第10話 セカンドステージ
直談判から一か月。
ことりたちは、早朝の昇降口で長机を組み立てていた。
脇には大量の段ボール箱。今日から始まる古着回収週間の道具だ。
「お待たせー」
間延びした声が響いた。
振り返ると、紙束を抱えただりあとつぼみが歩いてくる。
「ありがとう!」
「あー、重かったー」
机に置かれたプリントには、『栄翔学園システム変更のための署名活動』の文字。古着と交換で配るプリントだ。
生徒会担当の栄翔卒業生、結城先生には、貧困についてのプリントを配る、と報告してある。印刷してくれたのは、生徒解放派の八島先生だ。
ことりたちは一か月間、あの交渉が嘘だったかのように静かに過ごした。先生たちの不信感はかなり弱まったと思われる。
そこで、慈善事業を模して生徒に訴える作戦に出た。
署名が集まれば、学園も動かざるを得ないはずだ。
「うまくいくかな……」
つい不安をもらしたことり。
隣にいたかなたは、こくりと頷いた。
「大丈夫だよ。僕たちは、みんなでここを卒業するんだ」
ことりは、ずいぶん背の伸びたかなたを見上げる。準備の手を止めず、目も合わせないかなた。けれどその瞳には強い力が宿っている。ことりには、それで充分だった。
「来たわよ」
ふうの声が聞こえた。
ことりはあわてて配置につく。
昇降口に向かって、一人の女子生徒が歩いてきていた。
「ありがとうございました!」
古着を提供してくれた男子生徒に、プリントを手渡した。目を落とした彼は、一瞬歩みを止める。
プリントをもらった生徒は、みんな同じ反応をした。
ことりは、汗ばむ両手をスカートで拭う。
相手は栄翔生だ。プリントがどこかに放置される可能性は低い。そこから先生にばれることはないだろう。
だが、先生に報告する生徒はいるかもしれない。少し前のことりたちのような、栄翔の刷り込みに抗えない生徒が。
(つまり、時間の問題……)
制限時間は、先生にばれ、活動を止められるまで。それまでにどれだけ署名を集められるかが勝負だ。
「――り。ことり!」
「はいっ!」
名前を強く呼ばれ、ぼうっとしていたことに気づいた。はっと前を向くと、そこにはポニーテールを揺らした一人の女子生徒が。
「みなみ先輩!?」
よ、と片手をかかげる少女の名はみなみ。高等部の二年生で、バドミントン部の先輩だ。
「お久しぶりです。あ、ご協力ありがとうございます!」
挨拶を交わし古着を受け取る。
みなみは、昔と同じ優しい笑みを向けた。
「相変わらず働き者だね、中等部の生徒会は」
ことりは苦笑いする。
アフリカの子どもたちへの想いはもちろんあるが、今回はそれが主ではなかった。
その姿がどう映ったのか。みなみは不意に真面目な顔になって言った。
「大丈夫? 高等部でもずいぶん有名人だけど」
一瞬、呼吸が止まる。
まさかそんなに広まっているとは思わなかった。
反射的に、隣を見た。古着を受け取り、プリントを渡す仲間たち。嫌な目を向けられても笑顔で対応する生徒会メンバー。
ことりはごくりと唾をのむと、みなみにほほえみを返し、答えた。
「大丈夫です。私たちは、負けません」
プリントを差し出す。
みなみの後ろに列ができだす。先輩はなにか言いかけたように見えたが、ポニーテールを揺らして去っていった。
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