第8話 成果
「はぁ……」
ペンを置き、ことりは大きなため息をついた。
そろそろ寮を出る時間だ。
書き上げたばかりの原稿用紙を半分に折る。早起きして書いたのは、三日前の緊急直談判の反省文だ。
あのあと続々と先生が集まり、ことりたちはこっぴどく怒られた。ペナルティは反省文と数学の問題集。問題集は早々に片づけたが、反省文にはどうしても手を出せずにいたのだ。
(だって、私たち間違ってない)
言い方には問題があったかもしれないが、訴え自体は間違っていない。
そんなことを思いながらの反省文は、遅々として進まなかった。
寮から学校までの短い道のりの間でも、ことりは居心地の悪さを感じていた。
生徒会と言えば、名実ともに校内トップの組織だ。それが教師と揉めたとあって、土日の間に全校に広まったらしい。
始業直前のため生徒数は少ないが、それでも向けられる好奇の目は多い。
(ふうは、なんであんな言い方を……)
不満や文句ではなく、純粋に疑問だった。
あの場合、適当に言い訳して校長と別れ、篠原先生と話すのが正解だったのではないだろうか。先生を味方につけて慎重にことを進めるはずが、ろくに話もできないまま中等部のトップを敵にしてしまった。かなたはふうの意図がわかっているようで、それもまたことりをもやもやさせた。
教室に入ると、一段と強く視線を感じた。
人目を避けて登校時間を遅らせたが、そのせいで教室にはほぼ全員がそろっている。
誰も声をかけてこない。感じの悪いひそひそ声だけがことりの耳に届いた。
いつも賑やかな男子たちが静かなのに気づいて目をやり、はっと息をのむ。
(あると……!?)
普段はみんなの輪の中心にいるあるとが、今日は一人で座っていた。
あるとには三日前のペナルティは課されていない。名前が出回ったのもことりたちと、事の発端であるつぼみだけのはずだ。それがなぜ孤立しているのだろうか。
声をかけようとしたが、寸前でチャイムが鳴った。
あるとに話しかけるタイミングはつかめないまま、授業が始まった。
教科は数学。先生は昨年異動してきた男性だ。
数学は得意だ。指示された問題はすぐに終わり、重たい気持ちをもて余してペンを回していた。
すると。
巡回していた先生が、ことりの横で足を止めた。
答え合わせでもしているのかと思ったが、なかなか立ち去る素振りを見せない。
顔をあげると、先生が突然しゃがみこんだ。
「ここ、ちょっと惜しいね」
そう言って胸元からペンを抜く。
(どこだろう……あれ?)
しかし、先生のペン先はノートの空白を指した。
「この問題はこの公式を――」
解説をしながら、何も書かれていないところに字を書き始める。
(何してるの……?)
顔を見ても、先生はノートから目を離さない。どうすることもできずに見ていると、やがて衝撃的な文章が書きあげられた。
『生徒会に協力させてほしい』
はっと息をのむことり。
先生は、ことりの目を見て深く頷いた。
頭の中で、全ての点が繋がった。ふうの態度。きつい言い方。篠原先生の前で。
「はい……! わ、かりました、そういうことですね!!」
ふうの交渉の、成果が現れた。
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