第5話 篠原先生

 ことりには、栄翔を出ても特にやりたいことはない。


 卒業を目指す理由の大部分は、つぼみを応援するため。気弱な彼女が夢を語ったとき、叶えてあげたいと強く思った。だがそのためには、栄翔にいてはだめだった。だからみんなにも協力してもらったのだ。


 二百年続く伝統に歯向かうのだから、学園での立場は急降下するだろう。卒業が認められたら、きっと卒業するしかない。栄翔しか知らない六人にとって、自由な進路選択は困難だ。けれどことりは、それも覚悟のうえだった。




「篠原先生、少しお時間いいですか?」


 国語科教員室。扉を開けたふうが呼びかけた。

 少し離れて待っていることりは、緊張を逃がすように深呼吸する。

 つぼみと、あるととだりあは来ていない。人数が少ないと、なんだか心細かった。

 隣のかなたはいつもどおりの無表情。最初は怖かったそっけない態度も、今では一つの安心材料だ。


(かなたはなんで協力してくれたんだろう……)


 基本的に他人に無関心なかなた。生徒会メンバーの名字すら怪しいと言われる彼が参加したのは意外だった。

 きいてみようかと思った、そのとき。


「質問かな?」


 篠原先生が現れた。


「いえ、少しお話があって来ました」


 まっすぐ伸びたふうの背中。心なしか緊張しているその後ろ姿に、ことりは近づいた。


「話?」


かなたが、さりげなく扉を閉めた。





 学園のシステムを変え、生徒の卒業や退学を認めてほしい。

 ふうがそう説明すると、先生は困ったような顔をした。ことりたちの方を見ない。


 黙ったまま見つめていると、やがて言いにくそうに口を開いた。


「ごめんね。気持ちはわかるんだけど、今の僕じゃあ……」


 言いよどむ先生。

 ことりは、思わずかなたを見上げた。不安に揺らぐ瞳をなだめるように、こくりと深く頷いてくれる。


「君たち、さっき製菓学校に行きたいって言いに来た子の友達?」

「はい。自分の夢がある子は、彼女だけではありません。先生にできないのなら、私たちが学園を変えます」


 淡々と言いきったふう。

 想像以上にストレートな物言いに、ことりも驚いた。


「君たちがって……いったい何をするつもり」

「おや、まだ残っていたのかね」


 目を見開いた篠原先生を遮るように、嫌味な感じの声が響いた。

 振り返ると、そこには中等部の校長先生が。

 ことりははっと息をのんだ。全身が強張る感覚。半ば反射的に、かなたの袖を握った。

 そっと手を重ねてくれるかなた。ことりは呼吸を再開しながら、緊張した面持ちでふうを見つめた。

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