第26話 話がかみ合わない
ジョンソンは遥々田舎から憧れた都会に出て来た。田舎じゃちょっとした人気者で女達がジョンソンの気を惹こうとしていた程だ。だからジョンソンは気を大きくして『ならいっちょ都会で俺の魅力を試してみるか』とばかりわざわざ出てきたのだ。
「なぁ、そこのお嬢さん。今から俺っちと良い事しないかい?」
「イキナリね!」
なんの事はない。田舎では娯楽が少なく、祭りや祝い以外に気軽に楽しめるものと言ったら、ゲフンゲフンくらいなもので、何か一緒に楽しい事をしようと話し掛ける時はそれがジョンソンの定番だった。
村じゃいつもそう話し掛けるとモジモジして照れながら寄って来たりしたのだがどうも都会は勝手が違うらしく、それでこそ出て来た甲斐があるとジョンソンは鼻息を荒くした。
鼻息を荒くしたジョンソンを見て話し掛けられた女性、ミリーは不審な男が鼻息を荒くしているのを見て顔を顰めるがジョンソンは一向に気づいていなかった。ジョンソンにとって幸運だったのは、ミリーがお節介焼きで話好きだった事だ。他の女性であれば「おまわりさん、こいつです。」案件だ。
ミリーが少し引いているのに気づかずにジョンソンは構わずミリーに話し掛ける。
「なぁ。俺っちの逞しい腕を触ってみないかい?君になら特別に触らせてあげても良いぞ?」
『何それ?』」とミリーは頭の中でハテナマークが浮かんだが、ジョンソンは至極大真面目だ。田舎では肉体労働をいかに巧くこなすかは良い男の評価基準の1つであり、それを示唆する逞しい腕というのは女性のあこがれの1つであり、男性のアピールポイントになっていた。しかしここは都会。仕事は肉体労働ばかりではなく、そして稼ぎの良い仕事は肉体労働ではなく知的労働だ。知的労働している者特有の、品の良さや服装の清潔さや所持品の品質などがアピールポイントとしては効果が高い。
ジョンソンはその都会と田舎の価値観の違いが分かっていなかった。なにせ今まで田舎暮らしで都会に出て来た事などなく、変わり映えしない田舎の狭い世界の出来事ではより多くの出来事が起こる都会の価値観が分からないのは当然だった。しかしまたミリーもジョンソンがなぜ腕をアピールしたのかが分からず、田舎の価値観を理解出来なかったから頭の中にハテナマークが浮かんだのだ。
「何それ?その腕、触ると何か良い事あるの?それとも何か特別なの?」
「ああ、特別さ。何たってビーンと力比べして負けなかったんだからな。」
「へぇ、何か凄そう。でビーンって誰?どこかの有名な力持ち?」
「いや、うちの村で一番弱い牛。」
「何、牛と比べてんのよ!しかも一番弱いって何よ!どこが凄いのかさっぱり分からないわ!」
「いやだって、お前、ケインの奴はさ。」
「奴はさって何よ。そもそもケインって誰よ。」
「村で一番強い牛。」
「そんなのいきなりケインとか言われても分からないわよ!村の常識で話さないでよ。それでケインがどうしたのよ。」
「だって牛だぜ?力比べしたって勝てっこねぇ。そこを負けないってんだから俺っちもたいしたもんだろう?」
「牛とどうしようと何も凄かないわよ!そんなの普通よ!」
「凄ぇ。都会じゃ牛と力比べするのが普通なのか。」
「違うわよ!」
ミリーはそんな話題性の乏しいのはそこらに溢れてる、気を惹きたければもっとすごい話題を出して来なさいよ、という意味で言ったつもりだがジョンソンはそう受け取らずに答えた。当然ミリーはまた言い返したがジョンソンはミリーの言葉など聞かずにウンウンと頷きながら何か納得していた。
一頻り納得した後にジョンソンが話し出す。
「でさ。俺っちと一緒に遊ばないかい?」
「頷いていたと思ったらまたイキナリね。あなたと遊んで何か楽しいの?」
ツンとミリーは突き放す様に言いはしたものの、見るからに田舎者で付き合うのはちょっとと思えたが、自身はイケてるんだと思っている所も含めて良く言えば善良そうな或いは素朴そうな、悪く言えば田舎臭い素振りをするジョンソンを突き放すのも、じゃれてきた子犬をシッシッと追い払う様で少し気が引けるから、でも見た目はどちらかと言えば大型の雑種犬だが、ちょっと話の種に話してみようと思った。
ジョンソンはミリーが話を聞こうとするのを見て、『ほら、やっぱり俺の魅力は都会でも通用するんだ』と思い、鼻息の荒いままにミリーに話し掛ける。
「君の為にとびっきりの水車小屋を予約しておいたんだ。」
「そんな扱いされた事ないからどう凄いのか分からないわ。」
ここぞとばかりにジョンソンは村で良く使うキメ台詞を言う。しかしミリーには凄さが分からない。どう凄いのかまったく分からない。なぜ水車小屋?と思うのが多分ジョンソンの村ではそれが何か良い事なのだろうとしか分からない。そんなミリーの返事を聞いてジョンソンはヤレヤレと言った感じで答える。
「分からない?可哀想に。君みたいな可愛い子が大事に扱われないなんて、なんて不幸な事なんだ。俺っちなら君を大切にしてあげるよ。」
「例えばどうやって?」
「そうだね。その為だけにとっておいた藁を一面に敷き詰めて上げるさ。」
「牛なら喜びそうね。新鮮で綺麗だから。」
「そうさ。君を汚すなんて考えられないよ。」
「でもまず水車小屋まで行く間に汚れそうだし。」
「ああ。折角、水車小屋を用意したのに。なんでここは村じゃないんだ。」
「村だったらそもそも私が居ないわよ。」
「直に、君も村の一員さ。」
「何、勝手にシレッと私があなたのとこに嫁に行く流れになってんのよ!」
「いやかい?俺っちなら君を大切にするよ?」
「もっとあなたに似合った人が居る筈よ。そっちにしなさい。」
それとなくミリーはジョンソンに気がないのを伝えるが、そんな話し方をされた事がないジョンソンには丸っきり分からず意味が伝わらない。だからジョンソンは謙遜だと思って押し切ろうとする。
「その麗しき容貌は隣んちのベルをも上回る。」
また村内でしか通じなさそうな話を出して来たジョンソンにミリーはやれやれとばかりにあえて問う。
「ふーん。で、ベルって誰?」
「トムんとこの牛」
「なんで牛とくらべるのよ!」
「え?でもアンもキャシーも喜ぶんだけどなぁ。」
「おかしいでしょ!」
「いやぁ、あの豊満な胸を超えると言ったら喜ぶんだよ。それにベルの出すミルクはうまいんだ。」
「セクハラじゃない!」
村の価値観が分からない、とミリーは嘆く。いや、まぁ、確かに女性の象徴として胸が素晴らしいと、あからさまは嫌だが遠回しに褒めてくれるのならミリーもちょっとは嬉しい。でもドストライクに直球を投げ込まれたら言葉遊びも何もヘッタクレもない。お前は胸だけの女だ、と言われている様な気がしないでもない。この田舎者は言葉の暴力ってものを知らないといけない、とミリーは思いつつも、そんな事も気づかず相手を褒めようとしているだけの善良さに溜息を吐く。
「まぁいいわ。ならどう大切にしてくれるのか言ってみてよ。」
「そうだなぁ。トムがベルを大切に可愛がる位には大切にする。」
「なんでまたベルを出してくるのよ!人間出しなさいよ!」
「いや、でもなぁ。トムのベルへの愛情は凄いんだぜ?キャシーが嫉妬する位。」
「待って!色々と言いたい事はあるけど、その前に村内の生々しい人間関係をそれとなく匂わせないで!」
「ん?俺っち、なんか変な事言ったか?それはともかく、トムがベルを甲斐甲斐しく世話する位には可愛がってあげるぜ?」
「そのトムって人がどれだけベルの世話に熱心か私には全く分からないわ。むしろ、あなたが牛と付き合ったらよいんじゃないかしら。」
「ハハハ。バカ言っちゃいけない。牛となんて御免だよ。くんずほぐれずアレヤコレヤが出来ないじゃないか。」
「ちょっとは言葉の裏に隠しなさいよ!それにそれなら牛を引き合いに出してくるんじゃないわよ!」
「でもなぁ。アンにキャシーみたいに大事に扱うぜって言ったら思いっきり引っぱたかれたからなぁ。」
「それは確実にあなたが悪い。」
「でも、トムがベルを扱う様にって言ったら喜んでくれたんだよ。」
「さっきのよりは分かる様な気がするわ。どっちがマシか程度でしかないけど。」
「なら君もキャシーみたいに扱うよ。それで良いか?」
「引っぱたくのに同意してるでしょ!」
「なんで大切に扱われるのを拒むのかさっぱり分からない。」
「分かってないのはあなただし、問題はそこじゃないでしょ。」
「じゃあアンの様に?」
「引っぱたくわよ!?」
「だよなぁ。アンの様に扱うって言っちゃったらオヤジさんのあの厳しい躾けがなぁ。」
「やめて!これ以上生々しい村の事情を私に刷り込まないで!そもそもそれも違うわよ!」
「良く分かんねぇなぁ。都会の女は扱いづれぇ。」
「都会の女じゃなくてもこうなるわよ!」
「ハハ!確かにな!アンだって引っぱたいてきたし。」
「そこで笑えるあなたの笑いのツボがどこか分からないわよ!」
突然笑い出したジョンソンにミリーは困った奴だと言った感じで話す。
「無駄にあなたの村の人の事、詳しくなっちゃったじゃない。会ってもないのに親近感湧いちゃうわ。」
「ならいつ村に来ても大丈夫だな。俺っちも安心して紹介出来る。」
「なんであなたの村に行く事になってんのよ!」
「もう俺達、気心の知れた仲じゃないか。」
「会って数分しか経ってないわよ!」
「会ってすぐに恋に落ちる事だってあるんだ。人間関係の親密さを決めるのは時間の長さだけじゃない。」
「何、良い事言った風な表情で満足してんのよ!親指立てないで下しなさいよ!」
イイ笑顔でサムズアップするジョンソンの親指をはたく様な素振りで手を振り下すミリーだがジョンソンは一向に止めない。
そんなジョンソンにミリーが更に何か言おうとしたところに、ジョンソンとミリーを見ていたらしい男性が話し掛けて来た。
「ちょっとお話いいですか?」
ジョンソンだけでなく他の男性にも声を掛けられたミリーは、
(あら、今日はあちこちからナンパされるのね。それにこの人はちょっとイケメン。やだわ、わたしったらこんなにモテて。)
とまんざらではない雰囲気で、男性が話すのを促した。
「こんなところで路上ライブしてないで良かったらウチのハコでやりませんか?ウチのプロダクションに所属して貰えればマネージャー付けてサポートしますよ。」
「路上ライブじゃないわよ!」
「いいですねぇ!そのツッコミ。スカウトを受けてもまだ芸風を保って自身を売り込もうとするそのやる気!やっぱり声を掛けて正解でした!最近の芸人は路上ライブ敢行する程の気概のない大人しくてやる気の見えないのが多くて。」
「だから路上ライブじゃないって言ってるじゃないの!あなたも何か言いなさいよ!」
ミリーから話を振られたジョンソンは戸惑いながらも答える。
「え・・・。俺っちも出れるのか?いやあ、やっぱり俺っち程の才能の持ち主になると周りが放っておかないんだなぁ。」
「何、いきなり自画自賛してんのよ!そんなじゃすぐに騙されるわよ!?あなたもちゃんと言いなさいよ!」
「俺っちは君と一緒に遊べるならどこでも良いぞ?」
「そんなとこで寛容さを見せないでよ!どうせなら私が喜べる所で遊ぼうとしなさいよ!」
「じゃあ、とっておきの場所があるんだ。ベルも気に入ってくれたちょっと離れた山の中腹から見る景色がまた何とも良いんだ。」
「あなたもちょっとは村から離れなさいよ!そもそも今からその山に行くのにどれだけ時間がかかるのよ!それに他の女にしたのを平然と言わない!ってそれ牛じゃないの!」
「いや、俺っち、今、村から結構離れてるんだけど・・・。」
「言葉通りに受け取らないでよ!」
ジョンソンとミリーのやり取りを見た男性が2人に向かって話す。
「いいね!そのキレ!やっぱり路上ライブやろうとするだけあって肝が据わってる。」
「だから路上ライブじゃないって言ってるでしょ!」
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