨組みがうめく。
ことりは枕に顔をうずめ、ばたばたと足を振る。やがて動きを止めると、深いため息をついた。
教師陣から大激怒されたのがおよそ一時間前。
六人には過去にない経験だ。ことりは涙をこらえるのに苦労した。
怒鳴る大人たちに淡々と言い返していたふうの姿が頭によみがえる。
ふうは、最後まで先生たちに説明し続けた。
卒業したい。自由になりたい。
普通の子どもには、当たり前のことではないだろうか。他の子よりも幸せになれるはずの栄翔で、どうして自分たちはこんな思いをするのだろう。
ことりは、悔しさに唇をかみしめた。
ことりたちに与えられたペナルティは、一週間の謹慎。開校以来初の罰則らしい。
「記念すべき第一号、ってね」
乾いた声で嗤うと、込み上げてきた熱いものをのみくだした。
一週間もあれば、ブームが一つ去るには充分だ。みんなの記憶の中でこの運動は薄れ、署名をくれた子たちの気持ちも冷めてしまう。
「何もかも……」
深い絶望に沈みながら、ことりは目を閉じた。
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