第23話 フィッシュ or ビーフ

アンディは地元にあるレストランを訪れた。いつもはこんなところを利用しないのだがたまには良いかと思ったのだ。アンディがこじんまりした店のドアをくぐると、店主のハーマンが微笑みながら「いらっしゃいませ」と言い、注文を取る為に席につくアンディへと近づく。ハーマンがテーブルに近づく最中、アンディはテーブルに置かれたメニュー表を見ながら何を注文するかを考えていた。

やがてそれほど間を置くこともなくハーマンがテーブルへとやってくると、アンディはハーマンがお決まりのセリフを言うのを待ちながらもどれにしようかとメニュー表に目を彷徨わせていたら。


「フィッシュ or ビーフ?」


「なんでだよ!」


「お気に召しませんか?」


「召す召さないじゃない。」


「なら、フィッシュ and ビーフ?」


「だからなんでだよ!おかしいだろ!」


「orがお気に召さないのかと思って。店の売り上げにも繋がりますし。」


「そんなわけあるか。なんだよ"フィッシュ and ビーフ"って。俺は大食いじゃないぞ。」


「これは失礼しました。では改めてフィッシュ or ビーフ?」


「だからなんでだよ!そこは『ご注文はお決まりですか?』だろう!」


「いえ、お客様を考慮いたしまして途中の過程を省略した次第で。」


「だからなんでそうなるの?あんた予言者?俺がフィッシュかビーフ頼むとか当てれんの?」


「ある意味ではそうかも知れません。」


「え、何?俺がそれ注文するとか分かんの?あれか?客を見れば大体何を注文するか分かるベテランの勘ってやつ?」


「いえ、そういうものでもないです。」


「じゃああれか?店のオススメってやつ?でもメニューにはそんなの書いてないな。」


「そういうものでもないです。」


「じゃあ何?客がメニュー見て注文するのが当然だろ。」


「そうとも言います。」


「なんかはっきりしないな。まあいいや。じゃあこれ。」


アンディがメニュー表の品を指差すとハーマンがそれに頷き確認を取ろうとする。


「サーモン定食ですね。」


「ちげぇよ!チキン南蛮だろうが。よく見ろよ。」


「いや失礼。小指で指していたもので。」


「なんでだよ。普通は人差し指、人差し指だ。何のために差し指って名前がついてるのかなぁ?うーん?」


「人を指すからじゃないでしょうか。なら品を指すなら別の指かなと。」


「返しがすごいな。思わず納得しそうになったよ。」


「お褒め頂きありがとうございます。」


「褒めてねぇよ!じゃ、これ頼むわ。」


「生憎と、現在当家の地鶏様は散歩に出たまま帰っておりません。戻ってきてから捌くのと血抜きで6時間程待って頂く事になりますが。」


「なんでいきなり本格的なの?自家養殖で品質追求ってやつ?それになんで様付けなの?何、散歩って。」


「先日の台風で運悪く柵が壊れまして『強い奴に会いに行く』と言って旅に出ていかれました。」


「敬語も気になるけど鶏がしゃべんの?」


「いえ、アイコンタクトです。目が語っていました。」


「それ単に逃げられただけだよね?え、何?全部逃げられたの?じゃあチキンは食べれないの?」


「全部と言えば全部ですね。タクローが柵から逃げ出して一匹も居なくなりましたから。」


「それって1匹だけじゃん。それに名前つけてペットってことだよね?何?ペット捌くつもりだったの?」


「まさかそんなわけないじゃないですか。タクロー以外に鶏肉がないだけです。」


「そこまでしろって言ってないよ!そもそも普通に在庫切らしてるって言えよ。それに6時間じゃ帰って来るか分かんないだろ。」


「ええ、もう4日程出掛けたままなので。探しに行けばもしかするとと思ってます。あくまでお客様がメニューを見て選びたいとか言いましたので。」


「俺が悪いみたいに言うなよ。仕入れミスったそっちの責任だろ。」


「それよりお決まりになりましたか?」


「思いっきり話を逸らしたよ。まぁいいや、鶏の話をしたいわけじゃないし。俺はメシを食いたいの。じゃあ、こっち。」


「牛肉の叩きですね。畏まりました。」


「違う!なんで手の平の下のを・・・、って何?今度は中指?」


「いえ、親指です。」


「たいした違いねぇよ!これ!豚生姜焼き定食!」


「なぜ魚と牛肉を避けられるのです?」


「避けてねぇよ。今食いたいのがこれなんだよ。」


「またまた御冗談を。本当はビーフが食べたいのに素直になれないんですね。分かります、その気持ち。」


「俺の方は分かんねぇよ、お前の気持ちが!違うだろ、これ、こ、れ!」


「恥ずかしがらなくて良いんですよ?誰だってビーフを嫌いになんてなれません。さぁ、正直になって。」


「しつこいな!なに?豚生姜焼きだとなんか問題あんの?」


「いえ、そういう事はなく。あ、そういえば先日仕入先の豚の畜産場の近くで疫病が発生したとか。」


「なんで今言うのかな?近いってどれくらいなんだよ?なんか問題になってんのか?」


「いいえ。近いと言っても約4万kmなんですけどね。」


「ほぼ地球の真裏じゃねぇかよ。もしかするとこっちのが近いんじゃないか?最も遠いの間違いじゃないのか?」


「そうとも言いますね。でも厳密には最も遠い所からは近いので。」


「とんちみたいになってんのな、お前の頭ん中。それで豚生姜焼きは出来んの?出来ないの?」


「少しお待ちいただければ愛豚のロブを・・・」


「そういうのはいいから。何、メシ食おうとすると毎回悲壮感を漂わせんの?」


「いえいえ、今回は別に。なにせ隣のトムん所の豚ですから。」


「ストォーップ!それ犯罪だろ。」


「私は気にしません。お客様から要求されたと弁明しますので。」


「弁明って言っちゃってるよ。しかも俺が脅したような言い方に。」


「それでお客様、実行されますかされませんか?」


「何?俺が脅されてるみたいになってるじゃん。やらない、やらない。なんだよ仕入れ失敗したってんなら初めから言えよ。」


「バカな事を言っちゃだめですよ。仕入れなんて失敗してません。」


「じゃあなんで鶏も豚もダメなんだよ?」


「HAHAHA!最初から仕入れてないからに決まってるからじゃないですか。」


「ならメニューに載せんなよ!」


「何を言ってるんです。メニュー表を置いてない店だと客の入りが悪いじゃないですか。後はお客様が魚か牛肉を選んでくれれば何の問題もないわけです。」


「それはメニュー表の意味ないだろ。」


「ありますよ。ちゃんとレパートリーが乗ってるじゃないですか。」


「魚は天ぷらと焼きと炒め、牛肉は叩きとステーキだけじゃねぇか。」


「いやぁ、先日、店主を交代したばかりでして。作れるものが少ないんですよ。」


「にしたって酷いだろぉー。」


「チキンと豚なら自信あるんですけどね。」


「じゃあなんで仕入れないんだよ。」


「ほら、人間いつまでも同じことばかりしてたら成長しないっていうか現状に満足するじゃないですか。だからちょっと自身を追い詰めて新たな道を開拓しようかと。」


「そういうのに客を巻き込むなよ。」


「こういうのはプレッシャーがないと伸びないんですよ。」


「だから客を巻き込むなって。」


「大丈夫です。お客様は寛大ですから。」


「お前が言うなよ。」


「じゃあ、お客様は話題に飢えてますから。」


「自分の食事をネタにされたいとは思わないぞ、普通。むしろ満たしたいのは食欲だ。」


「じゃあ、あれです。私に投資してみませんか?ここで私を支援してくれたら将来美味しい食事を提供できるかも知れませんよ。」


「それは店を開く前にやってくれないか。それかもっと別の時に。こっちは食事がしたいんであってあなたの欲求に付き合いたいんじゃない。」


「じゃあ、ちょっとだけ、ちょっとだけお願いします。」


「何がちょっとだよ!がっつり俺の食事を使うつもりじゃないか。」


「ほんのちょっとですよ、魚も牛肉も使わせてください!」


「がっつりじゃねぇかよ!なんでまた"フィッシュ and ビーフ"になってんだよ。いいかげんにしろ。」

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