第25話 超個人主義サッカー
「全国のサッカーファンの皆さま。こんにちわ。コンチクショー共の祭典、荒ぶれ杯決勝戦の時間です。解説は私、ジャクソンと。」
「皆さまの代弁役、ポールでお送りします。」
「さて、ポール。今回もまた素敵なメンバーですね。」
「ええ、そうですね。ジャクソン。今回も素で敵じゃないのかこいつらと思えるメンバーですね。サッカーを舐めてます。」
「それは言わない約束でしょう、ポール。あいつらも一応は真面目にやってるんですから。」
「ええ、そうですね。真面目にやってあれなのが素敵さ倍増ですね。」
「というわけで、今回の荒ぶれ杯は我儘ファイターズと自己中ウォリアーズの対決です。いつもの様にエキサイティングな試合を見せてくれるでしょう。」
「エキサイティングするのは彼らだけでこちらはおいてけぼりかも知れませんよ。」
「かも知れません。かも知れませんが選手の活躍に期待しましょう。」
「今日もせめて監督が胃潰瘍で倒れない事を願うだけですね。現在2対1でファイターズの方が多く監督を降していますから。」
「そういった意味ではファイターズは後がないですね。もう控えの監督が居ませんから。追い詰められたファイターズがどう出てくるかも注目です。」
「さぁ、ホイッスルです。まずボールを持ったのは自己中ウォリアーズ。軽快なパス回し。自己中な彼ららしくない巧妙なスタートです。しかしファイターズも負けてません。プレスを仕掛けてプレッシャーを掛けてますね。」
「ええ。いつもこんななら監督も失意の余り膝を付く事もないんですが。」
「そうですね。でもそれが何かが起きる予感を感じさせ・・・、おおっと!テリー選手の豪快なボレー!これは決まった!美しい。」
「ええ。これは確かに美しいボレー。本人もドヤ顔です。しかしそれだけなのがいつもの悪い点ですね。」
「確かに。どれだけ綺麗なボレーをしてもセンターライン辺りで見せつけるだけなら得点に繋がりません。非常に残念です。ボールはディフェンダーが拾い、ファイターズが攻める番ですね。」
「いえ、それだけじゃありませんよ。見てください。」
「ああっと。テリー選手。これはアレか。いつものアレか。リポーターのメリンダが近くに居るので聞いてみましょう。メリンダさん?」
「はい。リポーターのメリンダです。今ですね。テリー選手がどうしてあれで得点にならないのかと審判に抗議している最中です。主審は『相手してられない』とばかりに副審に任せようとしましたが副審も『御免被る』とばかりに拒否し、先程、事故担当のトレバー氏が臨時副審としてフィールドに入りました。」
「なるほど。トレバー氏ですか。」
「はい。あのトレバー氏です。ゴンザレス選手の地面に寝ころび手足バタバタ地団駄事件を穏便に解決したあのトレバー氏です。」
「あの時は大変でしたね。得点くれなきゃヤダヤダと突然寝転がりましたからね。」
「はい。それをまるで母親の様な笑みを見せてロスタイムまで使って懇々とせっきょ・・・、ゴホン宥めたあの手腕が今日はテリー選手に使われようとしています。テリー選手は今日もお得意の『魅せプレー』でごねてますからね。」
「おおっと?テリー選手が大きくアピールしてますが何を言っているんでしょうか?メリンダさん?」
「ええっとですね。どうやら『あのボレーシュートは由緒あるボレーシュートで得点を決めた実績がある。なぜそのボレーシュートを完全に再現して得点にならないんだ』とごねている様です。」
「テリー選手は今日も好調ですね。舌の滑り具合も良いようです。」
「そうですね。テリー選手は以前に『ダーバの悲劇』を起こしていますからね。」
「そう言えばそういう事もありましたね。あれは確か・・・」
「20年前に奇跡的なボレーシュートを決めた選手と全く同じ動きをしたテリー選手に審判が得点を認めたという謎の判定があったやつですね。ジャクソン?」
「それです、ポール。」
「あれは確かその20年前の試合で勝ったチームの起こした経済効果で救われた商店の息子が審判になって、その時と同じボレーシュートに感動して得点を認めたという経緯がありましたねぇ。」
「そうです、思い出しました。あの時は私も唖然としました。ボールはゴールを越えてラインオーバーしたにもかかわらず、得点になりましたからね。あんな事を2度と起こさない様に注意してほしいですね。それで今、状況はどうですか?メリンダさん。」
「はい。テリー選手の必死の抗議にトレバー氏が仏の様な笑みを浮かべて話を聞いています。どうすればあんな良く分からない抗議をあんな笑みで聞けるのでしょうか。これまでのトレバー氏の人生経験に興味が湧いてきま・・・」
「おおっと!ここで皆がテリー選手にくぎ付けな間にいつの間にかボールはもう一度ウォリアーズに渡ってゴール!ウォリアーズ、先取点ですが、これはいけませんね。」
「ええ、いけません。抗議中に得点が上がった事でどうもテリー選手が勘違いした様です。しきりにガッツポーズをして、ああ・・・、走り出しましたね。意味も無くシャツを脱いで振り回しています。どうします?ジャクソン。」
「どうやら勘違いさせてしまったようです。これはジャッジ、痛恨のミス。これまでにも増してテリー選手は『魅せプレー』に拘るでしょう。頭の痛い問題です。」
「そうなんですが、テリー選手が居なくても得点を上げれてしまうというのがまた問題ではないかと私は思うんです。それをテリー選手が自身で得点したと思い込んでしまうのが更に輪を掛けてしまうのではないかと。」
「そうですね。今も主審に抱き付いているのは頂けません。主審が必死に『俺はやってない』とアピールしています。それに対してトレバー氏は肩を落として退場です。何とも不運。これで評価されるトレバー氏は何とも不運です。一応これでテリー選手の問題も片付いたので現場からの実況ありがとうございました、メリンダさん。」
試合は両者拮抗して進む。
「今日のファイターズの動きは鈍いですね。」
「ええ。恐らくは監督が問題ですねぇ。」
「こちらで入手した情報によりますと現在入っている監督は60歳という高齢。一度胃潰瘍で入院した際に引退した筈ですが、後任の監督が2人とも病院送りになったので何とか戻ってきてもらったという曰く付きの人物です。でしたね?ポール。」
「ええ。その通りです。ヴィクター監督は『血まみれのヴィクター』という異名を持つために残虐だ冷酷だと新規ファンには思われがちですが、実際は繊細過ぎて選手の破天荒振りに胃を痛めて鮮血を噴き出した極めて優しい2児のパパだった人です。その子供も育って1人は監督をしていたのですが、選手を更生しようとして返り討ちに遭い、胃を壊して現在入院中。ならば息子の仇とばかりに戻って来た老将です。さすがに親子揃って病院送りにしたのを気にしたのか、ファイターズは普段の精彩を欠いてしまっていますね。はっちゃけてしまえば動きも良くなるんでしょうがいつ血を噴き出すか分からない監督が居るのでは様子を窺うしかありません。ファイターズは打てる手が限られてますね。」
「しかしそうなるとこのまま押し切られて試合終了になりますが?」
「ですから恐らく、時間を測っているのだと思います。」
「へぇ、時間を?」
「はい。短時間ならそれ程、胃に負担を掛けないだろうと考えているんでしょう。先程ウォリアーズのアルバート監督が突然ディフェンダーがボールを持ったままセンターラインを越えて攻めた事で血管ブチギレしそうな勢いで怒っていたのを見てああなるのはマズイとか考えているんでしょう。そりゃまあ、センターラインを越えた上に勝手に止まって踊りながらリフティングして華麗に相手を捌くつもりが難なくボールを奪われていたらそうなります。しかも『ちょっと今のナシ』とか言い出しましたからね。やるならせめてもっと上手くやれと言いたいのは私だけではなかった筈。」
「そうなるとチャンスは一回、多くて二回でしょうか。」
「ええ、そうなると思います。そもそも得失点の事をまるで考えていないのがファイターズですからね。1点とっても引き分けにしかならないのは既に頭の中から消去されているかと。いかに自分達が楽しむか、そして個人技で魅せて年俸をどれだけ積ませるかしか考えてないのでしょう。相変わらずのクズっぷりです。」
「観客が見たいのは集団プレーの巧さなんですけれど、選手はどう考えているんでしょう。」
「さぁ、さすがにそれは私にも良く分かりませんが、困った事に最近は選手のバカっぷりを見に来る観客も居るらしいので彼らのそれがあながち間違いではないというのも選手が調子に乗る要因になってしまっている様です。観客がそうやって選手を煽るので監督の胃はキリキリ舞いでしょう。」
「翻弄する相手が違う様な気もしますが、さぁ、試合も終盤。ここからファイターズの反撃なるか。おおっと。ファイターズ動いた!これはまさかの。」
「ええ。ファイターズお得意のジェットストリームアタックです。」
「来ましたねぇ。フォワード3人が縦に並んで誰がボールを持ってどちらに躱すか分からなくするという戦法ですね。一度やってファンにウケが良かったので時々やってしまうプレーですがどうしてもミッドフィルダーをカバーに上げ始めた時点でバレるんですよね、この戦法。」
「ええ。フォワード3人を縦に並べた穴をどうやったって隠せませんからね。多分彼らはラグビーか何かと勘違いしてるんです。」
「状況を打開するには新しい何かを取り入れるのはよくある事ですが些かチャレンジャーすぎる気はします。」
「ええ。フォワード3人が集まるから相手も同じ所に密集して連係プレーもあったものじゃない。常にボールに群がり集まる少年サッカー状態ですね。」
「しかしファイターズの3人は器用ですね。先頭がドリブルで躱そうとして無理だったら後ろにボールを回して横をすり抜けさせようとしてそれも止められたら更に後ろに回し、先頭に居た1人が後ろに回ってフォローするという、無駄な所に巧みさがにじみ出ています。」
「ジェットストリームアタックに拘るからどんどん後ろに下がってますねぇ。これが囮で誰かがサイドから回り込むのなら良い作戦に見えるんですが。小さいエリアでボール回してどうするんでしょうか。」
「残り時間も少なくなってきてファイターズ増々苦しい・・・。おおっと!ファイターズに新たな動き。先頭を走っていたバートン選手が地面に仰向けに寝転がったと思えば膝を曲げたまま足を上に向けて、その足の上に乗ったドナルド選手がそのままバートン選手を踏み台に高く舞い上がった!バートン選手もドナルド選手に合わせて足を伸ばしジャンプが高くなるように協力しています。そのタイミングで更に後ろのフェビアン選手がボールを上手くドナルド選手に合わせる形でパスしています。どうしてこういう所だけ絶妙に上手いんでしょうか。理解に苦しみます。」
「ええ。全くその通りです。それが出来るならジェットストリームアタックもこの某マンガに出てくるようなヘディングシュートも必要ない筈なんですが。」
「そこはやはり個人技で魅せないと年俸が上がらないからなんでしょう。しかし、惜しい。これがセンターラインを割って自陣側でなければ、相手側のペナルティエリアであるなら見事なヘディングシュートだったでしょう。」
「ええ。そこで出来ないからこそあの位置なんですけどね。それにしてもこれがどう影響してくるか・・・」
「なるほど。あ!・・・。やはり来ましたね。ヴィクター監督、膝から崩れ落ちてます。片手を地面に付きながらももう片方は胃の辺りを抑えています。これは悪夢の再来か?まだ下を向いているのが救いか?華麗に鮮やかな何かが舞う前兆か?おおっと、ここでホイッスル!ヴィクター監督、ホイッスルに救われました!すぐに担架で運ばれる様です。悪夢の再来は防ぎました。これは大きいですね、ポール?」
「ええ。その通りです。試合に負けて勝負に勝った感じがします。守るべき所はしっかり守りましたね、ファイターズ。これは次に期待出来るかも知れません。監督の胃が持ちさえすれば。」
「ですね。今後に期待です。では時間も間際ですので本日はここまでです。善良なサッカーファンなら一度は文句を言いたくなるおなじみ荒ぶれ杯からの中継でした。」
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