第37話 祭壇の丘

「んっ……?」


ぼくの背中で、ネクトーさんが何かを感じたように、声をあげた。


「どうしました?」

「レブ、悪いが、急いで女の子たちを全員ここに集めろ」

「はい……?」

「この、柱のそばに来て、かたまるんだ、急げ」


 急かされて、ぼくは、まず、力のないネクトーさんの身体を、突き立っているパリャード様の柱にもたれかけさせた。上半身はだかのネクトーさんの身体には、首のまわりにぐるりと白い傷跡、そして、左肩から右の脇腹に抜ける太い傷跡がはっきり残り、騎士団長に斬られたあとが痛々しい。

 ぼくは、あちこちに座りこんでいる生け贄の女性たちに駆け寄り、声をかけていった。


「みなさん、急いで、ネクトーさんのところに行って、さあ早く」


 みんなわけがわからないまま、それでも、なんとか立ち上がって、ネクトーさんに近づく。


「よし、来たな。いいか、みんな、この柱のまわりから離れるなよ」


 全員がぼくたちのまわりにそろって、ネクトーさんがそう言った時、


 ——黄金の輝きが溢れた!


「あっ!」


 柱の上の、パリャード様の御徴が、まばゆく輝いていた。

 光が、聖堂の中をくまなく照らす。

 砕かれた魔法陣。

 無残な領主たちの骸。

 泥と化した化け物。

 聖堂の壁に刻まれた怪しげな文様。

 そのすべてが、明るい光にさらされ、濃い影をつくった。

 そして


  ゴゴゴゴゴ……


「なんだ?」


 地の底から、地鳴りが始まった。

 足元がぐらぐらと揺れた。


「きゃああっ?」


 あちこちで悲鳴が上がる。


「かたまって。離れないで!」


 ぼくは叫んだ。

 これも、敵なのか?

 まだ、なにか出てくるのか?

 ぼくはネクトーさんを見た。しかし、意外なことに、ネクトーさんの顔には、緊張感はない。そこあるのは、たぶん、あれはうんざりした表情だ。


  ベキベキッ!


 いきなり、黒い聖堂の外壁が、垂直に押しつぶされた。

 頑丈なその壁が、まるで薄い木の板のように砕かれた。

 とてつもなく大きな力が働いたのだ。

 そして、砕かれた壁の欠片が、ぼくらのいるこの地点を中心として、輪のように外へと押し広げられていく。

 広がる瓦礫の波に押されて、尖塔が一つ、崩れた。

 馬柵も倒れた。

 ジェーニャたちが閉じ込められていた兵舎も潰れた。


「なにがおきているんだ、これは」


  ゴゴゴゴゴ……


 そして、ぼくらのいる聖堂の床が、盛り上がり始めた。。


「うわわわわ」

「きゃああ」


 ぼくらをその上に乗せたまま、岩のかたまりが地下から押し出されてくる。

 石塊が、バラバラとはがれて落下する。

 外殻がはがれてむきだしとなった、せりあがってくる岩のかたまりの本体は、真っ白だ。そのかたちは、たくさんの段差がある小高い丘のようだった。

 ぼくは、足下に露出した白い岩をさわって、気づいた。

 これは、岩塩――。

 この白い岩は、岩塩だ。

 あのとき、ぼくの家を覆い尽くしたのとおなじだ。

 それにしても、この大きさは。

 領主の館のほとんどを押しつぶしている。

 いや、むしろ領主の館が、置き換わったというべきだろう。

 そんな、とてつもなく大きな岩塩のかたまりでできた丘の頂上に、ぼくらは乗っていたのだ。

 その頂上には、パリャード様の柱が屹立して。

 ネクトーさんが柱にもたれ。

 生け贄の乙女たちが座り。

 あたりには黄金の光が射し。

 これはまるで、聖なる祭壇の丘だ。


 外れにあったため、かろうじて崩れずにすんだ厨房の建物から、アダマンティアさんが飛び出してきた。

 ジェーニャと姫様を背中に乗せている。

 三人とも、建物から出るなり、あまりの光景に、目を見開いて、唖然としている。


「おーい、みんなここだぞー」


 そんな三人に、ネクトーさんが、軽い調子で手を振る。

 姫様はネクトーさんを、雷に打たれたような表情で見つめていたが、やがて、静かにアダマンティアさんから降りると、


「なんて、尊い……ネクトーさま……まさに、救い主の御姿が、ここに……」


 そういって、敬虔に、ひざまずく。


「ああ、姫様ぁー、そういうのは、おれはいらないから」


 ネクトーさんが、呼びかける。


「それより、はやく、食い物をくれえ……飢え死にしちまうよぉー……」

「あはははは、ネクトー、いま迎えに行ってやるけどさあ。これはいったい何の冗談だい?」


 アダマンティアさんが笑う。


「ネクトー、あんた、こともあろうに聖者になっちまってるよ、あははは」


 蜘蛛の脚を動かしながら、おかしくてたまらないという顔で、岩塩の丘をかけのぼってくる。


「そうだな、アダマンティア、これが神の冗談なのか、おれにもそれがわからないんだよ……」


 ネクトーさんは渋い顔で答えるのだった。

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