第22話 お客様の中に居ませんか
エイドリアンが機内でくつろいでいる所に前方の扉からスタッフのアグネスが勢いよく飛び出して来てこう言った。
「お客様!お客様の中に・・・」
お、何か起きたか、それなら医者のオレの出番かとエイドリアンが立ち上がる途中にアグネスは言葉を続けた。
「ブロンドで肌が少し黒くて目がパッチリしてて微笑むと口元が艶めかしい方は居ませんか!」
それを聞いたエイドリアンは動きを止めたが既にほとんど立ち上がっており、エイドリアンとアグネスは目が合ってしまって、気まずい雰囲気の中でアグネスがこう言った。
「お客様は女性には見えませんが?あ、もしかしてマイノリティの方・・・。でも肌が白いですよね。」
「マイノリティの方じゃない。女性でもない。そこは間違えないでくれ。横に座っている方が『え、意外!?』という顔でこっち見るから。そんな噂が流れたら彼女に泣かれる。・・・ゴホン。そんな事よりそのアナウンスは何なんだ。紛らわしい。何か重大な事件でも発生したと思っただろう。」
「紛らわしくなんてありません。重大な事件が起きたんです。」
そう聞いてエイドリアンを含めた乗客はアグネスに注意を向ける。するとアグネスがそれに応える様に話し始める。
「実は・・・、機長のコリーが振られたんです。」
「それのどこが重大な事件なんだよ!」
思わずエイドリアンが叫ぶとアグネスはそれは違うと言わんばかりに反論する。
「重大に決まってるじゃないですか!私の進退にかかわるんです!」
「どういう事だよ。」
思わず聞いてしまったエイドリアンは踏み込んではいけない事に半ば踏み込んでしまったかと思うが既に遅くアグネスは話し出す。
「私・・・、まだコリーが付き合ってるもんだと思って聞いちゃったんです。何か今日もコリーはご機嫌でうまく言ってるんだと思ってたんですけど、・・・カラ元気だったんです。振られて落ち込みそうだから無理矢理明るくしてたみたいなんです。それで、『そろそろ結婚するの?あの子と』って言っちゃったんですよね・・・。」
「まぁ、その、うん、気の毒な話だ。」
エイドリアンはさすがにプライベートの話にとやかく言う事も出来ず言葉を濁して答えたがアグネスは話を続ける。
「でもなんか、皆は気づいてたみたいでなるべく当たり障りのない話を選んでたみたいなんです。私っていつもそう。ちょっと可愛いからってどこか抜けてるんですよね・・・。」
「さらっと、自慢が入ったがそれでどう大変なんだ。」
「ああ、それでですね。取り繕うと言うか励ますと言うかそんな感じでフォローしようとして皆も応援してくれたんですけどね?そうしてたらコリーがこう言ったんです。『ああ、アグネスが彼女だったら良かったのに。』って。酷いと思いません!?」
「どう酷いかってそれを聞いてそう思うお前が酷いよ!」
「え、何でですか・・・。パラハラですよ、パワハラ。機長が強い権限振りかざしてスタッフに強要ですよ!?」
「そこじゃねぇ。」
「何が違うっていうんですか。それでですね、私、考えたんです。何か周りの同調圧力っていうか皆が『とりあえず良い返事しとけ』って目で見てくるんですけど、それは出来ないなと思ったんです。」
「なんで出来ないんだよ。」
「生理的に受け付けなくて。」
「さっきから何気に酷いな、お前。」
「それでですね。私、考えたんです。じゃあ、私に似た女性にコリーと付き合って貰えば良いんじゃないかって。」
「ん?何だって?」
「だから、コリーが『私が彼女だったらよかったのに』なんて言うからそれなら私に似た女性でも良いんじゃないかって思ったんです。もしかするとコリーでも良いって奇特な方が居るかもしれませんから。」
「だからお前は何気にさらっと毒を吐くな。それにさっきなんて言ってた?」
「え?さっきですか?じゃあ、改めて聞きますね。ブロンドで肌が少し黒くて目がパッチリしてて微笑むと口元が艶めかしい方は居ませんか!」
「「それはない。」」
アグネスの言葉に回りの客が思わず口を揃えて答え、アグネスは涙目で猛然と抗議しようとするが、話が終わらないと思ったエイドリアンが遮る。
「それで、何が重大なんだ。あなたには重大かも知れないけど今どうにかしなきゃいけない問題なのか?それだけなら、今は別にオートで着陸するだろうし何の問題もないだろう。」
エイドリアンがそう告げ、周りの客も『そうだそうだ』とばかりに賛同するがアグネスは首を横に振り話し出す。
「それが・・・。着陸予定の空港近辺の天候が悪く、どうにも手動操縦での調整が必要みたいなんです。それでコリーが『俺、もうダメかもしんない』とか言うから皆、結構必死で。」
その一言でシーンとする乗客達。その中でようやくエイドリアンが今まで話していたからか皆の意見を代表して聞く。
「じゃ、じゃあ、副機長に任せたら良いんじゃないかな?それならほらいけるだろ?もしかして副機長は経験浅い新人とか言うんじゃないだろうな?」
その言葉に対してアグネスはまたも首を横に振りながらもこう答える。
「副機長もベテランです。でも、副機長、ドロシーさん、コリーさんとの別れ話を思い出して『私も今はちょっとそんな気分にはなれない』とか言い出しちゃったんです・・・」
「なに?機長と副機長がつきあってたの?お前すごいな。もう周りはギクシャクしてるの分かるくらいだったのに、お前聞いちゃったの?そもそもなんで気づかないの?」
「私、そういうのに疎いんです。というかコリーさんについて何も興味なかったんです。ただ単に会話が途切れがちだから興味もないけど話を振ってみたんです。ドロシーさんも普段はコリーさんとの事、何も話さなかったし。」
「だからお前はなぜすぐ酷い事を言う。それにあなたがコリーさんの事あまり良く思ってなかったからドロシーさんもあなたの前でコリーさんの事を話さなかったんだよ。きっと。」
「そんな。話してもらっても『ふーん』で済ませるから話してくれても良かったのに。」
「そうだから話さなくなったんだよ、きっと。」
話の流れは見えてきたが解決策が全く出ていない事を心配したエイドリアンが話を切り替える。
「それで、どうするつもりなんだ。」
「あ、ですから、ブロンドで肌が少し「それはもういい」」
アグネスの言葉をさえぎってエイドリアンが突っ込むとアグネスは少し不満げになりながらも黙り、あっと何かを思いついたように話を続ける。
「確かにそうですね。私位の美人、そんな簡単に乗っていないかぁ。」
「お前の自信はどこから来るんだよ。」
「なら別に誰だって良いです。お客様、お客様の中にコリーさんの傷心を癒してくれる奇特な方はいらっしゃいませんか!お医者様でも良いんです」
「だからお前はなぜそうさらりと毒を吐く。それに医者だがカウンセラーじゃないのでご免だ。」
「どなただって良いんです。ちょっと着陸するまでコリーさんの機嫌が良くなる様に囁いてくれるだけで。」
「おまえ、ちょっと酷過ぎないか!?」
「なぜですか!?着陸できるかどうかの瀬戸際ですよ?ほら。例えこの後また確実に振られるとしても今だけはモチベ上げてくれるじゃないですか。」
「確実とか言うな。こっちもなぜかへこむわ。そんなに重大ならあなたが言えば良いだけだろう?」
「ですから生理的に受け付けないと。」
「それがなぜ優先されるのかが俺には分からん。」
「だって、ここでそれ言ったらパワハラに屈するじゃないですか。それにお客様の中から言ってくれればその場だけの付き合いですよね。私はこれからもコリーさんと付き合っていかなきゃならないんです。そんなの酷くないですか?コリーさんああ見えて機長ですよ?皆さん、彼氏に恵まれない方チャンスですよ、お得ですよ、私は遠慮しますけど。」
「やっぱお前が一番ヒデェよ!」
「あ、そうだ。良い事思いついた。」
「今度はなんだよ。」
「お客様、お客様の中に、高収入で独身、背が高くて30代の男性は居ませんか!」
「どうしていきなりそうなる。」
「いえ、ほら。私がコリーさんに言わなきゃいけないって雰囲気を変えたいわけですよね。なぜ私に皆が圧を掛けてくるのかって言えば私が独身だからなんですよ。なら私も彼氏つくっちゃえば皆も『じゃあ仕方ないよね』ってなってくれるかと思って。」
「この期に及んで自分の事かよ!」
「大事な事じゃないですか。私の人生設計に。あら?そういえばあなた医者でしたよね・・・」
「ないね!」
エイドリアンははっきりと言いきった。
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