第35話 異星の神のしもべ
「ぐがあっ!」
「げうっ!」
「ぎぇえええ!」
黒い化け物を背にして、魔神と対峙していた三人。
領主、魔導師、もと修道士。
その三人が、突然、身もだえして、おめき声をあげた。
なにがいったい?
驚くぼくの目の前で、三人は、前のめりに倒れ、両手と膝をついて、獣のように四つん這いになった。
「「「げえええええっ!」」」
叫びながらうずくまる、その背中が丸く盛り上がった。
「お……お父様?」
ぼくの後ろで、姫様が声をあげる。
ゴキゴキゴキッ!
ベリベリベリッ!
次の瞬間、激しい音とともに、三人の背が、肉や内臓をまき散らしながら裂けた!
「あああああ!……お父様あっ!」
姫様の悲痛な叫び。
べしゃっと、中身が抜けて、血まみれのずだ袋と化した三人の身体が崩れ落ちた。
三人の皮を破って現れたのは、アダマンティアさんのときとおなじように、黒い化け物だ。
後ろの巨大な本体を、そのままに、大きさだけを小さく変えたその姿。
兜のような黒い本体に、無数の触角、そして節のある脚。
本体より小さいとはいえ、それでも大型の犬ほどの大きさはある。
三体の化け物は、同時に跳躍し、魔神にとびかかった。
ゴアアアアアアアアア!
ブウン!
雄叫びを上げた魔神が、その剛腕をふるう。
一体は、右の腕にはじきとばされて、聖堂の壁に激しくぶつかり、跳ね返ってぼくらの目の前に転がってきた。
「ひいいっ!」
女性たちが絶叫する。
ビシュル!
すかさずアダマンティアさんが糸を放ち、その化け物をとらえる。
粘着性のある糸は網となり、化け物を壁に貼り付けた。
化け物は、蜘蛛の網から抜け出そうと脚をうごめかすが、強力な糸がそれを許さない。
ぼくは駆け寄って、隕鉄の刃でとどめを刺す。
化け物はたちまち泥となって、壁から流れ落ちた。
ブウン!
ネクトーさんの左の腕に弾かれた一体は、くるくる回転しながら正面に向かってふっとび、本体の巨大な化け物に突き当たる。
本体の化け物は、ぐいっと兜をもたげ、兜の下にひらいた円形の口で、
がぐっ
飛んできたそれをかみ砕く。音を立てて甲羅が砕かれ、不気味な液体がしたたった。
本体の口がそれを咀嚼し、呑みこんでしまう。
凄絶な光景だ。
そして残るもう一体は――。
仲間二体がやられる隙に、攻撃をかいくぐり、魔神の胸にとびこむ。
ぞぶっ!
魔神の胸に飛び込んだ化け物は、触手でがっしりと抱き着くと、その口を魔神に押し付け、筋肉で盛り上がった胸をかみちぎった。
ゴアアアアアアアアア!
魔神がのけぞり、苦痛の叫びをあげる。
化け物を引き剥がそうとするが、
ぞぶり、ぞぶり、ぞぶり
化け物は、魔神の身体をむさぼりながら、肉体の中に食い入っていく。
ガアアアアアアアア!
絶叫する魔神。
魔神の黄色い体液が、ぼたぼたとこぼれ、硫黄の臭いがあたりに充満する。
「ネ、ネクトーさんっ!」
「ネクトー!」
ぼくとアダマンティアさんの叫びが響く。
しかし、化け物の攻勢は終わらない。
ついに、巨大な本体が動き出し、もだえ苦しむ魔神に接近する。
グネグネした何本もの触手を体の前で絡み合わせ、そこに一本の鋭い槍を生み出し、
どずっ!
激しい勢いで突き出された穂先が、魔神の腹を突き破った。
漆黒の魔人の身体を、肉を、内臓を、皮を一気に突き抜けて、魔神の背から飛び出した槍は、そこでその先端をひろげ、錨のように魔神をとらえて離さない。
そのまま触手が縮んでいく。
ずるずると、化け物の口に向かって引きずられる魔神/ネクトーさん。
「ど、どうすれば!」
「ううっ、ネクトー! 今、わたしが!」
アダマンティアさんが、わが身を顧みず飛び出そうとする。
ぼくらの後ろで、姫様が祈る声が聞こえた。
「パリャードの御神、どうか、どうかわたしたちにあなたのご加護を!」
震える、か細いその声。
と、その声に応えるかのように、
ドグァアアアン!!
聖堂の頑丈な壁を突き破って、飛び込んできたものがあった。
槍のごとき、先のとがった金属の太い柱。
そして、その柱の反対の端には、黄金色に輝く、パリャード様の
ああ、あれは!
そうだ、まぎれもなくあれは、この館で、パリャード様の聖堂の頂上に備え付けられていた、御徴だった。
聖堂が破壊され、この徴も、廃材とともに中庭の隅にうち棄てられていたはず。
それが、今、何の力が働いたのか、聖堂の頑健な壁をうち破って飛び込んできたのだった。
「ああ、パリャード様!」
姫様が感謝の声を上げる。
だが、ぼくは見た。
その黄金の御徴が、ぶるぶると震え、ぐるりと回転するのを。
あれは――。
(いいか、レブ、あの徴を上下逆にして、裏返してみろ、そうすると)
ネクトーさんが、修道院でぼくに話した言葉が蘇る。
その回転で現れるのは、まさに邪神ハーオスの徴。
では、これは、今この柱を動かしたのは、ハーオスなのか?
姫様の祈りに応えた、パリャード様ではなく。
しかし、見ている間に、また徴はぶるぶると震え、回転し、パリャード様の徴にもどり、そしてまた回転し――ああ、もはやどちらがどちらだか、わからない。
グガアアッ!
魔神は、目の前に飛び込んできたその柱を、がっしりとつかんだ。
そして、渾身の力で、化け物の口の中に叩き込む。
!!!!!!
化け物の苦痛の叫びが空間に満ちた。
魔神は、柱を握ったまま、床をけって跳躍し、
がずずっ!
その勢いのまま、化け物を裏返し、床に串刺しにした。
化け物は、腹をみせて、たくさんの脚と触手をじたばたさせるが、床にピン止めされた状態から逃れられない。
魔神が、かたずをのんでいるこちらを振り返り、ぼくに視線を合わせた。
(さあやれ、レブ、いまだ、その短刀でこいつを泥にかえせ)
促すネクトーさんの声が、ぼくにははっきりと聞こえた。
「はいっ、ネクトーさん!」
「よし、レブ、行くよ!」
「お願いします!」
アダマンティアさんが、ぼくを小脇につかんで、走り出す。
ぼくは、アダマンティアさんに抱えられながら、父さんの短刀を、いつでも刺せるように身構えた。
だが、
――
とつぜん、その声が響き渡った。
ぼくの頭の中に、金属的な、抑揚のない声が。
なにか根本的に異質、非人間的なその声音。
たぶんこの場にいる全員が、はっきりとそれを聞いた。
邪神のしもべ、勇敢なる男ネクトーよ。
聖堂の空気が震える。
この声を発しているのは、まちがいなくあの黒い化け物。
その化け物が、今、魔神/ネクトーさんに、語りかけている。
「こいつ、ここにきて、時間稼ぎか?」
アダマンティアさんがつぶやく。
しかし、つづく化け物の言葉は意外なものだった。
ネクトー、記憶をうばわれ、邪神の思うままに使われ
そのみじめなさまはどうだ
誇り高き汝が、その運命を
ガアっ?!
化け物の言葉に、動きをとめる魔神/ネクトーさん。
そして、化け物は、それを聞いていたものみなが、驚愕することを告げた。
聞け、ネクトーよ、我が神は、汝を
汝を、理不尽な邪神の契約から解放し、失われた記憶を蘇らせることができる。
生と死の
さあ、ネクトーよ、我が神のもとに来たれ。
我が神は、汝の気高い魂を歓迎する。
来たれ、ネクトー、
聖堂に、静寂がおりた。
すべてのものが、そこで動きをとめたようだった。
ぼくも、アダマンティアさんもその場に立ち尽くして。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます